第二十話 対峙と交戦
「えーと――なんで?」
「私外に出てた時は動き回ってたの。だから、定期的にしっかりと身体を動かさないと落ち着かないのよね」
リアは屈伸したり、腕を伸ばしたりしながらそう答える。
「――後は、今後に備えた確認の意味もあるけど。……先に言わなかったのは悪かったわ。ごめんなさいね」
反省の色をうっすらと感じる陳謝を彼女は行った後、彼女は準備運動をやめて、地面に突き刺していたもう一本の木剣を右手で掴み、抜き出した。
「なんで俺なんだ?」
「ルイとユリアは体格的にって思ったり、ティシアはやばそうって思ったり……。てことで、対等に勝負できそうだなって思ったから、ハルキになったって感じ」
「あぁ……なるほど。分かるような気がするよ」
ルイの戦闘能力がどれほどのものなのか、俺は知らないが――ユリアに関しては、基本的な魔法(治癒や周囲を照らす等)しか使えないようだし、愛されて育っていたが故、誰かを傷つけるような事を教わった可能性は低いと考えられる。
――となると、二人と一戦交えるのは難しい。
逆に、ティシアは神である。
彼女が本気を出したら、めった刺しのぶった斬りは間違いない。彼女の本気を見たことないのに、阿鼻叫喚な結末が目に浮かぶ。
「まあ、遊びみたいなものよ。ただ、身体を動かしてすっきり! ってだけだから」
「そうなんだ。――俺もあまり、戦いに自信はないけれど、それでもいいなら相手になるよ」
「助かるわ。うーん――私も鈍っていないといいのだけれど」
「それで、勝敗の付け方は?」
「そうね……勝負時間は約五分。それまでに相手に今握っている木剣を三回当てるか、降参と言わせたら勝ち。五分経った時に完全に勝敗が決してなかったら、当てた回数が多い方が勝ち。――ああそれと、魔法の使用は禁止」
簡単に勝負の説明を行ったリアは、どこからともなく、ピンク色の砂が入った手の大きさ程の砂時計を取り出す。
そして、このエリアの端にある――偶然にも平面を作るように崩れ落ちていた瓦礫の上に置いた。
「これをここに置いておくわ。あまりサイズが大きくないし、終了時に何か起きるってわけでもないから、大体のタイミングで確認するわ。ハルキもある程度気にしてちょうだい。因みにどちらかが終わりっていうまでは終わらないからね」
「了解」
引き分けや優勢の時に五分経っているかもしれないため、ある程度気をつけて砂時計を確認しないといけないが、意識を傾けすぎると、攻撃を難なく当てられてしまう。
勝利のために時計を意識し――勝利のために時計を意識しすぎてはならない。
対等の戦いならそうなるだろう。
「あ、これをひっくり返すときだけ魔法を使わせてちょうだい――音が大事よ」
「うん、オッケー」
自然な流れでお互いの間に五メートル程の距離が開いていた。
俺とリアはその場で相手に対して、開始と同時に肉薄するために構える。
「それじゃあ行くわよ……!」
そういうと、リアは詠唱を口ずさみ、砂時計に向けて魔法を放つ。
その魔法で砂時計は浮遊し、ひっくり返る。
そして――この場に開始を知らせるために、一気に叩きつけられた。
カツンッという軽快な音を受けて、両者勢いよく肉薄。
魔法を使用したという状況を鑑みると、こちらの方が若干有利――そう思っていたのだが、相手の加速力の方が僅かに上手だった。
俺が攻撃を仕掛けるよりも前に、リアは速度を落とし、木剣を背中に持っていき、疾風迅雷の一閃を放つ。
既の所で俺は木剣を盾にし、鈍い音を響かせながら、その攻撃を防ぎきる。
受けて分かる――その一閃の重さと強さ。
彼女の攻撃はそこで終わらず、更なる追撃が俺の身体を狙う。
右横から水が流れるような振り払い、正面から隙を狙うような突き、上から雷を落とすかの如く斬り下げ――すべてが速く、すべてが洗礼された美しい剣捌き。
一振りすれば、風が吹き、二振りすれば嵐舞う。
