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日差しが真上から下がり始めた頃、ハイネに頼まれた使いを済ませにテーラードを訪れた。
「お邪魔します。ノイド家の使いです。お願いしていた手袋は出来ていますか?」
奥から口髭を生やした品のいい紳士が出てきた。
「いらっしゃいませ。ノイド家の方ですね。ご準備できています。少々お待ちください。」
紳士が店の奥に消え、コトネは待つ間に店内を見渡した。
テーラードには男性用のジャケットから女性のブローチまで一点ものの品々が並べられていた。
ショーウインドウには花嫁のベールが飾られており、ひと編みひと編み丁寧な仕事がわかる。
静かに近づき、感嘆のため息が零れた。
ハイネの花嫁衣装のベールもこちらの品で本当に素敵だった。
今展示されているベールもどれだけの時間がかけられたのだろう。
「ほんとに、綺麗。」
つい口について出た。
「あら、ありがとう。」
背後から柔らかな女性の声がして振り返る。
そこには腰まで伸びた長い金色の髪。深緑ロングドレス。肩からはシルクのようなストールをかけ、発せられる声は穏やかで、同性でも見惚れてしまうそんな女性が立っていた。
「あら、私の顔に何かついていましたか?」
ぽおっと見とれてしまったコトネに目の前の女性は不思議そうな声で言う。
「あ、すいません。なんでもないんです…………。今日はこちらに頼んでいた手袋を取りに来ました。」
「そうでしたか、ハイネ様のご注文の品ですね。今回はハイネ様にぴったり合うようなモチーフ、『マリースノウ』にしました。」
「マリースノー、ですか?」
「はい。マリースノーは冬だけに咲く白い可憐なお花です。まるで、ハイネ様みたいでしょう?」
ふふふ、と微笑まれてコトネは少しドキリとした。
「私、職業柄、出会う女性それぞれにモチーフのお花を考えるのが好きなの。たとえば……あなたお名前はなんておっしゃるの?」
「あ、私、ノイド家の侍女をしております。コトネと申します。」
「そうかしこまらないで。私も自己紹介を。こちらのテーラードのお店で装飾レースを担当している、アステニアといいます。今後ともよろしくお願いいたします。」
とアステニアは優雅にロングスカートの裾を広げ、膝を軽く曲げる。
「そうね……、コトネさんはこの国でも隣国にも無いような花が似合いそうね。癖のない艶やかな黒髪の白い頬。赤い唇。きっとこの世界にはない花が似合うと思うの。」
アステニアの言葉にコトネは内心どきりとした。
”この世界にない花”なんて。
コトネが異世界転移者なんいて限られた人間しか知らない。
この国だとハイネとサララのみが知っている。
だが、アステニアの観察眼はコトネがこの世界となにか違うということを見抜いてしまったのだろうか。
「わぁ、なんだか、この世界にない花なんて素敵ですねぇ。うれしいなぁ。」
声を上擦らせながら答えると、コトネの動揺など気にしないといった様子でアステニアのは穏やかに微笑んだ。
「また、ご入り用がありましたらご注文をお願いしますね。」
「お待たせしました。」
低音のそれでいてよく通る声が聞こえ、店の奥から口髭の紳士が両手に小箱を抱えてテーブルに丁寧に置く。
「こちらは、ご予約のオペラグローブでございます。ご確認ください。」
紳士は深紅の箱の開けコトネに目配せした。
深紅の箱に収まったオペラグローブはマリースノーであろう花の繊細なレースが施されていた。いったい、この細かい仕事はどれだけの時間が費やされたのだろう。
それでいて日の光に弱いハイネのための遮光機能も備えられている。
ハイネの腕に通された時にきっとぴったり似合う事が容易に想像できコトネはつい笑みが零れた。
「はい、確かにお受け取りしました。本当に素敵です。」
紳士もアステニアもコトネに微笑みを返してくれ、そうしてそのまま店を後にする。
街の商店が並んだ通りは人も多く、コトネにも受け取った商品を大事にかごにしまい速足で屋敷まで急ぐ。
街の西に位置する屋敷につく頃、前方から薪の少年が歩いてきた。
今度は薪ではなくワイン樽を太い棒の両端に結びつけ肩に担ぐようにして運んでいる。
少年はどうして会うたびにとても重そうなものばかり運んでいるのだろうか、コトネ頭の片隅に虐待や奴隷の言葉が浮かんできた。
「あの……!」
気づいた時には声をかけていた。
「あの、そちらのお屋敷に荷物を置いたら運ぶの手伝います。待っていただけますか?」
少年は、えっ、と声を発したがそれ以上の言葉を聞く前にコトネは屋敷へと急いだ。
「お待たせしましたっ……!」
息切れしながらコトネがもどったころには少年は数十メートル先へと進んでいた。
「あの、片方持ちます。」
棒の両端のワイン樽の片方に手を置きコトネは持ち上げる素振りをした。
コトネの行動にきょとんと不思議そうな顔をした少年は、やれやれとワイン樽を一度地面に置いた。
「コトネさん、今度はワイン樽を持ってみたいんだ。いいけど、重いよ。」
「そうです。私、ワイン樽を持つことに目がないんです。任せてください!」
自信満々に答えたコトネは数秒後後悔することになる。
ワイン樽の枠に手をかけ持ち上げようとするが、1ミリも持ち上がらない。
(うそぉ、私より小さな子が持ってるのに!!いったい、何キロあるの!?)
