3/第二の試練 -7 僕が作ったんだ
ぽわぽわしたままお風呂を出て、あらかじめ用意しておいたパジャマに袖を通す。
「わあ……!」
「か、かわわ……」
ほのかちゃんとさえちゃんが、僕の恰好を見て目をまるくする。
それもそのはず。
僕が着ているのは、ねこみみフードのもこもこパジャマなのだ。
「へへ、……えへへ。ど、どう?」
パジャマパーティーにはかわいいパジャマが必須だと言うので、昨日歌音に選んでもらったのだった。
「死ぬほどかわええ!」
ぎゅー!
さえちゃんが僕を抱き締める。
「わわ」
でも、こちらも慣れたものだ。
なにせ一度は肌と肌とを触れ合わせているのだから、さすがに余裕も出てくる。
「さえちゃん、ずるいー……」
「あ、ごめんごめん。穂乃香もどうぞ」
さえちゃんが僕を解放するや否や、すぐさまほのかちゃんが僕を抱き寄せた。
「えへへ。みさおちゃん、かわいいな……」
「ふひえ……」
かわいいコールを摂取し過ぎて頭がとろけてしまいそうだ。
ほのかちゃんが満足したあと、僕は二人に切り出した。
「あ、あの、……実はね」
これを口にするのは、すこし勇気がいる。
「……ふ、二人に、プレゼントがあるんだ」
「えっ、なになに? なにー!」
「プレゼント?」
「うん。ちょ、ちょっと待ってて!」
小走りで仕事部屋へと向かい、二着分の"プレゼント"を抱えて戻る。
「こ、これ、なんだけど……」
「服?」
「うん。ひ、広げてみて」
さえちゃんとほのかちゃんが、ふかふかの生地を広げる。
「わ!」
「わあー……!」
二人の目がきらきらと輝いた。
「ペンギンだー!」
「くまさんだ!」
それは、僕のパジャマにデザインを寄せた、ふわもこフードのパジャマだった。
「ど、どう……、かな?」
「かわいい……!」
ほのかちゃんが、くまさんパジャマを抱き締める。
「かわいい、けど」
さえちゃんが、心配そうに僕を見た。
「みさお。これ、高かったんじゃ……」
「あ、ううん」
小さく首を横に振る。
本当は秘密にしておきたかったけど、高価なものはもらいづらいだろう。
だから、最初から本当のことを言うつもりだった。
「……それ、僕が作ったん、だ」
「へ?」
「えっ……」
二人が、僕とパジャマを何度も見比べる。
「え、……と。こっち来て」
二人を先導し、仕事部屋の扉を開く。
数体のトルソーに職業用ミシン、プロッター、無数の服に、無数の生地、生地、生地──
誰が見てもわかる、服飾のプロフェッショナルの部屋だ。
「ここって、みさおのおじさんの?」
「うん。僕、おじさんに服飾を教わってて。生地があれば、ね。これくらいは作れるんだ」
「す──」
ほのかちゃんが、溜めに溜めて口を開いた。
「……ッごーい! みさおちゃん、すごいすごい! すごいね!」
「そ、そっかな。うへ……」
思わず頬が弛んでしまう。
「うん、すごい! みさお、これ着てみていい?」
「あ、うん。着てみてほしいな。二人が僕の服着てるとこ、見たい」
「やたー!」
さえちゃんが、ぽいぽいとパジャマを脱ぎ去っていく。
「わ……」
さっきまで一緒にお風呂に入っていたけど、これはこれで目のやり場に困る。
慌てて目を逸らすと、ほのかちゃんも脱ぎ始めていた。
「わあ!」
急いで後ろを向く。
「──…………」
衣擦れの音にどきどきしてしまう。
二人が着替えているから、だけじゃない。
二人が僕の作ったパジャマをどう思うか、気が気じゃなかった。
「うわ、穂乃香かわいい!」
「がおー!」
背中から誰かが抱き着く。
「わわ……」
振り返ると、くまさんになったほのかちゃんがいた。
「えへへ、似合う?」
「か、……ッわ」
鼻血が出そうなほどかわいい。
「ペンペン! うちはどうペン?」
「ふふ、それペンギンの鳴き声?」
「ペンギンの鳴き声がわかんなかった!」
さえちゃんも、思った通りペンギンが似合う。
くらくらするほどかわいかった。
「さえちゃんも、すっごくかわいい……!」
「いえーい!」
「着心地もすっごくいいし、とってもかわいいし、最高だよー!」
「うんうん! みさお、ありがとう!」
「ありがとう、みさおちゃん!」
「……うん!」
二人が、僕の服を喜んでくれた。
それだけで込み上げるものがあるけど、さすがにこらえた。
今日は楽しいパジャマパーティーなんだ。
僕の涙で水を差したくはなかった。
「よ、よーし! 映画観よう! ピザも取っちゃおう!」
「ピザ! 食べたーい!」
「あ、お母さんからごはん代もらってるよ」
「うちもうちも!」
「僕ももらってるから、合わせてLサイズ……行っちゃう?」
「おおー……!」
「たくさん食べられるね!」
「あ、でも、パジャマ汚さないように注意だよ。ケチャップは落ちにくいから……」
「大丈夫、大丈夫。食べるとき脱ぐ!」
「そ、それはそれで目の毒……」
「絶対汚さない。絶対……!」
拳を握り締め、ほのかちゃんが固く誓う。
嬉しかった。
すごく、嬉しかった。
「え、と。チラシは……」
ピザ屋のチラシを探すふりをして、そっと手の甲で涙を拭う。
二人にはバレてなかったと思う。
……たぶん。
パジャマパーティーはまだまだ続く。
思うさま飲み食いし、映画を観ては感想を言い合って、気付けば時刻は深夜を回っていた。
「──……すう」
数分前まで元気に会話を交わしていたほのかちゃんが、いつの間にか寝息を立ててている。
「しー……」
さえちゃんが口の前で指を立ててみせた。
こくりと頷き、リモコンで部屋の明かりを消す。
「……うち、ね」
「?」
「今日、すごく楽しかった。人生で何番目とか、そのくらい……」
「──…………」
「また、やろうね」
すこしだけ逡巡し、頷く。
「……うん。また、やろう」
これは嘘になるだろうか。
それとも、本当になるだろうか。
僕はまだ決めかねている。
「おやすみ、さえちゃん」
「……おやすみ、みさお……」
さえちゃんが口を閉ざす。
僕たちの呼吸の音だけが部屋に響いていた。
毎日、"楽しい"の記録が更新されていく。
毎日、二人のことがどんどん好きになっていく。
僕はどうしたいのだろう。
これまでの人生を否定したくはない。
だって、頑張ってきたから。
才能の乏しい僕が必死に食らいついて、クライアントとの信頼関係を築いてきたのだから。
「──…………」
寝よう。
まだ時間はあるさ。
そんな楽観的なことを考えながら、僕はそっと目蓋を閉じた。