リアが生み出す雷轟電撃の攻撃を、躱し、防ぎ、離れ――何とか攻撃を避け続けるが、最後の最後で地面に転がり落ちていた瓦礫に足を引っ掛け一瞬よろめく。
そして、リアはその一瞬を見逃す程弱くはない。完全なる好機となりた瞬間に――有無を言わさぬ、鋭き一閃。
「っ!!」
半袖の服であるために世界に剥き出しになっていた左腕に強烈な一撃がヒットする。
暫くしたら、青痣ができていそうだ。
しかし、そうなると――。
「何? 動きにキレがないわよ?」
「なんていうか、女性をこんな硬い剣で攻撃するのはって――」
「ハルキ、そんなこと考えるんだ? ……意外ね。――でも、強さに性別は関係ないわよ?」
そう言うなり、リアは更に速度を上げて剣を振るい始める。
穿って、穿って、躱して、穿つ。
流れは完全にリアの方にあった。
どれだけ攻撃を仕掛けようとも――迷いが身体の動きを遅くする。
そして、それと同時に――彼女の気迫に圧倒させられていた。
流れに変化を与えることができぬまま、リアの時計回りに回転様放たれる逆袈裟斬りを右腕に受ける。
危うく木剣を落としそうになるが、何とか持ち堪えた。
「さっきも言ったでしょ! 強さに性別は関係ない。そして、戦いの場に性別はもっとも不要な情報! ――ってどっかの人に教わったわ! それに――私は強くなるために、ニアとの時間を売ったの! 弱くなるはずがないわ!」
リアは本気であった。
遊びと書いてマジと読む――そんな、意味も通らないことを通したがるかのように、マジでガチな動きで剣を振るってくる。
その根底に存在するのは――ニアを守るという確固たる意志。
こんな場でも――いや、こんな場だからこそ、リアはぶつけてくる。
ニアへの想いを――守る、護る、守護る! そんな、単純なのに――強固で、重くて、強い意志を。
その想いを受け続けて漸く気がつく。この場をリアが設けた理由を。
言葉だけでは伝えられぬニアへの想いをぶつけるため――時間を賭してまで培った護る力をぶつけて、「ニアを絶対に護る」という想いを行動によって知らせようとしているのだ。
何故、その想いを伝えようとしているのか――その理由までは分からない。
しかし、その想いを軽くあしらうことなど一体どこの誰ができようか。
俺はその想いを受け止めるために、迷いを遠い彼方へと吹き飛ばし、気合を入れる。
その時――何かが俺の中に流れ込んできた。
それは己の基礎能力を支えるように――いや、底上げするかのように流れ込み続ける。
俺はそれに抗わずに受け止めて、リアの攻撃を予測し、躱し、一撃決める。
その速度は速く――遺跡で巨大な異形と対峙した時よりも速く、重く、鋭い払い。
リアは度肝を抜かれたのか――瞠目して、受け止めようと剣を前に持ってくるが、僅かに間に合わず。
彼女の左足に木剣が直撃した。
「ったい! 良いわね! これで漸く良い運動ができそう!」
「そっちが本気なら、こっちが本気にならないと!」
「その意気込みや良しね! 遊びだからと手を抜くのは、ご法度もいいところ!」
舞う。舞う。舞う。
砂塵が、木剣が、全身が――優雅に華麗に踊り、舞う。
両者が持つ木剣がぶつかりあい、カンッと重くて強い音が周囲に鳴り響く。
それはまさしく――攻防の調べ。
互いに譲らず、互いに怯まず――本気と本気をぶつけ合う。
しかし、俺に流れ込んできた何かは、少々悪さを働いているらしい――正確には、俺がその何かが付与する能力についていけていない。
俺と能力の間にあるズレから生じる一瞬の隙を見逃さず、リアはこれでもかと薙ぎ、払い、穿つ。
俺はすべての攻撃を木剣を盾にする形で防いでいく。
戦いの場でしか伝えられぬこともある――そんなことを言いたげな、少し稚拙な剣舞撃。
「こんなもの? さっさと決めて終わらせちゃおうかしら?」
「だったら、もっと本気になってやる!」
その本気って誰の本気なの?
