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春秋異聞南溟伝 -兄の真意を求め、若き王は死の国へ向かう-  作者: ペンギンの下僕
旅立ちの章

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黎媧族

「そもそも、蔿峨《いが》どののご尊母は如何なる出自の人なのですか?」


 敖虎《ごうこ》が訊いた。蔿峨の知識は母から聞かされたものだというが、その内容の多くは敖虎の知らないものばかりである。


「私の母は黎媧《れいか》族の人です」


 蔿峨が告げた族は、二人とも知らぬものであった。しかしどこかで聞き覚えがある、とも感じたのである。やがて敖虎が手を叩いた。


「もしや、茨《いばら》国よりも南、南林《なんりん》という地に棲み、男女ともが武芸に長けて騎馬、騎虎《きこ》に通じるという族ではございませんか」

「その通りでございます」


 かつて騎馬の術の話をしていた時に、闘炎淑《とうえんしゅく》が名を出していたことを思い出したのである。闘炎淑は父、闘羽夸《とううこ》から聞いた話とのことであり、後々、尋ねてみようと考えていたのだが、乱後になってから今まで忘れていたのだ。


「南林の黎媧というと、闘氏の長であっても仄聞したことしかないらしいのですが、もしや、存外に武郢から近いのですか?」

「わかりませんが、近くはないと思います。少なくとも私は、生まれてから今日まで南林の地を踏んだことはございません」


 敖虎はいらぬことを聞いてしまったかと感じたが、蔿峨は特に気にかけている風ではない。


「しかし、そのような地の娘がどうして蔿氏に嫁いできたのだ?」


 そしてこの若き王は、そういった斟酌《しんしゃく》をせず、直截に聞いた。王と臣なので当然といえばそうなのだが、それにしても羋蒼旅の下問は、王命というには幼いものである。


「私の祖父が越《えつ》の人に招かれてその地に赴き、やがて母は長じると、武技を売り込まんとして茨国にやってきて父と会った、と聞いています」

「のう、敖虎よ。越とはどこだ?」

「確か、茨国より南のほうにそういう地があるらしいのですが、それより他は知りません」


 敖虎は今まで、己は他者と比して少しは博識だと思っていたが、その傲岸を改めた。武郢《ぶえい》から遠く南へ目を向ければ、知らぬことなど山のようにあるのだ。


「ちなみに蔿峨どのは、南溟《なんめい》については何か聞いたことはございますか?」

「一応はございますが、それこそ、王と敖氏が仰っていた、南の果てにあるという死者の国、ていどのことしか存じておりません。ですので黙っておりました」


 敖虎は、わずかに眩暈《めまい》を覚えた。茨国を南に進めば越という地があり、その地を越えたところに南林なる黎媧《れいか》族の住む地がある。その地においても伝承でしかないということは、南溟があるとして、それはさらに南へと進まなければならないということだ。


 ――南の果てとは、よく言ったものだ。

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