大路の攻防
即席の逆茂木を前にして、進むべきか、足を止めるべきか。
主君に問われた敖虎は、
「側方の家の中に押し入りましょう」
と言った。
大路に立ち並ぶ建物といえば、貴人や有力な賈人の家である。そこに無断で兵を入れると、まるで強盗のようなことを言ったのである。
しかし羋蒼旅は、
「うむ、分かった。その通りにせよ」
と、敖虎の策に乗ったのである。
直進していた大軍は、蛇のようにその頭を振った。さらに敖虎は、槌や棍棒を持つ兵らには前方に押し出させた。さらに、丸太を抱えていた一団をも押し出したのである。彼らはいずれも、王宮の門を力でもって破るための兵であった。
壮麗な門と漆塗りの華美な建物は、たちまちに羋蒼旅率いる兵によって打ち崩されることとなった。道なきところに出来た木片と石礫の散乱した道を兵が進んでいく。些か足場は悪いが、矢の斉射を防ぎながら押し車と木罌を越えることを思えば進みやすいと言える。
幸いにして押し入ったところに家人はいなかった。大路の騒動を見て逃げたらしい。それはよいが、後々、この惨状をどうするのか。そういう懸念をしているのは、この策を進言した敖虎だけであった。
羋蒼旅と養叔由は痛快と言わんばかりに笑い、闘炎淑は戦車から飛び降り、兵の一人から槌を借りて道を拓いている。
羋蒼旅らの慮外の選択に驚いたのは、逆茂木の奥で弓兵を率いている男であった。
伍成という、茨国の将の一人である。長きに渡って茨国に仕え、羋烙漣が弑逆を行うとこれに賛同し、帰順した男であった。
今年で四十である伍成には将としての歴戦の経験がある。しかし伍成にとって戦いと言えば野戦と攻囲戦であり、城市での攻防の経験はなかった。それでも、あるものを用いて逆茂木を模した防備を敷いたのは軍才の一端を示しているが、敖虎の行動は予測できなかった。
――敵は建物を壊しながら進んでいる。しかし、いつまでもそんなことは出来まい。いいや、厭うはずだ。
伍成の守りを抜くことは羋蒼旅ら反乱軍にとって、通過点に過ぎないのである。王宮を攻め落とし、羋烙漣を殺すこと。それこそが反乱軍の勝機であり、道半ばのここで過度に兵を摩耗させるはずがないと伍成は見た。
「伍氏よ。建物に火をかけるべきです」
一人の小童が進み出て、伍成にそう進言した。伍成にとっては知らぬ相手であり、そもそも何故、見たところ十歳ほどのような者が参陣しているのかさえ分からない。
しかし、その献策の是非については即座に理解した。反乱軍が建物を壊して進んでくるのであれば、その進路を見破ることは容易い。今、敵が出てくるであろうところに火をかければたちまちに先陣を駆ける者たちは焼け死に、煙に燻られた者たちは再び大路に出てこざるを得なくなる。
まさに回天の策であった。
しかし、伍成は即断できなかった。王都の城市に火をかけたとなれば、後々、羋烙漣から咎を受けるのではないかと懼れたのである。
「火は賊軍がつけたと言えばよいのです。穴倉に篭った熊を囲んで射ることは容易いですが、一たび外に出られてしまえばもう殺すことは叶いません」
小童は、伍成の逡巡を見抜いてそう勧めた。しかし伍成はなおも決断できずにいる。
その間に、正体の分からぬ謎の小童は、煙のように伍成の前から姿を消していた。追い詰められた伍成は、一度だけ頭を抱えつつ、
「松明を持つ者は前に出ろ。建物に火を掛けるのだ!!」
と叫んだ。だが、それは遅かった。伍成がそう叫んだのとほとんど同時、兵らの側面の壁と門とが内側から破られ、羋蒼旅の兵が殺到してきたのである。
王宮へ続く大路はたちまちに乱戦の場となった。
数だけで言えば、双方に大差はない。ただし、羋蒼旅に率いられた兵は士気が戦った。一つには王子自ら先陣を駆けているということもある。そしてもう一つは、闘炎淑の存在であった。
今や得物を槌から長斧に持ち替えた闘炎淑は、徒歩のままに敵中を縦横無尽に暴れまわった。叫び、長斧を一振りすれば、旋風が起き、夜の武郢に緋色の雨が降った。
それでも伍成とその兵は、よく戦った。伍成も陣頭に立ち、剣を奮って力戦しながら兵を指揮したのである。その中で伍成は、この場にそぐわぬ若者を見上げた。
――四頭立ての戦車に乗る少年。あれが、王子か。
そう見た伍成は、副官に兵の指揮を任せ、数名を引き連れて羋蒼旅の戦車へと走った。
羋蒼旅を討てば反乱軍は瓦解すると考えたのである。
しかし同時に、羋蒼旅の戦車の上にもまた、伍成の存在を敵の楔であると見抜く慧眼を持つ者がいた。養叔由である。
――あの将が斃れれば、この軍は逃散するに違いない。
そう考えて、養叔由は弓を構え矢を番えた。
伍成は、車上の射手から狙われていることを悟った。その上で、
――始めの一撃を躱せばよいだけのことだ。
と断じ、足を止めることなく、むしろ力を込めて羋蒼旅の戦車へと迫った。
養叔由が矢を手から離す。一陣の風が吹き抜けた。
伍成は剣を縦にして体の前に構えた。眉間を射抜かれさえしなければ、たとえ目を射抜かれようとも突き進み、車上に飛び乗って射手と羋蒼旅を倒す気概でいたのである。
しかし養叔由の矢は恐るべき精度で、構えられた剣の横を通り、伍成の喉元を貫いたのだ。
「敵将は、王子の車左たるこの養叔由が討ち取ったぞ!! この上まだ、僭王に與して不毛に命を捨てるか!!」
養叔由は高らかに叫んだ。さらに敖虎が追い打つように、
「今、戈矛を捨てる者は許される。そうでなくばその者は正統の王に刃を向けた者として三族に至るまで滅せられるであろう!!」
と喧伝したのである。
効果は絶大であった。
兵らの心の支柱であった伍成は死んだ。そして兵らには元より、父に背いて王位を手にした羋烙漣への不審があったのである。そこにきて、養叔由と敖虎の言葉は、揺籃を誘うには充分すぎるものであった。
「武器を捨てる者は斬ってはならぬ!! 尚も兄に忠を尽くし、向かってくる者だけが我が敵だ!!」
羋蒼旅も、ここぞとばかりに敖虎らの言葉に乗った。今はとにかく、なるべく戦いを避けて王宮に迫るべきだと肌で感じていたのである。
やがて伍成の兵らは、一人、また一人と、武器を手放し始めた。




