錯綜の王門
羋蒼旅の乗る戦車は快足で王城の門へ近づいていった。するとやがて、そこでの喧噪について分かったのである。
王城の門外を敖氏の兵が護っていた。ところが、王城の内側にいる兵の一部が敖氏に背いたらしい。
この兵を率いているのは衛尉の蔿鈎という男であった。ちなみに衛尉とは王城の守備を行う官職である。
蔿鈎は王の死後、羋烙漣と敖宜伯に与した。しかしそれは偽りの服従であり、雌伏して弑逆者を討つ機を窺っていたのである。そして、羋蒼旅の挙兵に呼応して反旗を翻したのであった。
「王城を守る兵は我らの味方である、助勢せよ!!」
羋蒼旅が檄を飛ばす。従う兵たちは進み出て戈矛を振るった。
王宮の内側にも敖氏の兵はおり、つい先ほどまでは内外の敖氏の兵が蔿鈎の兵を挟撃していた。しかし羋蒼旅らが現れたことで戦況は一転し、今度は敖氏が挟撃されることとなったのである。
敖氏の兵を率いていたのは、敖宜伯の次子、敖克仲という人であった。武勇に優れ、咸伯明を師と仰いでその薫陶を受けた齢二十五の青年である。
敖克仲は剣を振るいながら督戦し、蔿鈎の兵をよく防いでいた。しかしまだ年若く将としての経験に乏しい彼は、前方から現れた羋蒼旅の兵までは防ぎきれなかった。数の利はあれど、敖氏の兵は次第に劣勢に回ったのである。
「叔由どの、敖氏の兵を指揮している男が見えますか?」
夜目の利かない敖虎は、養叔由に聞いた。
「日に焼けていて、顔のあちこちに刀創や痣がある長身の人ですね」
「ならば、克仲兄上が兵を?」
敖虎は養叔由の言葉に訝しんだ。決してその視力を疑っているのではなく、何故、敖克仲が兵を率いているのだろうかと疑問に感じたのだ。
敖氏の者が王城を守備しているのは分かる。羋烙漣と敖氏が主導して起こした此度の乱は、あまりに性急であった。しかも弑逆された羋蒼旅の父には、悪政を敷いたとか酒色に耽って国務を疎かにしたというような大きな不徳はないのである。
そのような状況で行われた乱の後、すぐに他者に兵を委ねるのは危険であると敖宜伯は考えたのだろう。そこで、羋烙漣の身辺と王城の護りを敖氏の兵を中心として固めたに違いない。実際、衛尉の蔿鈎は衛士を率いて背いている。
「どうした、何をそんな険しい顔をしている?」
闘炎淑は敖虎が何を怪しんでいるのかが分からないでいた。それは養叔由も同じだが、羋蒼旅は敖虎と同じ疑念を抱いていたのである。
「克仲どのが優秀なのは分かるが――何故、岱伯どのではないのだ?」
岱伯――敖岱伯は敖宜伯の長子であり、跡継ぎでもある。氏長たる敖宜伯がいない時、代わりに敖氏の指揮を執るのは敖岱伯の役目なのだ。まして王宮の門の守護となると、敖克仲に任せるのは不自然であった。
しかも、敖岱伯は如才ない人である。敖岱伯が兵を指揮し、敖克仲が将として羋蒼旅らを邀撃するという構えを取るのが順当であるが、実際はそうではない。
――岱伯兄上はどこにいるのだ?
しかし敖虎の疑問は融けることなく、やがて羋蒼旅の兵と敖氏の兵は激突した。
そこかしこで、戞撃が響き渡った。敖虎も思考を止め、兵の指揮と戦車の御に注力せざるを得なくなったのである。




