1/田町美佐夫 -9 のじゃロリ
「──はッ、ひ、ふ……!」
低山を迂回するように拓かれたものとは言え、山道は山道。
起伏があるため、これまでのような散歩気分ではいられない。
「ど、……して、こんなとこで降りたんだよ、昨夜の僕……!」
今がおおむね登り坂ということは、昨夜はおおむね下り坂だったということだ。ずるい。
「ほーら、がんばれがんばれ。体力ないよ、おじさん」
さすが陸上部。息のひとつも切れていない。
「ほん、……ッとは、体力あるの! 今ないだけ!」
「ほんとに?」
「──…………」
目を逸らす。
「ひきこもり」
「う」
「元に戻ったら、一緒にランニングしよっか」
「うう……」
嫌だ。
でも、姪っ子にかまってもらえるのはちょっと嬉しい。
複雑なオトコ心なのだった。
「……そ、そうだ。たぶん、このへんで降りたんだと思う、けど……」
「あ、逃げた」
「逃げてまーせーんー」
「はいはい。でも、このあたりなのは間違いなさそうかな」
歌音と共に周囲を見渡す。
ガードレールの向こうにはそこそこの落差の崖があり、下は森になっているようだった。
車通りは少ないが、歩道がないので危険な道だ。
「あれ?」
歌音が、道の先を指差す。
「あんなところにお稲荷さんなんてあったんだね」
「お稲荷さん……?」
顔を上げると、坂道の途中に小さな祠が見えた。
「──…………」
見覚えがあるような、ないような。
「いったん、あそこで休憩しよっか」
「そ、だね……」
ひいこらと息を切らしながら、祠の前まで登りきる。
「はー……!」
「飲み物、買っておいたらよかったね」
「財布がなあ……」
出掛ける段になって気付いたのだが、いつも使っている長財布がなかったのだ。
鬼瓦さんに言った落とし物というのが、瓢箪から駒になりつつあった。
現金と運転免許証くらいしか入れてなかったからすぐさま困りはしないけど、元の姿に戻ったら再発行手続きをしないとな。
祠に軽く手を合わせ、改めて周囲を見渡す。
「……なんにもないな」
「おじさんがタクシーから降りたの、このあたりで間違いない?」
「と、思う。この祠にも、なんとなく覚えがあるんだ。歩かないと気付かないような小さな祠だし、通り掛かったのは間違いない──はず」
「ふうん……」
歌音が祠を指でつつく。
「わ、ぼろぼろ」
「あんまり触るなよ。崩壊しそうだ」
「こんな祠でも、花を供えてる人がいるんだね」
祠の手前に、一本の可愛らしい野花が供えられている。
「こういうのって、おばあさんがやってるイメージだけど……」
元来た道に視線を落とす。
「……きっと、足だけムキムキなんだろうな」
「毎日登ってたら、おじさんも体力つくかもよ」
「なんでこんな祠に毎日お参りしないといけないんだ……」
「お稲荷さんに怒られそう」
「あのね、神さまなんて存在しないの。宗教は人間が作り出したもの。となれば、神は人が生み出したものなんだから、仮に存在したとしても──」
「こりゃ!」
ぽこん。
「て!」
頭頂部に軽い衝撃が走る。
思わず振り返ると、帽子を深々とかぶった女の子が、こぶしを握り締めながら立っていた。
「まったく、最近の若いもんはなっとらん! わしが教育してやらねばなるまいて」
「へ?」
歌音が目をまるくする。
「え、と。どこから……?」
だよね!
誰もいなかったよね!
歌音と同じ年頃と思しき女の子が、得意げに胸を張る。
「ふふん、驚いたか。すこしは神を信じる気になったのではないか?」
「神」
「神……」
歌音と顔を見合わせる。
「あのね、神さまなんて存在しないの。宗教は人間が作り出したもの。となれば、神は人が生み出したものなんだから、仮に存在したとしても──」
「一言一句同じ台詞を!」
ぽこん。
「て!」
また、軽く殴られる。
「ええと、話の流れからして……」
眉をひそめながら、歌音が女の子の顔を覗き込む。
「君は、自分が神さまだって言いたいの?」
「そうじゃ!」
リアルのじゃロリ口調の子、初めて見た。
わりと痛い。
「誰が痛いか!」
ぽこん。
「て!」
何度も同じ場所を殴られてると、さすがに効いてくる。
「言ってない! なにも言ってない!」
「思ったじゃろうが。まったく失礼な輩じゃ」
女の子が、にやりと口角を上げた。
「のう、田町美佐夫よ」
「──ッ!」
「おじさんの、名前……!」
戦慄する。
この子は、何者だ?




