1/田町美佐夫 -終 キツネコさま
「だから、神じゃってば。名前が必要なら、キツネコさまとでも呼ぶがいい」
キツネコと名乗った女の子が、深々とかぶった帽子を脱ぐ。
その瞬間、服装ががらりと変化した。
洋装から、一気に和装へ。
まるで神社の巫女を思わせる服装へと変わり、その頭頂部には獣の耳がぴこんと立っていた。
「神、さま……」
早着替えで済ませられるレベルを超越している。
まさに奇跡の所業だった。
こうなれば、さすがに信じざるを得ない。
でも、狐の神さまなのか、猫の神さまなのか、いまいち判断のつきにくい名前だ。
「狐に子供の子で、キツネコじゃわい」
「あ、なるほど」
歌音がうんうん頷いている。
僕と同じ疑問を脳裏に浮かべていたらしい。
「それで、……んっと」
常識外れの出来事の連続に脳をシェイクされながら、僕はキツネコさまに尋ねた。
「神さま──かどうかはわからないけど、僕の事情を知っていることはわかりました。それで、ご用件は……」
「失礼な。わしは、おぬしを待っておったんじゃよ。神通力こそ届いても、わしはここから動けんでな」
「はあ……」
「なにせ、おぬしを女にしたのは、わしじゃ」
「えっ」
「へ……?」
僕と歌音が同時に絶句する。
あまりにも意外な言葉に、怒りすら湧いてこない。
代わりに浮かび上がったのは、疑問符だ。
なんで?
どうして?
なにゆえに?
そんな疑問ばかりが脳裏を満たしていく。
「ここを見い」
キツネコさまが、僕たちを手招きする。
示されたのは祠の側面だった。
そこに、小さな穴が開いている。
「覚えとらんか」
「はあ」
「昨夜、おぬしが蹴り飛ばしたんじゃよ」
「……へ?」
「おじさん、そんなことしてたの……」
歌音がドン引きしている。
「し、してない! してない!」
たぶん。
「……こほん。まあ、わざとではなさそうだったがの」
咳払いののち、キツネコさまがフォローを入れてくれた。
「それで、うん。こう、あれじゃ。バチ的なものを当てたというわけじゃ」
「バチだったのか、これ……」
まだ美少女でよかったと言うべきか。
犬猫だったら詰んでたぞ。
「あの、キツネコさま。祠を直したら、おじさんを元に戻してもらえますか?」
「そ、そう! それ!」
原因がわかったのだから、あとはそれを解決すればいいはずだ。
だけど、キツネコさまは首を横に振った。
「そうはいかん。壊しました。直しました。これじゃ、迷惑を被ったぶんが計上されておらんとは思わんか?」
「まさか、迷惑料……」
祠を建て直せとか言われるんだろうか。貯金はあるけど、厳しいぞ。
「言わんわい。ちとボロいが、わしはこの祠を気に入っとるんじゃ」
「なら、どうすれば」
「そうじゃのう。ここはひとつ、神らしく試練でも与えてやろうかの」
「──…………」
嫌な予感。
「田町美佐夫。十日以内に、みっつの試練を乗り越えてみせよ。そうすれば、おぬしを元の肉体に戻してやる。できなければ、その一生を女として全うするがいい」
「げ」
試練って!
十日って!
しかも、一生って!
「きっつ……」
なわとび百回とかにならないだろうか。
「なるか!」
「おじさん、なに考えたの……」
「日本経済の行く末について」
「息をするように嘘をつくのう……」
呆れたように溜め息をついて、キツネコさまが腰に両手を当てる。
「まあよい。では、第一の試練を言い渡す」
ごくり。
思わず喉が鳴った。
「第一の試練。それは──」
キツネコさまの口から飛び出した試練の内容は、僕と歌音を絶句させるに十分だった。




