2/第一の試練 -13 間接キス
注文を終えると、あとはすぐだった。
薄く伸ばしたクレープ生地をさっと焼き、慣れた手つきで丸めていく。
その様子を、二人が目を輝かせながら見つめていた。
これだけ期待されたら、おじさんも嬉しいだろうな。プレッシャーもありそうだけど。
やがて僕たちに手渡されたものは、パタパタと畳んだ薄く平たいものではない、真上から見ると円形の中身たっぷりなクレープだった。
思わず、その威容に目をまるくする。
「わ、すごい……!」
「へへ、夕ごはん食べられないかも!」
「クレープって、その。もっと平たくなかったかな。こんなの初めて……」
「うん。このあいだデパートで食べたの、もっと薄かったよ。すごい」
百円引きだから、これで五百円だ。
ワンコインで食べられるおやつとしては破格、量的には大満足である。
あとは、質的にどうなのかを確かめなくては。
僕たちは、半分近く埋まっている座席の中から人の少ない場所を選び、腰を下ろした。
「いっただっきまーす!」
口火を切ったのは、やはりさえちゃんだ。
大口でかぶりつき、口をもぐもぐ動かしたあと、ビッと親指を立てる。
「うまい!」
「どれどれ」
「いただきます」
「あ、いただきます……」
はむ。
ぜんぜん開かない小さな口で、クレープを端から食べていく。
バナナにはまだ届かないけれど、香りが存在を主張している。定番ゆえに間違いのない生クリームとチョコソースの調和。そしてアーモンドスライスのアクセント。無難に美味しい。
予想以上ではないけれど、思っていた中では最高の味だった。
「うん、美味しい。久し振りに食べたけど、来てよかった」
「ほあー……」
隣では、ほのかちゃんが幸せそうにシナモンアップルクリームを頬張っている。
甘いの好きなんだな。
「みさお、みさお。はい!」
チキンカレーチーズが口元に差し出される。
「あ、うん。ありが──」
気付く。
当然、クレープは食べかけだ。
間接キスだ。
「……う」
「う?」
だめだ!
恥ずかしいからって遠慮なんてしたら、さえちゃんを傷つける!
がんばれ田町美佐夫三十二歳!
中学一年生の女の子との間接キスなんて、大したことじゃないだろ!
「ええい、ままよ!」
はむむ。
「──…………」
もぐもぐ。
「あ、美味しい……」
口の中に残っていたアーモンドバナナチョコクリームの甘みが、スパイシーなカレーの風味を引き立てる。
「でっしょー。そっちもひとくち!」
「うん、たくさん食べていいよ。たぶん僕、ぜんぶは入らない……」
歌音が持ってきたくれたカレー、元の僕なら二食でたいらげられる量なのに、まだ半分以上残ってるんだよな。
冷蔵庫に入れてあるから傷まないとは思うけど、早めに消費したいところだ。
「あー……、ん!」
僕の差し出したクレープに、さえちゃんがぱくりと食いつく。
餌付けしてるみたいで楽しい。
「あ、おいしい。甘いのも、ちょっとだけならおいしいね!」
なるほど。
さえちゃんは、甘いものが嫌いというより、甘みの余韻が口の中に残り続けるのが苦手なんだろう。ちょっとだけ気持ちはわかる。
「はい、みさおちゃん。私のもどうぞ」
ほのかちゃんが、こちらにクレープを差し出してくれる。
「あ、うん。ありがとう。代わりに僕のもどうぞ」
「同時に食べさせあいっこしようか」
「あ、それいい……」
仲良しっぽくて、とてもいい。
ほのかちゃんの口元にアーモンドバナナチョコクリームを差し出すと、ちょうど二人の腕がクロスする形になった。
「いただくね」
「うん、僕も」
はむり。
最初に感じたのはシナモンの香り。そして、くたくたになるまで煮込まれたリンゴの強い甘み。生クリームも本来甘いはずなのに、リンゴの甘みを中和しているようにすら感じられる。
「これ、美味しい……!」
僕のクレープを想像通りの味とするなら、シナモンアップルクリームは想像以上の味だった。
「ね、美味しいよね。みさおちゃんのも美味しいよ」
ほのかちゃんが年相応の笑顔を浮かべる。
「どっちも食べられて、よかった!」
「うん!」
その笑顔を見ているだけで、心が温まる。
来てよかった……。
「穂乃香、穂乃香。こっちもひとくちちょーだいな」
「はい、どうぞ」
さえちゃんとほのかちゃんが、互いにクレープを食べさせ合う。
さえほのいいな、やっぱり推せる。
百合を愛でる気持ちは逃避からだと思っていたけど、これはこれで本当に悪くない。




