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4/田町みさお –8 田町みさお

 歌音が持ってきてくれたメイク道具で、ほのかちゃんが僕に化粧を施す。

 当然だけど、ぎこちない。

 でも、それでよかった。


「──できた」


 ほのかちゃんの手が止まった。


「はい、これ」


 手渡された卓上鏡を覗き込む。


「わあ……!」


 ただでさえ美少女の僕が、すこしだけ大人びていた。

 徹夜明けのくまも、ファウンデーションで見事に隠されている。


「わ、みさお! きれー……。ほんとに花嫁さんみたい」


「相手はいないけどね」


 そう言って苦笑する。

 いつか僕も、結婚する日が来るのだろうか。

 とても想像できない。


「おじさん。それじゃ、着ようか。ファスナーとか、自分じゃ上げられないでしょ」


「うん。お願いできる?」


「もちろん」


 着ていた服を脱ぎ、ウエディングドレスに袖を通す。

 採寸がしっかりしていたおかげか、サイズはぴったりだった。

 最後に歌音が、背中のファスナーを閉める。


「わあ……!」


「お姫さまだ……!」


「うん。最高に綺麗だよ、おじさん」


「──…………」


 さすがに照れる。


「え、と。お風呂場しかないか……」


 今ほど姿見を買っておけばと思ったことはない。


「おじさん」


 歌音が僕の手を恭しく取る。


「バージンロードにしては狭いし、ちっとも素敵じゃないけど、あたしが父親代わりになるよ」


「ありがとう……」


 歌音に手を引かれ、浴室へと向かう。

 浴室の鏡に映っていたのは、まさしく、小さな花嫁だった。


「ああ──」


 僕は。

 この姿を。

 あの子に見せるために、頑張ってきたんだな。



 ────。



 声が、聞こえた気がした。

 お礼の、そして、別れの言葉だ。


「──…………」


 残ったのは、一抹の寂しさ。

 僕はもう、一人で歩いて行かなければならない。

 僕のことを見守っていてくれたあの子は、もういないから。


「──さえちゃん。ほのかちゃん」


 二人へと向き直る。


「長い──長い話を、聞いてくれる? 僕の、正体を」


「……うん」


「ちゃんと、聞くよ」


「ありがとう」


 頷く二人に礼を言い、話し出す。


「僕の名前は、田町美佐夫。美しいに佐藤の佐、夫と書いて、美佐夫。三十二歳の成人男性。職業は、服飾デザイナーだった」


 二人は、不思議と驚かなかった。

 僕の経歴を。

 そして、僕が"田町みさお"になった理由を。

 すべての経緯を、ゆっくりと話していく。

 歌音が知らないこともあったから、むしろ、二人より驚いていたくらいだった。


「おじさん、死ぬつもりでウエディングドレス作ってたの……?」


「あ、はい……」


「ばか!」


「ごめんなさい!」


 そんな僕たちのやり取りを見て、二人がくすくす笑う。


「──大人でも、子供でもない。男でも、女でもない。そんな僕だけど」


 ぎゅ、と。


「ずっと、隠し事をしてきた僕だけど……」


 固く目蓋を閉じる。


「……まだ、大親友で、いてくれますか……?」


 怖かった。

 二人に拒絶されるのが。

 気持ち悪いって、思われるのが。

 二人の答えが、怖かった。


「──…………」


 僕の左腕が、誰かに抱き寄せられる。


「──……」


 僕の右腕が、誰かに抱き締められる。


「そんなの決まってるってば。さっきも言ったよ。みさおと穂乃香は、うちの大親友だって」


「うん。そのくらいで変わらないよ。むしろ、なるほどって思った。だって、田町先輩、みさおちゃんのことおじさんおじさんって呼ぶんだもん」


「あ」


 歌音が間の抜けた声を上げる。

 そう言えばそうだった。


「これからずっと、みさおちゃんはみさおちゃんなんだね」


「うん。僕の元の体、もう死んじゃってるから……」


「……そっか」


 ほのかちゃんが悲しげに目を伏せる。

 僕の気持ちに寄り添ってくれていることがわかる。

 本当に、いい子だ。


「──あ、見て!」


 さえちゃんが鏡を指差す。


「こうしてると、うちと穂乃香、みさおの花婿さんみたい!」


「ほんとだ……!」


「ふふ。おじさん、モテモテだね」


「う」


 鏡の中の僕が、どんどん紅潮していく。


「さえちゃん。このままみさおちゃんのこと、お嫁さんにしちゃおうか」


「え」


「裸も見られちゃったし……」


「あ、そうだった」


 さえちゃんが右手で口元を隠し、にまにまと笑みを浮かべる。


「みさお、えっちなんだー」


「ち、ちが! あれは下心とかなくてですね……」


「わかってるよ。うちと穂乃香の、かわいい花嫁さん」


「ううう……」


 冗談だってわかってるけど、でも、なんだか嬉しくて。

 僕の目からは、また涙が溢れ出てきた。


「ああ、こらこら。メイク落ちるってば」


「みさおは泣き虫だなあ」


「ふふ。ねー」


 三人とも、僕が悲しくて泣いているわけじゃないって知ってる。

 嬉しくて泣いてるんだって、知ってる。

 だから、僕も、遠慮なく泣けるんだ。

 この三人の前でなら。

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