真っ赤な顔でふーふー息をするコトネに少年はたまらず笑い出した。
「くくっ、く、コトネさんありがとう。俺、ひとりで持てるから大丈夫だよ。」
「…………ごめんなさい、なにもお役に立てず。」
しょんぼりと両手をさげたコトネに少年はニカリと笑いかけた。
「何事も挑戦するのは悪いことじゃないよ。」
重労働をしている少年の力になれたらと意気込んでみたものの、非力さゆえになんの力にもなれなかった。
手を止めてもらった上に、自分よりも小さな子供に慰められて情けない様な気持ちになる。
「あの……以前見かけたときにとてもたくさんの薪を持たれていたので、もしかしたらなにか大変な思いをしているのではないかと思ったのです。年齢的にもこの国でまだ労働をする年齢ではないとお聞きしました。頼りにならないかもしれませんが、私にできることはないですか?」
コトネは膝をおり少年の目線に合わせ、両手に力を込めた。
至近距離でコトネに見つめられた少年は顔を赤らめて口をはくはくと動かした後、言葉の意味を考えるように目を揺らした。
「あーーー、そっか、そうだよね。コトネさん最近この街に来たみたいだし、獣人の特性や俺のことなんか知らないよね。きちんと説明するか……、いや、もしかしてこのままの勘違いされていた方がいいか………?」
最後の言葉は小さな声でも囁いたあと、少年口角を上げてはコトネに手を差し出した。
「ありがとう、心配してくれて。でも仕事の延長線上というか、最近街の外で魔獣が出没して商隊が襲われる事例が多いんだ。それで部隊で配送の手伝いやなんやかんやしてるってわけ。だから、なにか酷い目にあってるわけじゃないんだ。」
差し出された手はコトネよりも小さい、でもゴツゴツとしていて手のいたる所に豆があった。
(よくわからないけど、私が想像しているような出来事は起こっていないってことでいいのかな……)
コトネはその手を両手で優しく包み込んだ。
「わかりました。なんだか、勘違いしてごめんなさい。…………あ、手が切り傷だらけ。ちょっと待ってくださいね。」
コトネは腰に付けた小さなポーチから軟膏を取り出した。
「これ、この街にきてからいただいたんです。」
小さな缶の中には乳白色の軟膏が入っていた。
コトネはそれを自分の手に取り傷だらけの少年の手に塗り広げていく。
過去にも誰かにこうやって軟膏を塗ったことがあった。
元の世界にコトネは弟と妹がいた。
妹はアトピー持ちで皮膚が弱く、忙しい両親に代わりお風呂上りによくクリームを塗ったものだ。
(二人は元気にしているかなぁ…………)
コトネはいまだ元の世界への帰り方を見つけられていない。
コトネは以前、魔術師にお世話になり、帰還方法を尋ねたことがある、しかし彼が知る限り帰った人間はいないという話だった。
(私…………、ずっとこの世界で生きていかなきゃ、なんだ…………)
コトネはいまだこの世界で生きていく覚悟を決められないでいた。
日々の仕事に追われなるべく考えないようにしていた事柄が頭の中をぐるぐる駆け回る。
「あのさっ!!」
考え込んでいたコトネを見上げるようにして少年は声を上擦らせた。
「そろそろっ!離してくれると、助かるっ!」
コトネが意識が深く沈んでいた間も少年の手を握りこんでいたらしく、そのせいか少年は耳まで真っ赤だ。
「わっ!ご、ごめんなさいっ!嫌でしたよねっ!」
気まずさのあまりコトネは2,3歩後ずさる。
「いやっ、嫌じゃない!…………嫌じゃないから困る…………。」
少年は赤い顔を背けたまま答える。
「あの、お名前をそういえば聞いていませんでした。教えていただけますか?」
少年はワイン樽を担ぎなおしながら答えた。
「………俺の名はルーク。手、ありがとう。もう行くわっ!」
そう言うととても重いワイン樽を担いでると思えない速度で去って行ってしまった。
取り残されたコトネは無意識とはいえ、成人女性が数回会っただけの少年の手を握りこんだ行為は不審者かもしれないと、訴えられたら素直にお縄につこうと頭を抱えるのであった。




