1/田町美佐夫 -3 歌音
「……ねえ、ほんとにおじさん?」
ぐッ。
布団が掴まれた。
なるものか!
「ににににににに……!」
「こら、耐えるな!」
「耐えんでか!」
だけど、女子中学生と言えども歌音はしっかり運動部。
華奢で小柄な僕に抗うすべはない。
抵抗虚しく、布団をベッドから引き剥がされる。
「あれ、いない?」
いないよ!
布団の裏に貼り付いてなんかないよ!
だが、歌音が僕を見失ったのも一瞬のこと。
「──…………」
「──…………」
上を向くと、歌音と目が合った。
「……ど、どうも」
「あ、あ、あ──」
歌音の顔が、どんどん紅潮していく。
「ぐべ」
歌音が布団から手を離し、僕は布団ごと床に落ちた。
「──あの野郎、とうとうやりやがった!」
「とうとうってなんだよ!」
思わずツッコミが冴え渡る。
「大丈夫? ひどいことされてない!?」
「するかッ!」
「ま、まず警察を!」
「待って待って待ってお願い待って!」
社会的に死ぬ!
「いいの。君は何も心配しないで。つらかったね。でも大丈夫。肉親とは言え犯罪者は犯罪者。ちゃんと塀の中にぶち込んであげるから……」
僕に対する歌音の評価って、こんなに低かったんだ……。
おじさん、ショック。
でも、今は落ち込んでる場合じゃない。
言い訳を!
言い訳を組み立てろ!
「そ、そう! ぼ──田町さんは、家出した僕に親切にしてくれて! 自分がいると落ち着かないだろうって、部屋をそのまま貸してくれたんです! ほら、いないでしょ!」
「──…………」
なんとか声が届いたのか、歌音が軽く考え込む。
そして、僕の部屋を物色し始めた。
浴室、トイレ、ベッドの下、果ては押し入れに至るまで、成人男性が隠れられそうな場所をすべて調べ終え──
「……ほんとにいない」
「いませんよ!」
「うちのおじさんは、犯罪者じゃ」
「ありません! 手なんて出されてません! 僕、田町さんに感謝してます!」
「……──はー……」
歌音が、その場にぺたりと座り込む。
「よかった……」
目尻に涙が浮かんでいた。
「……歌音」
そうだよな。
身内から性犯罪者なんて、誰だって出したくないよな。
「──あれ? 今、あたしの名前」
「あ」
しまった!
「そ、そ、そうですね。もももしかしたら姪っ子が来るかもって、田町さん言ってたので!」
「あ、なるほど。ここの合い鍵持ってるの、あたしくらいだもんね」
「はい!」
よし、なんとか誤魔化せた。
「……それにしても、君。どうして裸なの?」
「あ、はい。シャワーを浴びて、出てきたところだったんです。そこに歌音さんが来て」
「慌てて布団に隠れた、と」
うん、我ながら完璧な弁明だ。
TSうんぬんは、言ったところで信じてもらえないだろう。
頭のおかしな子として然るべきところに連行されるのがオチだ。
「じゃあ、服は?」
「洗濯中……」
「もー、油断しすぎ! そんなときにおじさん帰ってきたら、どうするつもりだったのさ。おじさん、ほんとに犯罪者になっちゃうよ」
「ごめんなさい……」
軽く俯き、謝る。
「わ」
歌音が、何故か目をまるくした。
「ご、ごめん。そんなに責めるつもりなかったんだ」
「え──」
目を伏せただけなのに、歌音が急に優しくなった。
これが美少女パワーなのか。すごいな。
そんなことを考えていると、歌音が、僕の頭を抱き締めた。
「わと! かっかか、歌音!?」
姪っ子の胸が!
胸が!
絶対味わっちゃダメなやつ!
「……つらかったよね。不安だったよね。あたしには君の事情はわからないけど、それでも、君を驚かしちゃったことはわかるから」
「──…………」
歌音、優しいな。
まあ、おじさんは、いつかバレたときのことを考えると生きた心地がしないけど。
「髪、冷たくなっちゃったね。乾かしてあげるから、リビング行こっか」
「あ、ほっといても」
「だめだめ! せっかくきれいな髪なのに、自然乾燥なんてしたら傷んじゃうよ」
「はあ……」
そういうものなのか。
「でも、その前に、下着くらいはないと落ち着かないよね」
「……それは、はい」
ずっともじもじしていたのが伝わったらしい。
姪っ子の前で全裸を晒していると考えるだけで、首まで火照ってしまいそうになる。
「待ってて。ひとっ走り、コンビニで買ってくるから!」
そう元気に告げて、歌音が部屋を出て行く。
ちゃんと鍵を掛けていくあたり、気が利くよな。
「──……ッ、はあー……」
深く、大きく、溜め息をつく。
ひとまず難所は越えた。
越えたけど。
「これから、どうなるんだろ」
ばふ。
布団をベッドに敷き直し、その上に倒れ込む。
「ずっとは誤魔化せないよな……」
僕が田町美佐夫だと、歌音に伝えるべきなのだろう。
でも、どうやって?
こんな漫画みたいなこと、信じてもらえるはずもない。
すべてをありのまま伝えて歌音の沙汰を待つ勇気は、僕にはなかった。
いつもそうだ。大切なことは、いつだって口にできない。
そんな自分がたまらなく嫌だった。




