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3/第二の試練 -9 暴風雨

 ぽつりぽつりと雨が降り出したのは、歩き始めて十分ほどしたころだった。


「あー、降ってきちゃったか……」


「──…………」


 ぱた、ぱたた。

 傘布に大粒の雨が落ちて、いっそ心地のいい音が鳴る。


「……早く行こう」


 すこしだけ足を早める。

 それでも、元の僕と同じくらいの速度だと思うけど。

 風の音がする。

 耳元で、ごうごうとうるさいくらいだ。

 先程まで穏やかだった空気が、徐々に横殴りの風になっていく。


「わ、……と!」


 傘が吹き飛ばされそうになった。

 その瞬間、雨粒がびたびたと僕の顔を濡らす。


「おじさん!」


 歌音が、転びそうになった僕を支えてくれる。


「……これ、祠まで行けないかも。絶対危ない」


「で、でも……」


 歌音の言いたいことは、わかる。

 ただの道端でこれなのだ。

 山道は、歩道もなく、危険な道だ。

 暴風雨の中、そんな場所を傘をさして歩くだなんて、比喩ではなく自殺行為と言っていい。

 僕一人ならと考えるけど、歌音は絶対ついてくるだろうし……。


「……わかった。いったん家に帰って、雨が止んだらまた来よう」


「うん、それがいいよ。事情を話せば、キツネコさまだって一日くらい延ばしてくれるかも」


「そうかなあ……」


 期待薄だと思う。


「ともあれ、撤退撤退! ひゃー!」


「わ、ま、待ってー!」


 小走りで駆け戻る歌音を追って、僕も山道に背を向けた。

 雨、早く止めばいいけど……。






「あー……」


 慌てて玄関に入るも、とっくに全身ぐしょぐしょだ。


「傘、ほとんど意味なかったなあ」


「ねー」


「ちょっと待ってて。今、バスタオル持ってくるよ」


「うん」


 脱衣所から二人分のバスタオルを取り出し、片方を歌音に渡す。


「──ひっ、くち」


 歌音が、やたらかわいいくしゃみをした。


「おじさーん。シャワー貸してー……」


「へ?」


 いや、いいけどさ。


「でも、家までダッシュしたほうがいいんじゃないか? 着替えとか」


 なにより、近いし。


「この土砂降りの中、かわいい姪っ子を外に放り出すのかよー」


「う」


 そう言われると、弱い。


「わかったわかった。服は乾燥機に入れればいいよな。下着は──パンツだけなら新品のがまだあったはず」


「ありがと。じゃ、入ろっか」


「うん、行って」


 らっしゃい。

 そう言おうとして気が付いた。


「……今、なんと?」


「だから、一緒に入ろっかって。このままじゃおじさんも風邪引いちゃうでしょ」


「いやいやいやいや。入れるわけないだろ!」


「さえちゃんたちとは入ったのに?」


「!?」


 頭が真っ白になる。


「なんで、それ……!」


「え、ほんとに入ったの?」


「あ」


 しまった、鎌をかけられた!


「──…………」


 顔が真っ赤になっていくのがわかる。


「……はい、入りました。執行猶予はつきますか……」


「ひゃー……」


 しばらく僕の様子をさまざまな角度から窺ったあと、歌音がにまりと口の端を上げた。


「なら、あたしと入るのを拒む理由はないよね?」


「え、と。それとこれとは……」


「な、い、よ、ね?」


「ないですう……」


 負けた。完敗だった。


「せ、せめて、目隠しだけさせて!」


「べつに見ていいよ?」


「おじさんとしての最後の一線なんだよ……!」


「なんか大変だね」


 誰のせいだと!


「ほーら、脱いだ脱いだ」


「いやー!」


 抵抗する間もなくすべて脱がされ、浴室に放り込まれる。


「目隠しとか面倒だし、頑張って目閉じててね」


「雑!」


「あたしはどっちでもいいし……」


「思い出して! 中身は成人男子! 田町美佐夫三十二歳!」


「わかってるってば」

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