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(シギーさん、ミーヤさんに見惚れてたな。目一杯褒めてくれるといいけど。ミーヤさんも素直にお話できるといいな。)
コトネは自分の仕事はやり切ったと満足気に足取りも軽く帰宅しようとしていたが、ここは夜の繫華街。
コトネのようなひ弱なただの人間は通りすがる人の関心を誘ったのだろう。
「そこの女の子~!ひとり?何なら送っていくけど。」
夜の店に立つ用心棒の男が巨体な身体を屈ませ声をかけてきた。
「あっ、え、大丈夫です。」
突然近づく男にコトネは後ずさりしながら答える。
「あれぇ?この子。匂いが何にもしない。………番がいないのかな?」
男はさらに近づき鼻をひくひくとしながらコトネの身体の匂いがをかいできた。
スイトバルトには国民のほとんどが獣人である。
しかし巨大な身体の獣人たちはコトネを驚かせることがないように細心の注意を払って接してくれていた。
さすれば、あからさまに体臭を嗅がれることも初めての体験であった。
コトネはそんな優しい獣人に囲まれていたことをこの時実感したし、ジワリと嫌な汗をかいて緊張する。
「君はこんなに可愛らしいのにひとりなんだね、それなら僕が番ならいいのに~!!」
男は巨体を揺らして楽しそうに笑う。
その笑い声に反応するように男の立つ店の扉が開く。そこには大きな男そっくりな顔をした人物がいた。
「あんたっ!急に声かけて怖がってるじゃないかっ。」
「怒んないでよぅ。かあちゃん。僕は何にもしてないよ。女の子が困ってると思って声かけただけだよう。」
様子を見る限り現れた女性はその男の母親だろうか、誰がどう見ても親子だとわかるぐらいそっくりであった。
母親はコトネを大きな目で見た後に、
「ふぅん。街の中とはいえこの付近の夜は危ないね。パイモ、送って行っておやり。」
と告げる。
「わかったー。」
パイモと呼ばれた男はコトネの両脇を掴むとぐいと、自身の肩に引き上げた。
「ひゃぁ。」
コトネは突然視界が上り驚きの声がこぼれる。
「だ、だいじょうぶなので、おろしてくださいっ!!」
コトネの頼みもパイモはカラリと笑い、大丈夫だぁと聞く耳を持たない。
いつもコトネの周りにいる獣人たちはパイモぐらいに大きな身体の者もいたが、必要以上に近づいてきたりしなかった。
さらにはコトネや小さな獣人に対して屈んで話してくれる仕草さえみられた。
彼らは必要以上にコトネが怖がらないように気遣いをして接してくれていたのだ、と。
地上から持ち上げられて大きなパイモの肩の上。
その高さにコトネは、じわりと頬に汗が伝う。
パイモが悪い人ではないのは会話から理解できた、むしろ夜の街を歩くコトネを心配してくれたのだ。とても親切だ。
だけども獣人の力の強さを見せつけられた。コトネの身体なんてヒョイとどうにでもできてしまうのだ。
コトネは、初めての獣人に対して「怖い」と思ってしまった。
(どうしよう…………。)
コトネはそんな気持ちに気づかれないように平和的に降ろしてもらえる方法を頭の中でぐるぐると考えていた。
「パイモ。この人は俺が送っていくよ。」
よく通る声が聞こえて、現れたのはふわふわした茶色い髪の少年。
少年は両手を伸ばして、屈んだパイモの肩から抱き上げるようにしてコトネを地上に下した。
「ルーク、この子と知り合いなの?もしかして…………もしかして。」
パイモは胸の前でハートマークを作りニコニコと嬉しそうだ。
ルークはまあね、と軽く答えてからコトネの手を取り歩き出す。
夜の街の栄えた場所を抜けて、気付けば屋敷のそばまで手をひかれるまま歩いてきていた。
この周辺は大きな屋敷が多く人通りはない。
街灯の明かりだけがぼんやりと足元を照らしていた。
ルークは足を止めコトネの表情をじっと見つめ、何かに気づいたのだろう。
「コトネさん、大丈夫?泣きそうな顔してる。」
コトネはハッとしてルークから顔をそらした。
「な、泣いてないです…………。」
「でも、なんかいつもより元気ないよ。俺でよければ話してよ。」
コトネは今のモヤモヤとした気持ちをルークに話していいのか迷っていた。もしかしたら彼にだって失礼な内容かもしれない、と。
コトネの迷いを察したようにルークは、どんな内容でも困ったりしないからと告げる。
「あ、あの…………ルークくんにも失礼な話かもしれないのですが………。」
「うん。」
「は、初めて獣人の方を怖いと思ってしまいました…………。今まで親切にしてくれた方たちのことを一瞬でも怖いと…………。」
それはコトネにとっては懺悔するようなそんな気持ちだった。
