射手の好敵手
男は微動だにせず、ただ眼だけで標的を追っていた。
左手に持った弓は構えることもせず、右手は背負った箙に伸ばしたまま、もう一刻(二時間)が経過している。
この射手は養叔由といい、自らの弓技の冴えをして、大陸に無二であると豪語する男である。
しかし今、悠然と飛翔する宿敵を前にして、百万の兵を相手取るような緊張をその貌に浮かべていた。
――やはり、隙がない。
養叔由は好んでこの姿勢でいるのではない。
ただただ、標的に付け入る隙というものが無いのである。
標的は養叔由の射線などとうに気づいている。その上で、意に介さず自由闊達に空を泳いでいるのだ。
これは射術の技倆よりも、忍耐の対決である。
養叔由は微動だにせず、ただ敵が弛緩するのを待った。必中の好機が訪れるその時まで、全霊を研ぎ澄ましながら耐えることが出来るかが、勝敗の分かれ目であった。
焦心は敗北への一歩である。養叔由はかつて、その未熟さ故に何度も敗れたのだ。それ故に、気を抜くことなく挑んでいる。
そして、不意に好機が訪れたと――少なくとも、養叔由の直感はそう悟った。
すぐさま箙から矢を抜き放つと弓に番え、一息の間に放った。しかし鏃が標的を射抜くことはなく、虚しく虚空を裂くばかりであった。
養叔由はすぐさま次の矢を放たんと箙に手を伸ばしたが、その時、右手に違和感を覚えた。
視線を向けると、そこには銀色の眼を持つ蜻蛉が止まっていた。
「また、私の敗けですか――」
養叔由は銀色の双眸を見つめながら、力なく嘆息した。銀目の蜻蛉はそんな養叔由を簸弄するように、また空へと飛び立っていった。




