荒野の星屑
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荒野に涼風が息吹き、砂塵が舞った。その粒が暖かな陽光を受けて黄金に輝いている。
真昼に浮かぶ地上の星屑を眺めながら、茨国の王、羋蒼旅とその臣下たちは南への旅を進めていた。
常であれば、貴人の旅は車で行う。しかし今、彼らは裸馬の背に直に跨っていた。この旅の案内人でもあり、“錬華の賢者”の異名を持つ鍛冶師、莫耶の提言ゆえである。
「南溟への道程には車で進めぬところのほうが多い。今のうちに、騎乗に馴れておけ」
茨国の民には、騎乗への忌避はそれほどない。しかし、不慣れであるが故にその旅路はなかなか進まなかった。
王たる羋蒼旅とその股肱の臣、敖虎と闘炎淑は馬上で右往左往していた。
言い出した莫耶の他に、養叔由と蔿峨は、騎馬の民であるかのように馬と呼吸を通わせている。はじめの数日はそれぞれ、養叔由が羋蒼旅の、蔿峨が敖虎の、莫耶が闘炎淑の師となって馬術を教えながらの道行きとなっていた。
呑み込みが早かったのは羋蒼旅である。しかし闘炎淑も、次第に慣れてきた。
だが敖虎だけはいつまでも馬に振り回されてばかりであり、仕方なく、日の半分は蔿峨の馬に同乗しながら進むことになったのである。
「ふむ、虎は存外に不器用だな」
羋蒼旅はそう言って敖虎をからかった。敖虎は愠然として目を細めたが、事実であるのでそう強く言い返すことも出来ない。それでも蔿峨に励まされ、教えを受けるうちに、少しずつであるが上達の兆しは見え始めた。
そのような旅路をひと月ほど進んだころである。
そろそろ茨国の領を越えようというところになって、一同の空気が引き締まった。
「このあたりから越という国になるのか?」
「いいや、越はまだ先だ。それより先に呉という国があり、そこを通らなければ越には届かない」
羋蒼旅の問いに莫耶はそう教えた。このあたりはもう、呉の領らしい。
といっても、国境というものはとても曖昧であり、実のところは莫耶としても肌感覚で語っているに過ぎないのだ。北の王朝、虞の政治体制に倣った茨国では国内の統治がそれなりに行き届いているが、その精度は南に進むにつれて漠然としたものとなっていく。
「国と言いますが、呉や越とは族の名と見たほうがよいのでしょうか?」
「いいや、国だよ。ただし、お前たちが思うような王朝や諸侯の在り方ではない。より古く、簡素なものだ。それでも君主はいるし、兵もいる」
そう教えられても、敖虎にはまだ想像が湧いてこなかった。呉や越がどのような地で、人々がどう生活しているのか見当がつかなかったのである。
「ともかくこのあたりに私の知己の邑がある。今夜はそこに泊まらせてもらおう」
「お、久方ぶりに屋根のあるところで寝れるというわけか」
羋蒼旅の声がはずんだ。これまで、旅の大半は野宿だったからである。
ただし莫耶は、のぞかせた期待を曇らせるように、
「そいつがまだ生きていれば、家屋の一つくらいは貸してくれるだろうさ」
と言った。老宰相、敖賈を若い頃から知っているという年齢不詳の女鍛冶が言うと笑えない。笑っているのは莫耶だけである。
一行は不安を抱きながら道を進んだ。森の中を進みながら、段々と草の生い茂った、踏み慣らされてさえいない隘路を進んでいる。周囲には木々が乱立していて、縦列で進むことしか出来なかった。
その先頭を進む莫耶は堂々としているが、羋蒼旅らは、迷ってはいないかと疑念を抱いていた。
やがて空が茜色に染まり始め、夕刻の冷ややかな風が髪を揺らしはじめても、莫耶が語る邑とやらにはまだつかない。このままでは、ここで野宿をすることになりそうである。
さすがに、羋蒼旅が、
「まだつかぬのか?」
と訊いた。
「そろそろだ。もう暫らく待て」
というと、やがて道幅が段々と広くなっていき、開けた視界の先に茅葺と石造りの建物が並ぶ集落が見えてきた。
「玄月山の莫耶が来たぞ。延融、いるか!!」
莫耶は声を張り上げて叫んだ。




