天与を取らざる者
呉国には延融の上に三人の兄がいたとのことであった。そのうち、今の呉を治めているのは三兄夷発の子、嬰陵という人であるという。
この継承は、誰の目にも歪つであった。これからは夷発の血筋が呉の正嫡となっていくとなれば、呉の他の公族たちは面白くないだろう。特に、長兄の子らは不満に思うに違いない。
そして延融が話していた厄介ごとというのは、まさにその長兄、戍樊の孫、不瑳のことなのだという。不瑳は、延融が君位を辞したのであればあるべき形に戻すべきであると考えているらしい。つまり――己こそが呉の正統を継ぐべきであるということである。
「延融どのは何故、君位を継がれなかったのです? 座したままに一国が目の前に置かれていたのですし、即位しなければこうなることが分からぬお人とは思えませんが」
養叔由は穏やかな顔をして聞いた。浮かぶ笑貌は諧謔ではなく、ただ好奇心からくるものである。それを聞いた莫耶も、大きく頷いていた。
「まったくだ。“天の与うるを取らざれば反ってその咎を受く”とは、お前のためにあるようなものだよ」
「いやまったく、その通りでございますな。その節は、手数をおかけいたしました」
延融は静かに頭を下げた。
この二人の縁というのは、かつて延融が君位を辞して国を出ようとした際、国人たちに阻まれたところ、その幇助を莫耶にしてもらったということらしい。
「私は後悔しているよ。よくよく思えば、お前のような孺子ごときが王座という足枷に一生囚われたところで、私には何の関わり合いもないことだ」
「ならば、その時は何を思って延融どのを助けたのだ?」
「気まぐれだろうさ。もう憶えていない。人はいつでも衝動で動く。それ故に、悔悟という語がいつまでも世から消えないんだよ」
羋蒼旅の問いかけに莫耶は、手をひらひらと振りながら返した。
少なくとも羋蒼旅たちの目には、それが本心を隠しているようには見えなかった。どうやら莫耶は延融を国君の地位から遠ざけたことを心底から悔いているらしい。しかもその後悔というのが、取るに足りない失敗を思い出したというような、稚気を伴うものなのだ。
そして、そのようなものに国一つの命運が左右されているのだから、これほど滑稽とも恐ろしいとも思えることはない。
現に今、かつての莫耶の気まぐれによって内訌の危機に瀕している。
しかし延融という人が救われたことに違いはない。そして羋蒼旅らは今まさに、莫耶の案内を頼みとして南溟の地へ赴かんとしているのだ。
――この人は、慈雨ともなり、氾濫の呼び水ともなる雨のようなものだ。
雨は天意である。そして、過ぎても足らずとも人に災難をもたらす。そのようなものだ、と思えば、敖虎としても諦めはつく。
ただし眼前の天意は、そうと呼ぶにはあまりに俗情に満ちていて邪気が多い。胡座し、頬杖をついて憮然としている莫耶を見たあらためて見た時、敖虎としてはやはり、そう思わざるを得なかった。
「それで、その不瑳とやらに不満があるのは分かったが、何をしようとしている? 兵を集めて乱でも起こそうとしているか? 刺客を養って王を殺そうとしているのか?」
「会稽の陵墓へ挑もうとしております」
「……ふん、それはまたなんとも勇猛で、そして、そやつにとっては時宜のよいことだな。これではまるで、私たちは、その不瑳とかいう奴の即位に手を貸すために来たようなものじゃないか」
「あの、莫耶どの。それはどのような意味でございましょうか?」
蔿峨が二人の会話の間に入って訊いた。莫耶は一人で何やら納得し、鬱屈としているが、羋蒼旅たちには何一つとして事情が分かっていない。
莫耶は口を堅く閉ざし、延融を睨んだ。
延融の話によると、呉の南東の地に会稽という霊峰があり、そこには呉国の祖、姫泰白と姫沖呉の陵墓があるのだという。ただし会稽山は、立ち入って生きて帰った者はいないとのことであった。
「“十六の石兵を越え我らに見えること能わば、その者、呉を栄えさせる者なり”という伝承がございます」
「石兵というと、確か『南溟伝』の冒頭にそのような記述がありましたね」
莫耶は腕組みして頷いた。
「“遥か南、九万里の果てに南溟あり。
寂莫せきばくとして、しかし騒然たる天地開闢かいびゃくの溟なり
十六の石兵、九の鴉、千の兵戈を越えた後にある死者の国なり。
その魄朽ちるとも黄泉に赴けぬ魂の集う地である”――だ。会稽山は、その最初の試練だよ」
未だ要領を得ない様子の羋蒼旅たちを見た莫耶は、嘆息した。
「話していなかったか? この三つの試練を越えなければ南溟に入ることは出来ないんだよ」
「……初耳だの」
羋蒼旅が言うと、一同は首を揃えて縦に振った。
莫耶は後ろめたさを誤魔化すように、
「決められた行路をまっすぐ進むだけなら駄馬でも出来る。死の国というものが、そのような地続きのところにあるはずがないだろう」
と、大仰にあごを上げて言った。
「そして、そのような孺子の小間使いのごとき旅に同行してやるほど、私は暇でもお人よしでもないさ」
莫耶の言には一抹の道理がある。しかしそれに素直に頷いたのは、養叔由だけであり、残る者は皆、釈然としないものを感じざるを得なかった。




