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1/田町美佐夫 -8 さえちゃん

「──…………」


 歌音と共に見慣れた道を歩く。


「……こんなに心許ないもんか」


 よく言われるようなすーすーする感じより、股間が包まれていないことによる違和感がすごい。

 その感覚だけならば我慢できるのだが、そもそも女物の服に身を包んで外を歩いているという事実にも拒絶感がある。

 僕は今、美少女だ。

 美少女なのだろう。

 でも、それを客観的に見る方法がない。

 せいぜいが、目線の低さを感じたり、産毛すらない小さな腕を確認するくらいだ。

 長い夏の終わり、心地のよい秋風に髪をなびかせながら、歌音の後ろをついていく。


「ひ」


 歩行者とすれ違うたび歌音の背中に貼り付いてしまうのは、我ながら情けない。

 でも、不安なのだ。


「おじさん……」


 歌音が呆れ顔で振り返る。


「……ごめん、落ち着かなくて」


 思わずワンピースの生地を握り締める。


「う」


「う?」


「これはおじさん、これはおじさん、これはおじさん……」


「おじさんだけど」


「ああ、混乱するう!」


 歌音は歌音で大変らしい。申し訳ない。

 鬼瓦さんが教えてくれた山道を目指し、住宅街を二キロほど歩いたところで、歌音の通っている中学校の前を通り掛かった。

 当然、僕の母校でもある。


「懐かしいな。なんだか久し振りな気がする」


「卒業した学校って行く機会ないもんね。あたしも、小学校なんて、卒業以来行ってないし」


「そんなもんだよな」


 歌音と雑談を交わしながら校門を通り過ぎる。

 そのときだ。


「──歌音せんぱーい!」


 いやに元気な声が響き渡った。


「わ」


 思わず歌音の背中に隠れる。

 僕の様子を複雑な表情で一瞥し、歌音が周囲を見渡した。

 すると、運動場のほうから、学校指定のシャツとハーフパンツを身に着けた吊り目の少女が現れた。


「歌音せんぱい! お疲れさまです!」


「さえちゃん、こんにちは」


「もしかして、練習見に来てくれたんですか!」


「あ、それは違くて……」


 記憶がたしかなら、歌音は陸上部だったはずだ。

 でも、今はもう九月。部活動を引退していてもおかしくはない。


「そうですか……」


 さえちゃんと呼ばれた少女が、残念そうに目を伏せる。


「あれ?」


 その視線が僕に向けられた。


「──…………」


 視線に耐えかねて、歌音の背後に完全に隠れる。


「こら」


 歌音が一歩横にずれた。


「挨拶は?」


「……ア、ハイ……」


 年長者の威厳なんて、とっくに粉砕されて塵となり、さらさらと風に運ばれている最中だ。


「田町みさお……、です」


「田町。もしかして、歌音せんぱいの親戚さんだったり?」


「うん、そんなとこ」


 事実ではある。


「こんにちは、みさお!」


 さえちゃんが、輝く笑顔で僕を呼び捨てにする。

 これは、陽の気配!

 陽の者は陰の者に強く、陰の者は陽の者に弱いのだ。


「……こ、こんにちは。あの、苗字は……」


「もー、さえちゃんでいいってば!」


「あ、へへ、そっすね……」


 曖昧な笑顔でお茶を濁す。


「みさおは何年生?」


「え」


 僕は、何年生相当なのだろう。

 外見だけで言うならば、高くとも中学一年程度かな。

 歌音と同じかそれ以上というのは考えづらい。

 まあ、適当でいいか。


「中学一年生、です……」


「あ、うちとおんなじだ!」


「そう、なんですか。はは……」


 ちら。

 歌音の顔を見上げる。

 歌音が溜め息をつき、さえちゃんに言った。


「ごめんね、さえちゃん。あたしたち、ちょっと用事があって」


「!」


 さえちゃんが目をまるくする。


「邪魔してごめんなさい! 歌音せんぱいを見つけて嬉しくなっちゃって……」


「あはは、ありがと。今度また練習見てあげるから」


「はい!」


 元気よく頷き、胸の前で小さく手を振る。


「みさおも、またね」


「あ……」


 返事をする間もなく、さえちゃんが運動場へと駆け戻っていく。

 いい子だ。

 いい子だからこそ、追い払う形になってしまったことが、つらい。


「はー……」


 歌音が大きく溜め息をついた。


「女子中学生相手に、そんなにキョドらなくても」


「だって……」


「だって?」


「三十二のおじさんだってバレたら、社会的に死ぬもん。変態扱いされて、罵声を浴びせかけられ、道行く人からは石を投げられて、最終的に逮捕、拘留、投獄の流れじゃん……」


「……そんなにひどいかなあ」


「ひどい! 社会ってそうだもん! 僕は詳しいんだ!」


「それは置いといて」


 置いておかれた。


「どんなに不審な言動でも、絶対バレないから大丈夫。あたしだって信じるまで時間かかったでしょ」


「そ、かな……」


「そうだよ。今のおじさん、かわいいもん」


 かわいい。

 かわいい。

 かわいい……。

 歌音の言葉が脳内でリフレインする。


「うへ、へへへ……、そ、そんなことないよお……」


 されたことのない褒められ方に、体が勝手にくねくね動く。

 そうだよな。

 僕は今、かわいいんだ。


「まんざらでもないじゃん」


「は!」


 我に返る。


「まんざらです!」


 アイデンティティの危機を感じ、慌てて自分のほっぺたをぺちぺち叩く。


「なんでもいいけど、もうすこし慣れたほうがいいよ。いつ戻れるかわからないんだし……」


「いざ戻ったときのことを考えると、順応し過ぎるのも問題じゃないか?」


「適度に、適度に」


「わかったよ……」


 さえちゃんには申し訳ないことをしてしまったし。

 あってほしくはないけど、この姿で再会することがあったら謝っておこう。


「ほら、行こう」


「はーい」


 中学校は、低山のふもとにある。

 目的地は程近い。

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