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コトネが動揺しようがしまいが日々は穏やかに過ぎていく。
ある時、主人のハイネが体調を崩した。
ハイネは身体も小さく産まれ幼いころは病気がちだった。
幼少期を経て大人になりずいぶん身体も強くなり、異国へ嫁いで環境の変化にもハイネはいつも明るく振舞っていた。
最初は軽い風邪だと療養したが、熱が下がってからも食欲がないと部屋にこもるようになった。
サララから目が腫れていて一人で泣いているようだという話とミーヤからもハイネからハルバトールと仲良しの匂いがしないという報告もあった。
コトネがハイネの部屋を訪れた時も窓のカーテンは引かれベットの上の毛布の中で身体を小さくしていた。
「ハイネ様、温かいミルクをお持ちしました。」
毛布の小山からくぐもった声が聞こえる。
「…………ありがとう、でも今はいいわ。コトネが飲んで。」
コトネはサイドに置かれたテーブルに静かにコップを置く。
コップから出る湯気を眺めながら、コトネはどうしたものかと、考える。
ハイネの体調が悪いわけではないのは医者からの診断でわかっていた。
それならば心理的なものであろうか、スイスバルトに来る前も着た後もハイネがここまで調子を崩したのを見たのは初めてだった。
彼女が慣れない土地でもいつも気丈にふるまっていたし、仕える者たちのこともよく見てくれていた。
(ハイネ様が悩まれていることはなんだろう…………、泣いてしまうぐらい悲しいこと。ハルバトール様の匂いがしないってどういうことだろう…………?獣人の人は匂い付けをする習慣があるってことでいいのかな。例えば、なにか、理由があってハルバトール様は匂い付けを止めた…………?)
コトネはそれ以上は思考が進まず、一息深呼吸をする。
「お隣失礼します。」
「…………。」
コトネはベットの縁まで近づく。そうして、膝をついて小さな身体に向かって静かな声で話しかけた。
「ハイネ様、もしなにか悩んでいることがあれば私でお力になれませんか?」
「……………………。」
「ハイネ様がご存じだと思いますが私は異界の出身ですのでこちらの世界にはない視点。もしかしたら妙案を思いつくかもしれません。」
もちろん、噓だ。コトネはスラスラと話すが心の中では妙案なんてものは持っていなかったし、異界だからっていいアイデアが思い浮かぶかは自身がなかった。
ただ、小さな身体で抱え込んでいるハイネの力になりたかっただけなのだ。
「……………………笑わない?」
「ええ。もちろん、笑いません。」
あのね、とハイネはおずおずと毛布から顔を出した。
「…………わたし、ほんとうの意味でハルバトールの妻じゃないの…………。」
「本当の意味、ですか?」
「…………ハルバトールに君は番だよって言ってもらえて嬉しかった。…………でも、この国に嫁いできても幼い家族に対する接し方で…………。手をつないぐ以上のこと…………キスすらしてもらえないの。」
涙を零すハイネの横でコトネは彼女の背中をさする。
ハルバトールが未だに手を出していないと知ってコトネは驚きよりも先に、ハルバトールがよっぽどハイネを大切にしたかったのだろう、と感じたのが感想だった。
なんせ、あちらは頑丈な龍人でハイネは一般的な女性よりも華奢な身体だ、それは慎重になっても仕方ないことなのかもしれない、が。
しかしだ、夫婦となったらハイネの為にそれらの憂いを取り除くのも夫のつとめだろうに…………旦那様ってもしかして、意気地なしなのかと、コトネはつい悪態をつきそうになった。
「ハルバトール様は意気地なしですね。」
(あ、まっずい口から出てしまった。)
ハイネはキョトンと驚いた顔をしてから、クスリと笑みを零す。
「コトネ、正直すぎよ。…………でも、私も思ったわ。」
「ハイネ様という素敵な女性を射止めておいて、ハルバトール様は何をお考えなのでしょう?」
「…………………わからないわ。いつも彼は見守るように優しいの。困った時は手を差し伸べてくれるし。素敵な旦那様よ。でも、私が近づこうとすると、するりと逃げていくの。」