親切にしてくれたパイモに持ち上げられて力の強さを見せられて固まってしまったこと。
今まで周りの獣人の人たちの気遣いに初めて気づいたこと。
その上で彼らの強さをや大きさを前にしたらコトネのなど人の中でも最弱で、彼らが本気にさえなれば一捻りなのだと改めて自覚してしまったこと。
コトネは両手を強く握りしめその指先の色はうっ血したように赤くなっていた。
そんなコトネを話し終わるまでルークは、じっと見つめていた。
「コトネさんが獣人の『俺ら』のことを怖いと思うのは当然のことだよ。獣人の混血が進んだとはいえ本来は獰猛で粗雑な奴らが多い。君の周りには親切な獣人が多いようだけど、悪くて嫌な獣人だっている。
親切でも気づかぬうちに君を怖がらせてしまうパイモのような奴だっている。そして、人間であるコトネさんはとても弱い…………だから警戒して当然なんだ。」
ルークの言葉は慰めでははなく、ただただコトネの立場では当然思うことだと受け入れてくれていた。
「コトネさんは俺も獣人のだけど……怖い?」
コトネは目の前で気遣う少年に目を向けた。
ルークの身長は出会った時よりも身長が伸びたとはいえコトネと同じくらいの目線だ。
黒い騎士団の服を着るルークは、他の獣人たちと比べてうんと細身だった。力持ちだということは知っているが威圧感は皆無だ。
「ルークくんは、こわくないです。」
なら、よかった、とルークは静かに笑ってから。
「俺は、絶対に君を怖がらせることはしないと誓うよ。」
コトネはこの言葉にキョトンとした。
だって、今さっきルークのことは怖くないって言った。
同じ目線で話してくれるこの少年が怖くなる瞬間なんかあるのだろうか。
コトネの困惑など気にしない様子のルークは、そういえばと話し始めた。
「しばらくの間、魔獣の討伐隊に参加するんだ。」
「討伐隊…………ルークくんがですか?」
「そう、もしかして俺弱いと思われてる?」
「いや、決してそんな………でもルークくんは年齢も若いでしょうし。危険じゃないかなと………。」
あー、そういやまだ誤解を解いていないんだった、とルークは小さくつぶやいてから、
「コトネさんが思うほど俺若くないし、それに騎士団の中でもそこそこ強いほうだよ。」
と自信に満ちた顔で言う。
そんなルークをコトネは背伸びしたい年ごろなんだと純粋に思い、元の世界の弟たちを思い出して微笑ましく思った。
「あんまり、信じてなさそうな顔だなぁ。」
「いえいえ、わかっていますよ。」
微笑んでいるコトネにルークは少し顔をしかめてから何か思いついた様に悪い顔をした。
「コトネさん、戦いに向かう戦士に施すまじないって聞いたことある?」
「いいえ、ないです。この国の風習にあまり詳しくなくて……。」
「そう。じゃあ教えるよ。戦士の無事を祈るとき額に口付けるんだ。」
ルークはホラッと自分の額をトントンと叩きコトネに催促をした。
「えっ、」
「え、じゃないよ。俺きっと危険な場所に行くから、無事に帰ってこれるか心配だなぁ。ほら、コトネさんも俺の無事願ってくれるでしょ?」
ルークはここぞとばかりにコトネの同情を誘う表情をした。
「うぅ。そんな表情をされたら断りにくいです…………。」
コトネの言葉にルークは楽しそうに笑い、そして口付けをまつように瞳を閉じた。
(ルークくんの無事は願いたいけど、恥ずかしすぎる。というかどうしてこんな展開に………私のほうがお姉さんなんだから落ち着かなきゃ。…………深呼吸、そう。討伐隊で魔獣と立ち向かうことは命の危険があるのは当然で。ルークくんはいつも飄々としてるけど、恐ろしくて当然だよね…………私の口付けでちょっとでも元気が出るなら安いもんだよね………)
コトネのはそうと決断すると行動は早かった。
同じ目線の同じ高さにあるルークの額に触れるか触れないかで唇を押し当てた。
コトネの行動にルークは閉じていた目を見開いた。
「…………!!本当にしてくれるんだ…………さすがにコトネさんちょろすぎるよ。」
「えぇっ!冗談だったのですかっ。」
「冗談ではないけど…………騙されやすすぎて心配になるよ。コトネさんどんなにお願いされたって俺以外にしないでよ。」
ルークの言葉にコトネはこんなこと誰にだってなんて出来ません、と赤い顔で答える。
そんな、コトネを見てルークは機嫌よく笑う。
そして手をひかれるまま屋敷まで送り届けた。
コトネの背中が屋敷の門の中に消えるまで見届ける。
「次会うときまたでかくなったとして………怖がられたくねぇな…………。」
そんな言葉をこぼしてルークは軽く飛び上がるとあっという間に街の外まで駆けていった。




