騎射の術
咸伯明の一団の甲鎧などを奪った闘氏の兵は、一路、武郢を目指していた。従来であれば五日かかる道のりであるが、闘氏の兵は昼夜を問わず三日で踏破したのである。この速さに羋蒼旅は驚いた。
しかも大半の者は、戦車を使わず徒歩である。それでいて進軍速度は常の兵よりも捷いというのは、奇術か仙術を使ったのではないかと思ったほどである。
「闘氏は皆、健脚だな」
「すべてがそうというわけではありませんが、この百人というのは弾圧と迫害を受けてなお闘氏であることを選んだ気骨の人々ですからね」
羋蒼旅の感嘆に、養叔由がそう言葉を添えた。
茨国の王室が闘氏を排斥したことは前に述べた通りである。生き残った者たちの中には、闘氏であることをやめ、氏を変えて国を棄てた者たちもいたのだ。しかしここにいる者たちは、いつかまた闘氏が脚光を浴びる日の到来を信じてきたのである。
その宿願が今、叶おうとしているのだ。それを思えば千里の道さえ厭わないだろう。まして、いつかの旅程を三日に縮めることなど苦とさえ思わぬのである。
ちなみに養叔由が即座にそう言えたのは、二人が同じ馬に乗っているからである。
先に養叔由と共に咸伯明から逃げた時に、羋蒼旅は馬上の楽しさを知ったのだ。
「私はそのうちに馬術を習うことにする。そうだ、いっそのこと、騎乗した者たちだけの軍を作るというのも面白そうではないか?」
羋蒼旅は道中、養叔由や敖虎に嬉々としてそう語った。養叔由はその是非について口にしなかったが、敖虎は意外にも興味を示したのである。
「戦車は維持に財が掛かりすぎますからね。兵一人に一頭で、機動力を得られるというのは有用かもしれません」
戦車とは貴族にとって財である。多くの戦車を持っているということは、それだけその家が栄えていることの証であった。しかし戦車による兵団は進める路が限られ、また、時にはその道を拓くための先遣の歩兵を多く必要とする。騎馬に長けた兵であれば、その工程をなくして進むことが出来るのだ。
「王子に教える程度のことであれば出来ますが、それで一軍を作るとなると荷が重いですね」
「養氏は独学とのことですが、馬術を多くの者に教え、軍としての統制を取らせるためにはどうすればよいと思いますか?」
「それはやはり、騎馬の民に助力を請うべきでしょう」
敖虎の問いに養叔由はそう答えた。
騎馬の民というと、北地の山間民族か西の顓族である。大陸を北に行けば駿馬を育む峻険な山々があり、さらに北には遊牧に適した草原が広がっている。また西に目を向ければ広漠とした荒野が広がっている。こういう地に居を置く民は騎乗を行うが、南方で騎馬の民というのは、少なくとも敖虎は聞いたことがなかった。
「南に遠く進み、南林の地に黎媧という族があると言う。その地では男も女も剣戟に長け、馬や虎に乗って山野を駆けまわると聞いたことがある」
と言ったのは闘炎淑である。
敖虎は初めて聞く話であった。闘炎淑にしても、そういう話を父から仄聞したという程度であるらしく、詳しいことまでは知らないようである。
――いずれ闘羽夸どのに聞いてみるか。
この時、敖虎の中で少なくとも一つ、羋蒼旅が即位した後の展望が出来た。
しかしそれは、無事に羋烙漣との戦いに勝ってからのことである。




