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 街に広がる噂で騎士団の討伐隊が出発したと聞いてから10日の日数が過ぎていた。

コトネの日常は変わらない。

いつもと変わらず淡々と仕事をこなす。

ハイネの部屋を整え、屋敷の清掃を分担して片付ける。

頼まれたお使いをこなし、時間が余れば調理場の手伝いか、庭で働くモグの手伝いをする。

屋敷の中はいつも綺麗な空気が流れていて穏やかだった。

ハイネが嫁ぐ前の屋敷の中は男性が多く殺伐としていたと聞いたが、その頃よりは彩が添えられ、時おり屋敷からはカラカラと楽しそうな笑い声が聞こえている。

屋敷で働く人間はハイネとコトネ、サララ以外は獣人であったが、みな穏やかで屋敷に多くが長く仕えた主人を慕う者ばかりであった。


 「コトネ、聞いてよ。シギーがねーー。」

ミーヤはカトラリーを拭きながら愚痴をこぼしていた。

ミーヤ曰くあの夜からふたりが進展したかといえばそうではないらしい。

二人で出かけたあの日楽しく過ごせたらしいが、詳しい内容を聞こうとすると顔を赤らめスルリと逃げて行ってしまう。

あの後コトネの所にシギーが感謝の言葉とともに服のレンタル代と謝礼が手渡された。

謝礼は突き返そうとしたら今後ともコーディネートをして欲しいと懇願された。

どうやらいい仕事をしたらしい。

コトネはふたりは相変わらず仲が良いなぁと、微笑みながら愚痴を聞いていた。

「そういえば、コトネはどうなの?」

「どうって、誰とも何も。」

「えぇ!?あのルークって人は違うの?だってキスをした仲なんでしょ。」

「あれは、なんというかそんな意味があるなんて知らなかったというか…………。」

コトネはその話を出されると途端にもごもごと声をすぼめる。

(だって!知らなかった!!額に口づける行為は家族もしくは恋人に対してすることだなんてっ…………)

サララの恋人も騎士団の討伐隊に参加していると聞いたので、サララさんもおまじないをしたのかと聞けば、もちろんですよと特別な意味がある事を教えてくれた。

それを知ったコトネの動揺っぷりにサララとミーヤに二人がかりで聞き出されてコトネは白状するしかなかった。

年端もいかない少年に要求されるままおまじないをしたこと、ただただ少年の無事を願ってのことだが、対象が特別な関係に限定されることなど知らなかったこと。

二人は大いに盛り上がり出会いから、現在まで洗いざらい吐かされた。

話し終えたあとサララは口元に手をやりながら疑問を口にした。

「あの、不思議に思うのですけど………バイサーさんから討伐隊は精鋭の騎士しか参加しないって聞いていたので、少年が参加することなんてあるのかしら…………もちろん騎士団にも若い子もいるけどだいたい見習いでしょう?コトネさんの話を聞く限りその人が見習いに思えないですよね…………。」

確かに、とコトネは思った。

最初会った時は小さな身体の少年で、それから急激に身長は伸びたとはいえ、出会った最初から言動や落ち着きは少年というより大人のそれで、ちぐはぐさが気にはなっていた。

「ねぇ、それってさ。特異体質のひとなんじゃない?」

ミーヤは思いついたように、手をポンッと叩き言う。

「…………特異体質?」

「そう、あのね獣人の中でも獣の血と魔力の…………。」

「みなさん、騒がしいですね。ただいま『仕事中』ですよ。」

部屋の外に腕を組んだ状態でシギーが立っていた。

背後から静かに注意され三人は「はい、すいませんっ。」と姿勢を正しそれぞれの仕事に戻って行く。

コトネの脳裏に『特異体質』の文字は残るが忙しく過ごすうちにその言葉は流れていった。


 月日はそれからひと月過ぎて、討伐隊の帰還を告げる知らせが街中に届く。

「サララ、あなたは今日はもう帰りなさい。」

ハイネは仕える侍女にそう告げさがらせる。

サララの恋人が帰ってきたのだ。

コトネの前でサララはいつもと変わらず頼りになる先輩だった。冷静で丁寧で優しくて。

でも、時々気づけばぼんやりと遠くを見つめるしぐさが増えたことは間違いない。

(サララさん気丈に振る舞っているけど、恋人を心配してるよね………)

そう思うコトネでさえルーク少年のことを考えることもあった。

いたる所で出会う相手、少しだけ仲良くなれていると思っていたし、コトネは彼は良き友人だと思っていた。

それでいて、思春期の男の子の考えることなんてわからないな、と。

(恋人でもない相手に口付けを望むなんて、そういう行為に憧れちゃう時期って誰にでもあるよね)