「なるほど、ハイネ様のことを大切に想っていることは侍女の目線から見ても明白ですが、接近されると逃げていくのですね。」
いつもハイネとコトネたちのが楽しそうに話していると冷ややかな目線を投げてくるのは明らかな嫉妬だと感じていた。
さて、近づくと逃げるハルバトールにどう対処すべきか…………。
「ハイネ様いくつか案があります。例えば逃げられないように縛っておくのはどうでしょう?」
「それは無理よ。ハルバトール様はとても力が強いもの。縄なんて引きちぎってしまうわ。」
「では、何か好物を置いて檻などに誘い込むとか。」
「檻もきっと壊せてしまうわ。…………ねぇ、コトネ。あなたハルバート様のこと猛獣か何かと思っていない?」
コトネはばれたか、と思いながらコホンと咳をした。
「冗談はさておき、かくなる上はハイネ様の色仕掛けで篭絡してしまいましょう。」
「…………色仕掛け?篭絡?…………具体的に何をすればいいのかしら?」
「それはですね…………。」
コトネはそれらの知識が自分の引き出しにないことを知っていた。
「…………あの、作戦会議のちにハイネ様に伝えるので大丈夫でしょうか?」
「わかったわ。」
ハイネの目元はまだ赤いが幾分表情が和らいだように見えた。
「ねえ、コトネ…………しばらくそばにいて。」
上目づかいでコトネを見上げるハイネは甘えているのだろうか。
「はい、ハイネ様。昨晩もあまり眠れていないでしょう。眠りにつくまでいますよ。」
隣にいるコトネを確認してハイネは安心した様子で目を閉じる。
そのうち呼吸が深くなり、すぅすぅと眠ってしまった。
コトネはこの愛らしい主人がまた笑顔で過ごせるように、まずなにが必要だろうかと考えた。
誰もいない倉庫の一室で三人の侍女が顔を寄せ合って声を潜めている。
「なにそれ…………旦那様ってヘタレなの?」
ミーヤがコトネからの話を聞いてまず最初に言ったことがコレだ。
「こらっ、ミーヤさん!もちろん私も同じことを思いましたけど…………きっとハイネ様のことがあまりに可愛らしくて手が出せないのでしょう。」
サララも腕を組みながらうんうんと頷く。
「サララさんんもそう思いますか?普段からハルバトール様はハイネ様に向ける視線は特別というか、甘いじゃないですか。とても想い合ってるだろうに、まさかまさかまだ手を出していなかったなんて………。」
彼らが夫婦になって半年は過ぎていた。
あけすけなく言えば寝室が別々なのはわかっていたが、彼らなりのペースがあるだろうと屋敷の者一同暖かい目で見守っていたが、一切の手出しがないのはさすがコトネも驚いた。
「ん?手を出すってどうゆうこと?」
「あぁ、ミーヤさんには早い内容でしたね。コトネさん、ミーヤさんの耳を塞いで。」
「にゃにゃ!!私だけ仲間はずれなんてずるい!!」
ミーヤはコトネの手から逃げるようにするりと身を躱す。
「サララさん、獣人の殿方をその気にさせるいい方法ってないのですか?」
「その気?獣人の男の人のことならシギーに聞いてみようか?」
「ミーヤさん、間違ってもこの話をシギーさんの前でしてはいけませんよ。してしまったらその日のうちにパクリと食べられてしまうでしょうから。」
「えぇ?シギーは肉食獣人だけど獣人は食べたりしないと思うよ。」
「ミーヤさんがいると話が進みません。ちょっと飴でも舐めておいてください。」
サララはポッケから飴玉を出しミーヤの手に置く。
「そうですね、街にそういった事に特化したお店があると聞いたことがあります。」
「お店ですか?」
「はい、夫婦生活に刺激的にと、そんな商品があるお店があるそうです。」
「なにかヒントになるかもしれないですね。では、私が午後から時間があるのでそのお店に行ってみますね。」
「コトネさん、お願いします。引き続き私とミーヤでハイネ様から話を聞いてみたいと思います。」
三人は目を見合わせて頷き合う。
そうして、サララとミーヤに送り出されるようにしてコトネは『刺激的なお店』に向かうことにした。




