4/田町みさお –3 最後の作品、最後の願い
「……これから、どうしようかな」
ここはあの子の家だ。
法的には、僕はこの家に住むべきなのだろう。
でも、中学校の転入届とか、どうなってるのかな。
名前が僕そのままだったし、キツネコさまが一時的に誤魔化したのかもしれない。
「……嫌だな。通えなくなるの」
そう言えば、この子の名前はなんだろう。
当然ながら日記帳には自分の名前は記されていなかった。
机の上で整頓されていた教科書を一冊取り出す。
名前欄には、こう書かれていた。
"田町みさお"
「──えっ」
思わず息を呑む。
「本当に、同姓同名……?」
信じられない気持ちと同様に、不思議としっくり来るような気もした。
希望が出てきた。
もしかすると、あの転入届は、法的に正しいものかもしれない。
僕は、あの二人のいる中学校に通い続けられるのかもしれない。
と言うか、しれっと通っていれば気付かれないだろ、たぶん。
幸か不幸か元の中学校に友達はいないのだし……。
「必要なもの、僕の部屋から持ってこないとな」
制服と、教科書と、タンス預金と──
「……服飾用の機材は、無理か」
僕の愛機たち。
身を切るように心が痛んだ。
でも、どこか楽になっている自分もいる。
人生の分岐点。
どちらを選ぶかなんて重要な選択は、僕には重すぎたんだ。
否応なしに決められてしまったほうがいい。
僕なんて、その程度の人間なんだから。
「……おなか、減ったな」
ふらふらと部屋を出る。
「あ──」
廊下の柱の傷に。
フローリングの床の染みに。
軋む扉の音に。
思い出が、一瞬だけ蘇る。
"田町みさお"の思い出だ。
「……やめろ」
僕はおなかが減ってるんだ。
余計なもの、見せないでくれ。
キッチンへ向かい、冷蔵庫を開く。
何もなかった。
適当に戸棚を探すと、サバ缶があった。
箸を探す。
かわいらしい塗り箸に触れる。
──チカチカと、思い出が蘇る。
これは、"田町みさお"が両親に買ってもらった塗り箸だ。
とても気に入っていて、小学二年生のころから使っている。
やめてくれ。
お願いだ。
缶の蓋を開けることもできず、自分の体を抱き締める。
震えていた。
そのとき、電話の音が鳴り響いた。
「……ッ」
出るわけにも行かず、息をひそめて切れるのを待つ。
留守電に切り替わる。
男性の声が、ホコリまみれのリビングに響いた。
声は、疲れていた。
『──みさお。まだ戻ってないのかな……』
僕は──"田町みさお"はその声を知っていた。
『ごめん。……放っておいて、ごめん。俺、兄さん失格だよな。みさおを支えてあげなきゃならなかったのに。みさおの、兄さんなのに』
"田町みさお"の兄の声が、涙に揺れる。
『……無事でいてくれ』
その言葉を残して、通話は切れた。
「──…………」
愛されていた。
この子は、愛されていたんだ。
ふと、姉さんの顔が脳裏をよぎる。
僕を育ててくれた姉さんの顔を、思い出す。
きっと、泣いているだろう。
きっと、苦しんでいるだろう。
きっと、後悔しているだろう。
「……そうか」
沈んだ心が晴れていく。
力が湧いてくる。
わかった。
僕は、僕を、軽蔑していたんだ。
子供より自分を優先する浅ましさを。
生にしがみつき、この子を蹴落とそうとする生き汚さを。
自分を軽蔑するくらいなら、
「──死んだほうがましだ」
決めた。
ウエディングドレスを作ろう。
"田町美佐夫"の最後の作品を。
"田町みさお"の最後の願いを、叶えよう。




