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4/田町みさお –終 一番星

「──よいしょ、と」


 翌日の放課後、僕たちは、祠の残骸を掻き集めて田町家を訪れていた。

 帰ってきた、というほうが正しいかもしれない。

 僕はこれから、この家に住むのだから。

 "田町みさお"として。


「……うーん。さえちゃん、日曜大工とかできたりしない?」


「やったことないなー……」


 まあ、仕方ないか。女の子だもんな。


「よし、僕がやろう!」


 ほのかちゃんが、心配そうに僕を見る。


「みさおちゃん、できるの?」


「釘を打ったことくらいはあるし……」


 さすがに、生まれたときから女の子だったみんなより多少ましだと思いたい。

 もはや廃材と化した祠の残骸を、歌音がつつく。


「これ、接着剤じゃダメなの?」


 いいのかな。


「キツネコさま。接着剤でいい?」


『……せめ、……て、……釘で……』


「だって」


「仕方ないなあ。間違って指打たないようにね、おじさん」


「わかってるよ……」


 田町美佐夫の体ならともかく、今の僕の肉体は、あの子から譲り受けたものだ。

 傷なんてつけられない。


「三人は、多少小さくなってもいいから祠の形を作ってくれる? 僕が釘打ってくからさ」


「おっけー!」


 ホームセンターで買ってきた新しい木材で割れた板材を補強しつつ、なんとか祠としての体裁を作り上げていく。

 日曜大工に勤しむこと、実に二時間。

 田町家の庭に、まるで小型犬用の犬小屋のような祠が完成した。

 女子中学生が四人集まって作ったものにしては上出来だろう。


「……ふー、こんなもんかな」


「いえーい!」


「疲れたねー……」


「おじさん、飲み物とかない?」


「水道水なら……」


「この際、それでいっか。勝手に入って大丈夫? グラスに注いでくるよ」


「うん、ありがとう」


 歌音がお盆で四人分の水を運んでくるのを待って、僕はキツネコさまの名前を呼んだ。


「おーい、キツネコさまー」


『……うむ』


「姿、現せません?」


『いや、出られるは出られるのじゃが……』


「出てきてくださいよ。僕ら、頑張ったんだし」


『……笑わない?』


「笑いませんけど……」


『ならば……』


 ずるり。

 祠から這い出てきたのは、幼稚園児くらいのちびっ子だった。

 一瞬目を疑ったが、頭頂部の獣耳からして間違いはない。


「……小さくなりましたね」


「うう」


「かっわいいー!」


「うん、かわいい! 信仰しちゃうかも……」


 さえちゃんとほのかちゃんが、キツネコさまを撫でくりまわす。


「うぐ、ぐ、これ信仰じゃなくて愛玩って言わぬか……!?」


 縁側に腰掛けた歌音が、グラスを両手で持ちながら言った。


「まあ、祠が小さくなっちゃった時点で、弱体化してるだろうなとは思ってたし。子供になってるのは予想外だったけど……」


「うむ……」


「──ところで」


 僕は、あえて半眼を作り、キツネコさまをにらみつけた。


「僕に言うべきこと、ありますよね」


「う」


「ありますよね?」


「──…………」


 しばし俯いていたキツネコさまが、耐えきれなくなったようにジャンピング土下座を決める。


「騙してすまなんだー!」


「よろしい」


「どうしても、あの子を救いたくてのう。あの子は、わしの祠に、百年ぶりに花を手向けてくれた子じゃから……」


「いいですよ」


 キツネコさまの頭に、ぽんと手を乗せる。


「いいです。許します。僕は今、幸せですし……」


 三人に視線を巡らせる。


 さえちゃん。

 僕のことを初めて見てくれた人。

 元気で、気が利いて、周囲を明るくさせてくれる、僕の大親友。


 ほのかちゃん。

 僕の心に寄り添ってくれる人。

 おしとやかで、慎ましくて、でも自分をハッキリ持っている、僕の大親友。


 歌音。

 僕の最大の味方。

 そして、最愛の姪っ子だ。


「──キツネコさまのおかげで、僕は僕を肯定できた。今の自分、けっこう好きなんですよ」


「そうか」


 キツネコさまが、うんうんと頷く。


「すべてわしのおかげ、じゃな?」


「調子に乗るな」


 でこぴん。


「ぎゃん! わしは神じゃぞ!」


「僕は地主ですよ。ここ、僕んちだし」


「ぬう……」


 しばし渋い顔をしたあと、キツネコさまが両腕を組む。


「まあ、いいわい。詫びとして、今後わしの神通力を自由に使わせてやる。とは言え、大したことはできぬがの」


「ありがとうございます」


 とは言え、何かしてほしいことがあるわけじゃ──


「あ」


 思いついた。


「僕が住んでた部屋から服飾用の機材だけ持ってきたいんですけど、できますか?」


「できるぞ」


 キツネコさまが懐からスマホを取り出す。


「宅配業者に希望はあるかの?」


「いや、そういうのじゃなくて」


 それ、神通力って言うのかな。


「"田町美佐夫"が死んじゃったから、あれは姉さんの所有物になると思うんですよ。姉さんのことだから売り払ったりはしないと思うけど、ただホコリをかぶることになると思うとつらくて……」


「なるほどのう」


 しばし思案し、キツネコさまが提案する。


「ならば、こうしてはどうじゃ? "田町美佐夫"として、その機材を"田町みさお"に譲り渡すと遺言を書くのじゃ。多少の整合性は神通力で誤魔化してやろう」


「あ、なるほど!」


「キツネコさま、あったまいい!」


 さえちゃんがキツネコさまの頭を高速で撫でる。


「あつい、あつい!」


「──…………」


 そっか。

 あの機材、僕のところに戻ってくるのか。

 僕の生きた証。

 僕のすべてだったもの。

 歌音の言う通りだった。

 田町美佐夫でも。

 田町みさおでも。

 どちらであっても、残るものはあるんだ。


「──歌音」


「んー?」


「どんな服がいいか、考えておいてね」


「えっ……」


「約束だったろ。全部片付いたら、服を作ってあげるって」


 歌音の顔が喜色に染まる。


「──うんっ!」


 さえちゃんが、羨ましげに歌音を見る。


「いいな、いいな!」


「もちろん、さえちゃんとほのかちゃんにもだよ。あのパジャマよりすごいの、作ってあげる!」


「わあ……!」


 ほのかちゃんが、さえちゃんに微笑みかけた。


「楽しみだね、さえちゃん!」


「うん!」


「わしには……」


「着れるなら作ってあげてもいいですけど……」


「着られるとも、着られるとも。楽しみじゃのう!」


 服を作ると、誰かが喜んでくれた。

 僕は。

 そんな笑顔を見るのが、大好きだったんだ。

 それが、僕の原点。


 ──嗚呼、また泣いてしまいそうだ。


 涙がこぼれないように空を見上げる。

 藍色に染まりかけた夕方の空に、一番星が輝いていた。

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