4/田町みさお –2 孤独
──夢が、脳裏に滲んでいた。
物語などでは幼少期の記憶をそのまま夢に見たりするけれど、あんなのは嘘っぱちだ。
なにせ、僕が見たのは幸せな夢だったから。
物心つく前に両親を亡くし、年の離れた姉を親代わりとして育った僕にとって、過去の記憶とは常に寂しさに絡みつかれているものだ。
夢は願望の発露とも言われるが、それも嘘。願望なら悪夢なんて見ないだろ。
だから、僕の見ていた夢は脳が作り出した幻像に過ぎず、なんの意味もありやしない。
夢の中の母親も。
夢の中の父親も。
夢の中の僕も──
一握の砂のように指の隙間からこぼれ落ちて、すぐに思い出せなくなるだろう。
「──……あれ」
見上げた天井が、すこし霞んでいた。
頬がくすぐったい。
手の甲でこすると、濡れていた。
枕元のティッシュを取ろうとして、気付く。
「……ここ、どこだ?」
僕は、キツネコさまの祠だった場所で眠りについたはずだ。
誰かが僕を保護した、とか。
「──いや」
すこしだけ記憶が蘇る。
昨夜、僕は、誰かに手を引かれて歩き続けた気がする。
夢心地で、どこまでも果てしなく。
「──…………」
涙を拭い、周囲を見渡す。
そこは、幼い女の子の部屋であるように思えた。
綺麗に整頓されてはいるが、家具や床などにうっすらとホコリが積もっている。
しばらく使われていなかったようだ。
ホコリが舞わないようにベッドから出て、軽く部屋を調べる。
子供部屋にありがちな勉強机。
その上に、写真立てが伏せてあった。
手に取り、写真を確認する。
そこには、
「あ──」
"僕"が写っていた。
それだけじゃない。
先程夢に出てきた両親が、今よりずっと幼い"僕"を挟むように立っていた。
僕は理解する。
入れ替わりだ。
僕の肉体が変化して女の子になっていたわけじゃない。
僕の精神が、この子の体に乗り移っていたのだ。
そう考えると納得できることも多い。
僕が女の子になっただけなら、服やサンダルは現れないものな。
悪いと思いながらも机の引き出しを開くと、上から二段目に日記帳があった。
「……ごめん。今は、すこしでも多くのことが知りたくて」
もしかすると僕の行動を見ているかもしれない少女に謝り、日記帳を開く。
そこにあったのは、まるで僕自身を投影したかのような孤独な日々だった。
彼女には友達がいなかった。
話し掛けることもできなかった。
絶世の美少女だから、余計にだ。
さえちゃんとほのかちゃんがおらず、転入生という立場がなければ、僕も同じだったろう。
いや──
"田町美佐夫"の子供時代は、まさしくこの通りだった。
僕は、この子に対して、強い仲間意識を感じていた。
陰々滅々として、周囲に理不尽な怒りと失望を感じながら日々は過ぎていく。
変化があったのは今年の春先のことだった。
両親が、事故で亡くなったのだ。
「──…………」
そう、か。
既に結婚して独立している兄がこの子を引き取ろうとしたけど、彼女は思い出のあるこの家から離れることを拒絶した。
悲しい過去を背負った少女は、さらに孤独を深めていった──
「──……、う、あ」
気付けば僕の両頬を涙が伝っていた。
この子は僕だ。
僕自身だ。
あまりにも境遇が似通いすぎていた。
そして、あの試練の理由を同時に理解する。
あれは、この子の願いなんだ。
友達と買い食いがしてみたい。
パジャマパーティーがしてみたい。
そして、ウエディングドレスを着てみたい……。
「あ、……うあ、うゥ……ッ」
いいんだ。
もっとわがまま言ったって、よかったんだ。
そんな、普通の子たちは当たり前にしていることを願わなくたって、よかったんだ……。
最後の願い。
それも、満たしてあげたい。
心の底からそう思った。
でも、ひとつだけ懸念があった。
キツネコさまは、試練を乗り越えれば僕を元の姿に戻すと言った。
でも、それって。
試練を果たせば、僕の心は僕の体に、この子の心はこの体に戻るってことじゃないか?
それは、自殺と同義だ。
僕の心が戻るべき肉体は、もう死んでしまっているのだから。
「は、はは……」
歌音の顔が脳裏をよぎる。
さえちゃんの、ほのかちゃんの笑顔を思い出す。
それは、できない。
それだけは、できないよ。
僕は自分が嫌いだ。
大嫌いだ。
でも、それでも、あの三人を泣かせないことはできる。
たとえそれが畜生の道であっても。
「……ごめ、ん。僕には、……君を助けられない」
────。
誰かが、優しく頷いた気がした。
それで構わないと。