そうしたいと思った時に身近にいたのが自分だっただけ。コトネにとってはただそれだけの認識だった。

ルークがそのうち同じ年頃の女の子と連れ添うのを見つけたら応援してあげよう、と思うぐらいにはルークに親しみの気持ちは持っていた。

(ルークくんも怪我せずに無事に帰ってきてくれますように…………)


 情報の早い調理場のロジーが言うには魔獣の巣は殲滅され、討伐隊も大きな怪我はなく帰ってきたそうだ。

「これで街の外に安全に出かけられるし、今まで通り商隊が動けるようになるから食材も手に入るよ。」

と安心している様子だった。

「噂だと討伐隊に参加していた領主ん所の末弟が大立ち回りしたらしいよ。魔獣の親玉との膠着状態に耐えられず暴走したらしい。私たちからしたら英雄だけど、騎士団では隊の規律を乱したと理由で謹慎処分らしいじゃないか。」

ロジーは可笑しそうにカッカッカッと声を出して鍋をかき混ぜている。

コトネはそんな強い人も参加していたんだと思いながら手の中にあるキャロイモを剝いた。



 次の日の朝、パン工房にお使いに行く日だ。

早朝から屋敷を出て店に向かう。スムーズに商品を受け取り店主と言葉を交わし足取りも軽く屋敷に戻る。

呼び止められたのはそんな時だった。

「コトネさん。」

振り返るとそこにはコトネより背の高い騎士団の制服を着た青年がいた。

「はい。なんでしょうか?」

茶色い髪と穏やかな顔つきとたれ目はコトネのよく知る少年ににている…………彼の兄弟だろうか。

コトネはよく知らない相手に少し警戒して距離を開けて立つ。

「しばらく会えない間に、俺のこと忘れたの?」

少し悲しそうな声色は男性らしく低く響いた。

「…………えっと、もしかしてルークくんのご兄弟ですか?」

「ええっ。本人だよ!本人!!」

そう告げられコトネは目の前に立つ男に疑いの眼差しを向けた。

コトネのよく知るルークは成長期とはいえ13,4の少年だった。目の前のがっしりした青年などコトネの知るルークではない。

「私の知っているルークくんとずいぶん違うのですが…………。」

「そうだよな、そうなるよな、コトネさんは獣人の特性について知らなくて当然だよな…………ごめん。ちゃんと説明させてほしい。」

コトネがはい、と小さく頷くと男は話し始めた。

「………獣人のの中でも獣が濃くかつ魔力が強い獣人は成長過程で身体の成長が止まることがある。例えば俺の場合、成長が十数年止まったままだった。そしてようやく獣の血と魔力の量の均衡が取れて身体の成長へと力が回すことができた。つまり君の周りをウロチョロしていた小さなガキは俺なんだ…………。」

コトネは獣人の生態について今まであまりに知らなかった、あのルークとこの青年が同じ人物だと言われて、驚くよりも感覚でストンと納得してしまっていた。

「えっと、正直少し驚きました…………。あと、今までルークくんのこと何も知らなかったとはいえ子ども扱いしてしまってごめんなさい。」

コトネの言葉にルークは小さく首を振る。

「いいよ、なんにも言わなかった俺が悪い。君が俺のことを子供だって思って警戒せずに話してくれることが嬉しかったんだ。」

「た、たしかに少し馴れ馴れしいくしてしまったかも…………。」

コトネが少し青い顔で反省していると、ルークは離れた場所から長い足で数歩近づいた。

「もう、前みたいに話してはくれない?」

ルークの顔が至近距離にありコトネは彼の瞳を真っ正面から見た。

その瞳は変わらずたれ目で、瞳の中の色素は薄い青。その瞳がコトネをじっと見つめている。

コトネよりも頭二つ分ある身長、ふわふわの茶色い髪の毛。黒い制服の手元には男性らしい筋張った手が見える。

その事実に気付いてコトネは数歩後ずさりする。

「今までと変わらず………も、もちろんお話しますよっ………。」

コトネが動揺する姿をルークは静かに見ていた。それは静かに獲物を見定める獣の目だ。

ルークの喉仏がごくりと動いて口元が小さく開く。隙間から鋭い犬歯が覗く。

コトネは暑くもないのに首筋から汗が流れて自分が今、肉食獣の前に置かれたごはんになった気分だった。

(こわい…………でも今までのルークくんはずっと優しかった。見た目が変わっただけでそんな風に思ってしまいたくないっ)

コトネは手に持っていた籠の中から大ぶりのパンを一つ取り出しルークの口にぐいっと押し当てた。

「んぐっ………??」

「あのっ。ルークくん、お腹すいてますよね。ここのパンすごくおいしいんです。」

コトネはパンを口にいきなり突っ込まれて目を白黒させるルークを見ながら精一杯の作り笑顔を浮かべる。 

「それでは仕事に戻りますね。ごきげんよう。」

ルークが背後からの呼び止める声はすべて無視をして、足早に屋敷へと戻ったのだった。

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