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1/田町美佐夫 -4 僕は僕だ

 ドライヤーの送風音がリビングに響く。


「あの」


「んー、どしたの?」


「どうして、冷風にしたんです、か……?」


 下着姿に冷風は、少々寒い。

 とは言え、こちらは髪を乾かしてもらっている立場だから、文句を言えようはずもない。


「八割くらい乾くまでは温風で、仕上げは冷風にするといいんだよ」


「へえー……」


 ただでさえ長くて乾きにくいのに、さらに倍率ドンしていくのか。

 まだまだ序の口なのだろうけど、やはり女性は大変なんだな。


「あ、そうだ。名前!」


「!」


 そうだ、名前の問題があった。


「君の名前、教えてくれる? どう呼んでいいかわからないし……」


「あ、えと……」


 思わず目が泳ぐ。歌音が僕の後ろにいてよかった。

 ここは、そうだな。嘘はつかずに行こう。

 もしかしたら歌音のほうで僕の正体に気付いてくれるかもしれないし。


「……み、みさお、です」


「みさお──って、おじさんと同じ名前だ。偶然!」


「あ、はい。偶然ですよね……」


 こうなる。

 やっぱ、どこかで勇気を出さないとだめだよな。


「はい、おしまい。冷風で仕上げると、髪がよくまとまるんだよ。よかったら、次からそうしてみてね」


 こくりと頷く。


「……それで、さ。みさおちゃんは、これからどうするの?」


「これから、ですか……」


 そんなこと、僕が聞きたい。


「ごめんね。厳しいこと言うね」


 歌音が、逡巡ののち、続ける。


「この部屋には、ずっとはいられないよ。おじさんがいつ帰ってくるかわからないもん。部屋を見てわかるかもだけど、おじさん、服を作る仕事をしてるんだ。おうちが仕事場だから、そのうち絶対帰ってくる。悪い人じゃないんだけど、さすがにみさおちゃんと同居はさせられない。男は狼らしいし……」


「そう、ですね。はは……」


 まずい、追い出される。

 当人だからまったく問題ないのだけど、それが伝わるはずもなく。


「……あ、でも、服がなくて」


 かすかな抵抗をしてみる。


「え、今洗濯してるのは?」


「あれ、実はパジャマで……」


「パジャマで家出したの……」


「……そう、なっちゃいますね」


 考えてみれば、あのパジャマと下着はどこから生えたのだろう。

 単に女体化しただけなら自分の服を着ていそうなものだけど。


「うーん。あたしの服じゃ、サイズ合わないよね」


「はい……」


 今の僕と歌音とでは、恐らく身長が二十センチ近く違う。

 大人と子供程度の差があるのだ。


「どうしよっか。適当に漁れば、おじさんが作った子供服とか出てきそうだけど」


「……あります、かね」


「わかんない。勝手に物色するのも悪いし、許可取ってみるね」


 歌音がスマホを操作し、耳に当てる。

 わずかなタイムラグののちに、寝室から着信音が鳴り響いた。


「──…………」


「──…………」


「……スマホも置いてったんだ。よっぽど慌ててたのかな」


「そうかも……」


「馬鹿だなあ。スマホなんて生命線じゃん……」


 歌音の中で僕の評価がぐんぐん落ちているのがわかる。

 おじさん、つらい。


「ま、いいや。緊急事態、緊急事態。おじさんにはあとで謝るとして、探してみよっか」


「あ、はい」


 全裸よりはましだけど、人前で下着姿も十分恥ずかしい。

 幸か不幸か、僕は服飾に対して真摯だ。

 たとえそれがフリフリのゴシックドレスだとしても、自分で作った衣服を身に纏うことに抵抗はない。

 元の姿なら罰ゲームだけど、今の僕は美少女だしね。

 着ている最中、唐突に元に戻らないことを祈るばかりだ。

 そんなことを考えながら、自分の部屋を漁る。

 だけど、子供服は一向に出てこなかった。


「ないね……」


「全部サンプルとして送っちゃったかな」


「あれ、詳しいね。みさおちゃん、おじさんとけっこう話してたんだ」


「あは、は、……はい」


「おじさんの話、つまらなくなかった?」


「あ、いえ。楽しかった、です」


「無理しなくていいよ。おじさん、お仕事の話になると、ちょっとだけニチャるから」


 ぐさり。

 言葉のナイフが僕の心臓を貫いた。

 僕、歌音にそんなふうに思われてたんだ。

 今後、絶対、無関係な人に仕事の話をしないようにしよう……。


「──……あっ」


 若干心に傷を負ったものの、いいことを思いついた。

 一石二鳥のアイディアだ。


「歌音」


「んー、どしたの?」


「すこし手伝ってほしい」


「いいけど、何を?」


「服を、作る」


「え──」


 歌音が絶句する。

 僕くらいの年頃で、自分で自分の服を作れる女の子は、かなりの少数派だろう。

 でも、僕ならできる。

 子供の頃から数えて、何百、何千と、誰かの服を作り続けてきた。

 服飾とは、僕にとって、息をするにも等しい。


「僕一人じゃ、自分の採寸ができないから」


「──…………」


 何かを察したのか、歌音が真剣な瞳でこちらを見つめ返す。

 いいだろう。

 ちゃんと、その目で確認してくれ。僕が僕である証を。


「わかった。採寸すればいいんだね」


「ありがとう」


 仕事部屋へ向かい、PCを立ち上げる。

 頭が仕事モードに切り替わるのがわかった。

 女の子になったとて、やはり僕は僕なのだ。

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