3/第二の試練 –10 歌音とシャワー
歌音が脱衣所で服を脱ぎ始める。
わ、ちゃんとしたブラしてるんだ。
ああいうのって窮屈じゃないのかな……。
「──って、ぬおお……!」
見るな見るな、しかも視点が完全に女子!
男性としてのアイデンティティにどんどんヒビが入っていく。
「はー……」
落ち着け。
ぎゅっと目を閉じたままハンドルをひねり、シャワーの水がお湯になるのを待った。
ぴたぴたと足音が響き、背後に気配を感じる。
「へえー、けっこう広いね」
「歌音、ほら。お湯出たから浴びちゃいな」
「うん、ありがと」
歌音がさっとお湯を浴び、今度は僕の背中にシャワーをかけてくれる。
「ほら、おじさんも寒いでしょ」
「まあ、うん……」
なんと答えればいいのやら。
「……湯船のお湯、捨てなきゃよかったな」
「昨日はお湯張ったんだ」
「うん。一人一人ゆっくり浸かってもらうつもりだったんだけど、みんなで入ったから溢れちゃって」
「そっか」
くすくすと楽しそうに笑う声が聞こえる。
「よいしょ、っと」
シャワーヘッドをフックに掛けたのか、温かい雨が全身を叩き始めた。
そして、背中にぴたりと素肌の感触。
「わ、わわ、歌音!?」
「背中だよー。あ、期待しちゃった?」
「うぐ……」
完全には否定できないのがもどかしい。
歌音と背中合わせに座り、シャワーの雨粒に打たれる。
「──あたしは、ね。姿形って、そんなに重要じゃないって思ってる。あたしにとって、おじさんはおじさん。美少女でも、三十二歳成人男性でも、そんなに変わらないんだ」
「……そう、なの?」
「うん。前に言ったよね。あたしはおじさんの味方だって。あれは、そういうこと。どちらの姿でもおじさんはおじさんだから、あたしにとってはそう変わらないっていうか……」
すこしだけ言葉を詰まらせたあと、歌音が自嘲するように言った。
「ごめん。うまく言葉にできないや」
「──…………」
目を閉じたまま顔を上げる。
シャワーがすこし熱いくらいだ。
「ありがとう、歌音」
「え、お礼言うとこ?」
「言うところ、だよ。だって、僕の選択を軽くしようとしてくれてるんだろ」
「……あはは、さすが大人。お見通しかあ」
わかるよ。
わかるさ。
僕は、歌音のおじさんだもの。
「人生は、重い。三十二年は、やっぱり重いよ。捨て去るには重すぎる。でも……」
脳裏を、二人の顔がよぎる。
「今の僕にとっては、あの子たちも、同じくらい重い。だからなんだよな。歌音が"どっちでもいいんだ"って言ってくれたのは。どちらに偏るでもない何かがあるんだって。僕がどちらを選んでも、残るものはあるんだって。そう、気付かせるために」
「……あはは。言葉にされると、ちょっと恥ずかしいかも」
「ほんと、できた姪っ子だよ。僕、歌音のおじさんでいられて、本当によかった」
「うん」
歌音の頭が、僕の肩に乗せられる。
「あたしも、おじさんの姪っ子で、よかった……」
それからしばらく、僕たちは言葉を発さなかった。
でも、それでよかった。
話さなくても気まずくない。
一緒にいるだけで、なんとなく心地いい。
僕にとって歌音は、そんな存在だから。




