4/田町みさお –4 ウエディングドレス
迷いは晴れた。
そうと決まれば材料の調達だ。
必要なのは、シルクやチュール、オーガンジーといったドレス用の生地。
レースやビーズも大量に必要だろう。
「売って、……ないよな」
このあたりにある手芸店は網羅しているが、本格的なウエディングドレスの素材が全部揃う店はない。
生地はすべて鬼瓦さんに調達してもらっていたから──
「あっ」
そうだ。
鬼瓦さんに頼めばいいんだ。
僕が死んだって連絡は、きっとまだ行ってない。
調達できればそれでいい。
あとのことなんて知るもんか。
僕にできることはするから、誤魔化すなり逃げるなり好きにしてくれ。
僕は、メッセンジャーアプリを通じて鬼瓦さんに大量の生地を発注した。
大至急、今すぐに、と念を押して。
追加料金なんていくらかかっても構わない。
僕はもう、使わないんだから。
最後に猫のスタンプを送ると、鬼瓦さんからすぐに返答があった。
わかりましたと頭を下げるうさぎのスタンプだ。
これでいい。
スマホの地図で調べると、"田町みさお"の家は、繁華街側の山道の入り口にあった。
案外近いな。
でも、今は時間がもったいない。
タクシーを呼び、急ぎ僕の自宅へ戻った。
──それから先は、ただウエディングドレスを作り続けるだけだった。
さまざまな服を作ってきた僕だけど、ウエディングドレスは初めてだ。
いくら僕が服飾のプロフェッショナルと言えど、ドレスを一から作るのは容易じゃない。
僕は縫製職人ではなく、一介のデザイナーに過ぎないからだ。
この子に合う、最高のドレスを。
その一心で、無数のデザイン案が床に撒き散らされ、仕事部屋を満たしていく。
「……おじさん。あんまり根を詰めすぎないようにね」
歌音が来た気がする。
でも、どんな会話をしたかは思い出せなかった。
夜が去り、朝が来る。
月曜の早朝、ようやくデザインが固まった。
残り一日で僕が作れるという条件が厳しく、かなり無駄をそぎ落とした形になった。
あとは型紙を用意して縫製するだけだ。
CADで型紙のデータを作成し、プロッターで印刷する。
採寸したデータが残っていてよかった。
いつの間にか部屋の外に置かれていた生地をひたすら裁断し、縫製していく。
仮縫いは、あえてしなかった。
そのぶん時間がかかるし、補正のためとは言え半端な状態でドレスを着たくはなかったから。
朝が去り、夜が来る。
ふとスマホを手に取ると、さまざまな人から連絡が入っていた。
僕の死が伝わったようだ。
鬼瓦さんからも連絡があったけど、とても見てはいられなかった。
そして。
さえちゃんとほのかちゃんから、僕の体調を慮るメッセージが届いていた。
「──…………」
ぎゅ、と。
スマホを小さな手で握り締める。
返信はしなかった。
あの二人に会えば、きっと、決意が揺らいでしまう。
また、軽蔑すべき僕に戻ってしまう。
それだけは嫌だった。
スマホの電源を切り、ゴミ箱に投げ捨てる。
あと一日、間に合うだろうか。
三十分だけ仮眠を取り、再びミシンに向かった。
夜が去り、朝が来る。
身頃を丁寧に縫い合わせ、裏地を揃えてファスナーを付ける。
朝が去り、日が暮れる。
スカートと身頃を繋げ、最後にアイロンをかけた。
「──……できた」
完成したウエディングドレスを子供用のトルソーに着せる。
完璧だった。
僕の最高傑作と言っていい。
最高にして最後の、田町美佐夫/田町みさおのウエディングドレスだ。
ふらふらと仕事部屋を出る。
「あ──」
リビングに歌音がいた。
「おじさん、完成したの?」
「……え? なんで、それ……」
「だって、最後の試練はウエディングドレスを着ることだって、おじさんが……」
記憶にないが、ちゃんと説明していたらしい。
「いま、何時……?」
「火曜日の、午後六時過ぎ。間に合ったね」
歌音が、いたわるように微笑む。
「さすがに仮眠取ったほうがいいよ。目のくま、すごいし」
「いや──」
そんな時間はない。
僕の決意が揺らぐ前に、早く。
「それより、さ。歌音、化粧ってできる……?」
「お化粧? そんなに上手くないけど、いちおう……」
「じゃあ、おねが──」
ふら、と。
意識が途切れ、僕はソファに倒れ込んだ。
────。
誰かの声が聞こえた気がした。
誰かは、悲しんでいた。
やめてほしいと言っていた。
自分のために無理はしないで、と。
でもさ。
そんなのは、僕の勝手だ。
僕の選択に、誰も文句は言わせない。
たとえ、それが。
──"田町みさお"、君であってもだ。




