3/第二の試練 -2 信じてる
言葉を探す。
このもやもやとした気持ちを、正しく歌音に伝えたくて。
「……僕は、ね。今までの人生で、誰一人として友達がいなかったんだ。知ってるだろ」
「うん、知ってる。さえちゃんと栗生さんが初めての友達なんだよね」
「──…………」
朱色に染まった空を見上げる。遠くにカラスの影が見えた。
「二人は、僕を、大親友にしてくれるとまで言った。こんな僕と仲良くなりたいって、言ってくれた。でも、それは、中学一年生の"田町みさお"に対してだ。三十二歳の"田町美佐夫"じゃない」
「──…………」
「上手く行ってしまえば、八日後、僕たちの友情は終わる」
涙が込み上げる。
ああ、僕は、ほんとに泣き虫だな。これまで、ちっとも知らなかった。
「……僕が元の"田町美佐夫"に戻るためには、二人と仲良くならないといけない。でも、仲良くなればなるほど、別れが惜しくなるんだ。キツネコさまは、きっと、僕のことを本気で怒ってるんだな」
両手で握り締めた未開封のコーヒー缶に、ぽたぽたと涙が降り注ぐ。
「こんなつらいことって、ないよ……」
「──…………」
ブランコを軋ませて、歌音が立ち上がる。
そして、僕を背中から抱き締めるように、ブランコの鎖を握った。
「そっか。おじさんは、あの二人を、子供だからって侮ったりしないんだね。一人の人間として、尊重してる……」
「……当たり前、だろ。僕なんかを……、それが中学生の"田町みさお"であっても、僕自身を見てくれた人たち、だもの……」
缶を握る手に力が篭もる。
「悲しませたくない。悲しませたくないんだ。でも、元の姿に戻るためには、絶対に悲しませなくちゃいけなくて……」
振り返り、窺うように歌音の顔を見る。
「……僕、さ。真剣に、考えてることがあるんだ」
「なあに?」
「も、もう──」
言うべきじゃない。
口に出せば、この想いを認めてしまうことになるから。
でも、口が勝手に動いた。動いてしまった。
「……もう、戻らなくても、いいんじゃないかって……」
「──…………」
歌音の表情がこわばる。
「……二人と友達になって、たったの二日。それを、三十二年の人生と天秤にかけてる。どれだけ馬鹿なことを言ってるのか、わかるよね」
「ぐ」
わかってる。わかってるさ。
こんなの、気の迷いかもしれない。
いざ本当に戻れなくなれば、絶望するに決まってるんだ。
でも。
「でも……」
涙が溢れて止まらなくなる。嗚咽を抑えることができない。
「そ、……そッ、れ、くらい……、楽しかった、んだ。……嬉し、かったんだ……」
「……そっか」
歌音が、今度こそ僕を抱き締める。
「あたしは、おじさんの味方だよ。どんな選択をしても、絶対に、おじさんの味方だから。それだけは覚えておいてね」
「……、うん……。ありがとう……」
僕は、歌音に救われてる。
僕一人だけなら、きっと、何もできやしなかった。
わけもわからず女の子になって、ずっと、ずっと、一人で困り続けるだけ。
情けないなあ。
ほんと、情けないおじさんだ。
「でも、そうだな。最終的にどちらを選ぶにしても、選択肢は残す必要があるよね」
「……う、ん」
「最後の最後まで悩めるように、第二の試練は乗り越えておこう? きっと、そのほうが後悔しないよ」
「うん……」
「……明日、頑張れる?」
ぐしぐしと手の甲で涙を拭い、答える。
「──頑張る!」
「えらい!」
ぎゅ。
抱き締める腕の力が強くなった。
「うぶ。あ、あの、僕、歌音のおじさんだからね……?」
「ふふ。あたしの後輩の、みさおちゃんでしょ?」
「うぐぐ」
そ、そうだけどさ。
「おじさんがこんなにかわいいって、知らなかったな」
「……見ればわかるだろ、もう」
今の僕は、絶世の美少女なんだから。
「違うよ」
歌音の声が、優しくなる。
「中身がかわいいんだよ」
「へ?」
「おじさんのかわいいところ知っちゃったから、きっと、元に戻っても抱き締めちゃうな。困った困った」
「え、あ、その。……えっ?」
首まで真っ赤に紅潮しているのがわかる。
「くそう、かわいいなあ!」
「かんべんして……」
もう完全に歌音のおもちゃなのだった。
「迷いが晴れたわけじゃない。おじさんは、これから、いっぱいいっぱい悩むと思う。でも、おじさんなら──」
歌音が、僕から体を離す。
「おじさんなら、きっと、いちばん納得できる道を選べるよ。あたしは、そう信じてる」
夕日に照らし出された歌音の姿は、とても綺麗で。
それが、いつまでも、目蓋の裏に焼き付いていた。




