先例なき任官
鵬が見つけた詩は、誰も知らぬものであった。
分かることといえば、かつて熊墟が落城の危機を迎え、先祖の遺徳によってその難をまぬがれたこと。そして、その一事がために龍冠は南溟に移ったということだけである。
「ふむ。つまり龍冠は、今は南溟にあるということか」
「この詩を信じるのであれば、そうなりますね」
敖虎は不審の目で、壁に並べられた二十字を睨みつけた。端的なことしか書かれておらず、詠み人さえ分からない。詐りを記したものと一蹴することも出来るが、そう断じるにはあまりにも、これまでの話と繋がりすぎている。
「この遺徳とは何を指しているのでしょうか?」
蔿峨も詩を凝視しながら思案していた。しかし、この場で答えを得られることはないのである。
羋蒼旅は他にも何かないかと、鵬に訊いた。しかし鵬は応じることなく、羋蒼旅の肩を止まり木の代わりとして翼を休めてしまったのである。
「ふむ、私の小祝どのは、今日はもう働くつもりはないらしい」
「その話は無しですよ。鵬は龍冠を見つけることは出来なかったではありませんか」
「しかし、その手がかりとなる詩を見つけ、所在を示したではないか。ならば褒美に官位を与えてもよかろう」
羋蒼旅は拗ねたように稚気を表に出した。鷹に官位を与えることに、何をそこまで執心しているのかが敖虎には分からないでいる。
――鵬を愛でたければ、良質の肉でも与えればよい話ではないか。
官位の有難みなど鳥には分からないのだ。それよりも美味な餌のほうがよほど喜ぶだろう。それなのに羋蒼旅がこうまで固執するのが敖虎には不思議でならないのだ。
「それに、蔿峨どのは未だ無官の身なのですぞ。このままでは鵬のほうが蔿峨どのより偉くなってしまうではありませんか」
「む、なんだ。蔿峨はまだ官位に就いていなかったのか」
此度の論功で蔿峨も何かしらの地位なり褒賞を与えられたものと羋蒼旅は思っていた。それが行われていなかったことのほうが慮外だったのである。
ちなみに敖虎は司工補、闘炎淑は僕射という官に任じられている。養叔由は地位を与えられていないが、いずれ羋蒼旅の即位に際して弦の地の邑主となることが決まっているので、無官というわけではない。
「敖令尹は父を通じて、私にも官を与えんとしてくださいました。しかし父が辞したのです」
「ほう、それは何故だ?」
「女の廷臣など見たことがなく、そのような擢登は王の恥となる、と申しておりました。私も同じ考えです」
これについては蔿峨の父、蔿鈎の言う通りである。女の廷臣や武官など、どれだけ席次を降ってもまずいない。
「そのようなこと、別に気にせずともよかろう。よし、決めた。武郢に戻ったら敖賈に諮っておぬしにも官位を与え、私の近侍としよう」
「そのようなことは、畏れ多くございます」
「気にするでない。それに、おぬしにも私と共に南溟への旅に同行してもらうことに決めた。ならば無官というわけにはいくまい」
羋蒼旅の言葉に驚き、目を見開いたのは蔿峨だけではなかった。しかし敖虎としても、そのほうがよいと感じていたのである。
蔿峨は南方の事情に明るく、多くのことを知っているらしい。既に莫耶という案内人はいるが、知見があり腕の立つ近臣が多くいて困ることはないだろう。
「そうと決まれば、疾く武郢に帰ろうか。ここにいてもこれ以上、得られるものはなさそうだからの」
「王、しかし――」
「これは王命だ。それに、おぬしと共に鵬の叙任も行うとしよう。女の廷臣も鷹の廷臣も先例のないことだ。それならばおぬしが負い目を感じることもあるまい」
蔿峨はそれでも遠慮しようとしたが、羋蒼旅は聞く耳を持たなかった。敖虎としても、
――もう、何を言っても無駄だな。
と諦観を抱くしかなかった。
「何をしておる、虎よ。早く武郢に戻るのだ。おぬしがおらねば車は動かせぬぞ」
「はいはい、ただいま参りますよ、我が君」
敖虎は呆れたように、羋蒼旅の元へ歩いていった。




