王覇の道
羋蒼旅らはともかく、不瑳という人物に会うことにした。
延融の案内で呉国を三日ほど進むことになったのである。
敖虎は道中、呉国の百姓や習俗などを観察していた。民は粗衣で、髪はざんばらの者が多い。延融は長髪を結っていたが、延融が例外のようである。
建物と呼べるものも少なく、わかりやすく村と呼べるところもほとんどなかった。
そして何より、三日の旅の中で、一度も城を見なかったのである。
「呉では戦になったらどうするのですか?」
敖虎が聞くと延融は、
「我らは山を城とし、林を城壁として戦います」
と教えてくれた。
素朴で、しかも廉価な防衛線である。しかしそれ故に、慣れぬ地で山攻めをするとなると厄介だろうとも感じた。
他には蔿峨が、
「呉には田畑というものがないのですね」
と気付いた。
延融によると、呉は不毛の地が多く、民は狩猟と採集で生計を立てているのだという。また、他国との交流もほとんどなく、物々交換が主流で貨幣というものもあるにはあるが、国都の付近でしか使われていないらしい。
「それよりも、師匠や延融どのは時おり、呉の国主のことを王、と呼んでおられたが――王とは、虞と茨にしかおらぬものではないのですか?」
闘炎淑は直截に訊いた。
そもそも、茨国の王号も大陸の北側――虞の礼制から見れば自称でしかなく、茨の君主が王と名乗って通じるのは、茨国とその附庸国のみである。北地に赴けば、茨国の君主は虞の爵位たる子爵と合わせて茨子と呼ばれるのだ。
これは、延融が言いにくそうにしていたので、代わりに莫耶が、
「呉は王号を用いているんだよ。まあ自称でしかないがな」
と説明してくれた。
延融としては、南方の盟主たる茨国の王たる羋蒼旅の前で堂々とそれを口にするのは憚られるものがあるのだろう。
そんな葛藤を見た莫耶は鼻哂した。
「ふん、称号なんてのは言ったもの勝ちだろう。名乗るだけなら誰でも出来るさ。問題はそこに内実が伴っているかどうかだ」
「はは、莫耶どのは、変わらず手厳しいですな」
「君位も王位も、帝位さえも――所詮は人が作ったものだ。その名に従い、奉戴する者がいることで、はじめてその地位は確立する」
そう言った莫耶は、羋蒼旅のほうを見て冷笑した。
「そのことを、よく憶えておくんだな。少なくともお前は一人、そういう人物を知っているだろう?」
敖虎ら、茨の臣たちの顔が強張る。場は卒爾として剣呑な雰囲気に包まれた。
莫耶は直言こそしなかったが、何を指しての言葉であるかは明白である。そして、それは羋蒼旅にとっては未だ癒えていない疵であった。
「ふん、そんな湿気た顔をするなよ。これじゃまるで、私が悪いみたいじゃないか」
「いや、莫耶さま……。此度のことは、その、莫耶さまに非があるかと…………」
蔿峨に歯切れ悪く責められて、莫耶は不貞腐れたように黙り込んでしまった。
敖虎と闘炎淑は、塞ぎ込んでしまった主君を前に、当惑しながら顔を見合わせている。その沈黙を破るように養叔由が、
「つまり王覇の道とは名によってでなく、武威によって拓かれるということでしょう」
と、莫耶の言葉を箴言と捉えて言った。
それでもまだ羋蒼旅の顔色は冴えない。
「王よ。我らはこれより、石兵なる試練に挑むのです。いつまでもそのような顔をしておられますと、今に炎淑どのに逃げられてしまいますよ?」
急に名を呼ばれて、闘炎淑を目を見開いた。その決した双眸で、養叔由を睨みつける。
かつて闘炎淑は羋蒼旅に、仕えるならば快闊で覇気のある人に仕えたいと宣言した。養叔由の言葉はそれを踏まえてのものであるが、卒爾として主君の消沈の矛先を逸らされた闘炎淑は静かに肩を震わせていた。
「――そういえば、そのようなこともあったな」
羋蒼旅は口だけで笑った。まだ覇気には欠けるが、それでも、少しは明るさが戻ったようである。
「では炎淑よ。おぬし好みの主君らしく、一つ命じてやろう」
「……なんなりと」
「叔由の奴を殴れ。三発までなら許してやるぞ」
その君命を聞いて、闘炎淑は口元を吊り上げ、
「御意に。我が君――」
と頷き、拳を固めた。
養叔由はわざとらしく、憐憫を誘うような困り顔を見せたが、
「おぬしは少し痛い目を見ておくがよい」
と言われたので、何も言葉を返せなかった。
やがて、乾いた音が立て続けに響く。養叔由は頬に手を当てながら、目を細めて闘炎淑を睨んだ。しかし、睥睨を向けられた闘氏の豪傑は、
「これでもかなり加減してやったのだぞ。有難く思え」
と、鼻を鳴らしている。
その様を延融は、地平の果ての旭日を見るように眺めていた。
「莫耶どの」
「……なんだよ?」
「彼らは、良き君臣ですな――」
未だ怏々としている莫耶に、延融はしみじみと言った。
「そんなものは今だけさ。世に主従ほど酷薄な関係はないということくらい、知らぬお前ではないだろう?」
「ええ、存じておりますとも。諸国を巡る旅の中で、何度もそういうものを見てきましたので。それでも――この美しさが今ここにあるということは、それだけで素晴らしいことだと思うのです」




