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春秋異聞南溟伝 -兄の真意を求め、若き王は死の国へ向かう-  作者: ペンギンの下僕
旅立ちの章

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失龍冠賦

 龍冠《りゅうかん》について、敖虎《ごうこ》と蔿峨《いが》の中に新たに疑問が湧いた。しかしこれは、この場でどれだけ頭を悩まそうとも、おそらく明らかにならぬ謎である。

 そもそもが敖虎の断片的な知識と、蔿峨の持つ黎媧《れいか》族の伝承の他に考察の余地のない話なのだ。


「のう、虎《こ》よ。おぬしが私を此処へ連れてきたのは、その龍冠について探るためなのであろう? ならばそろそろ、思考より体を働かせてみてもよいのではないか?」


 羋蒼旅《びそうりょ》が眠たそうな声を出した。難解で迂遠な議論に飽きたのである。

 そして、言うやいなや、かつての茨《し》国の廟の中に踏み込んでいった。こういう奔放さは、思考に凝り固まる敖虎にはない行動力である。二人も、君主の後を追って廟へと入った。

 茨の旧廟は埃が被っていて、今や蜘蛛の巣の張った荒れ果てたものであった。足に伝わるのは床の硬さよりも埃の柔らかさであり、進むごとに粉塵が舞って鼻と目とを襲ってくる。

 その中を三人は、何か残されていないかと探索した。敖虎と蔿峨は真面目に行っているが、羋蒼旅は四半刻(三十分)ほどで嫌気が差して座り込み、鵬《ほう》を肩に乗せて話しかけていた。


「のう、鵬よ。そういえば此度の騒動ではおぬしは何度も私を助けてくれたな。その褒美をまだやっておらぬが、何がよい? 何でも望むままの官職を与えてやるぞ」


 そのようなことを言っても、鵬は鳴き声を上げるだけである。

 敖虎はその会話を呆れながら聞いていた。


「鳥に官職を与えるなどお止めください。かつてどこぞの国では、鶴を愛でるあまり貴位を与えて身を滅ぼした国君もいるのですよ」

「それはその鶴に功がなかったからであろう。鵬は拐《かどわ》かされた私を敖賈《ごうか》のところへ導き、燃える王城の中でおぬしを泰阿剣《たいあけん》の元へ連れて行ったではないか。何でもというと度が過ぎるやもしれんが、箴尹《しんいん》くらいであれば与えてもよかろう」


 羋蒼旅がそう言うと、蔿峨は神妙な顔をして頷いた。変なところで真面目なこの女性は、羋蒼旅の言葉にも理があると感じたらしい。


「蔿峨どの、あまり我が君の戯言を真面目に受け取らないでください」

「む、戯言ではないぞ」

「箴尹は君主の過ちを諌めるのが職分です。物言えぬ禽獣がどうやって諫言をするのですか?」

「それもそうか。では、箴尹が駄目ならば小祝《しょうしゅく》ならばどうだ?」


 小祝とは巫覡《ふげき》を司る官である。敖虎が再び怪訝の目を向けた。しかし今回は羋蒼旅も言い返す。


「鵬には独特の感性があるように思うぞ」

「それは、まあわかりはしますが」


 敖虎が言い淀んでいると、蔿峨が口を挟んできた。


「ならば、鵬どのに龍冠を探していただくというのはいかがでしょうか?」

「それは妙案だ。成果があれば、その時は小祝の官を与えるということにしよう。それならばよかろう?」


 そうと決めると羋蒼旅は早速、肩に乗せた鵬に下知した。その様を見た敖虎は、


 ――おかしなことになってしまった。


 と、内心、呆れていた。しかもその提言をした蔿峨には悪意も媚態もないであろう。そうと分かるだけに、どんな顔をしてよいか分からないのである。

 鵬は羋蒼旅に何かを言われるとすぐさま、荒れ果てた王城の中に飛び立っていった。

 羋蒼旅と蔿峨もその後を追って走る。

 敖虎も渋々と従ったが、足取りは二人よりも遅いものであった。

 やがて鵬は、王城の外郭の前で翼を止め、壁をつつく。煤けた壁を蔿峨が裾で拭うと、そこには詩が書かれていた。


 北威侵三関 北威三関(さんかん)を侵し

 落日愈近兮 落日いよいよ近し

 遺徳長命数 遺徳にて命数は長らえど

 龍冠沈南溟 龍冠は南溟に沈む

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