また、声が聞こえる。
しかし――今の俺には意味はなかった。
向き合うわけでも目を逸らすわけでもない――ただ、互いに譲らぬ攻防による興奮のせいで、不可思議な声を無視しているだけ。
いつ振りか――これ程自分に素直になって、誰かと戦うなど。
地球にいたとき以来か――いや、地球にいたときは戦いという場に興奮を覚えたことなどない。
じゃあ、この感覚は――他の誰かのものなのだろうか。
――そんなこと、今は詮無きことか。
栓有りき事――それは俺が能力に追いついたことで、己に違和感なく、誰かの本気たる能力が融合し、適応し、そして――今も尚、自己に成長という名の融合を行っていることだろう。
誰かの本気は今の己の本気となっている。
別の人の本気ならば、自分の力とその者の力が殺しあう――それが当然で摂理だろう。
しかし、今回はそんなことが一切ない。
寧ろ――活かしあうように共存しようとしていた。
剣道が持つ道から外れまくっている能力なのに、父からの教えと培った能力に――綺麗に、美麗に、混ざり合い、弾ける。
視える!
リアの行動が――次にどんな動きで攻めてくるのか。そして、その攻撃をどのようにしたら、綺麗に流せるか。
俺は視えた感覚を素直に信じ、リアの左側を通り抜けるようにしながら、木剣で彼女の攻撃を受け流し、回転斬りで彼女の背中を強打する。――痛いだろうが骨が折れるほどではない。
「っ!! やるじゃない! これで互いに後一回ね!」
剣と体が接触し、痛みを与え、両者に二つの青い痣を生み出す。
それは、遊びという名の本気のぶつかり合いから生まれた――交戦の証。
痛みが大層心地いい――そして、痛みが更に速度と判断能力を加速させる。
――しかし、これで漸くリアと互角の戦いが行えているに過ぎない。
彼女の方が一枚も二枚も上手――うまく相手を騙し、最後の一撃を加えなければならない。
砂時計を見ると、残り時間は後一分程になっていた。
俺は一度落ち着いて、リアの今までの戦い方を考える。
彼女は一瞬の隙を絶対に見逃さない――しかし、言い換えるならば、隙を見つければ攻撃を仕掛けると言うことでもある。
強者で、戦いの学があるが故の最大の弱点。
それに賭けるしかない――と、俺はリアから二メートル程離れた後、すぐに肉薄――意図的につくった隙だと分からないような小さな隙を生じさせる。
リアはその隙を案の定見逃さない。
これで決めるという気迫を持って、自分に近いてくる俺に真っ向勝負で突っ込んできて、俺も腹部に穿つ構えを取った。
しかし、俺とリアの木剣の切先が咫尺の間の距離となった時――彼女の剣よりも低い位置にまで腰を落とし、右の脇腹に向かって剣を薙ぎ払う。
「これで決める!」
「甘いわよ、ハルキ!」
「なっ!」
しかし、リアにとって俺の行動は――予測済みにして、掌の上で踊らされていたに過ぎないらしい。
彼女は目のもとまらぬ速さで、俺の背後に周り、穿ち穿ち穿ち――荒れ狂う暴風雨よりもさらに暴れる横殴り雨を降らせる。
俺は間一髪で背後に振り返り、剣を盾にして防ぐことができたが――バランスも悪く、立て直しが効かない。
「剣技――〈ソード・オブ・カプリチオ〉! ――ふふ、なんてね」
最後――大きな音を立てた勝敗の調べが鳴り響く。
そして、その音は俺にとって、勝敗の調べではなく――敗北の調べ。
右手から離れた木剣は遠くに飛ばされ、地面に突き刺さった。
それら全ての音を聞いて、俺は両手をあげる。
「参った、降参だ。――お前の勝ちだよ、リアさん」
「――呼び捨てでいいわよ。ふっ、ナイスファイト、ハルキ」
同時に、砂時計の砂は全て下へと落ちた。
闘いを終えた俺とリアはその場でへたれこみ、乱れた呼吸を整えていく。
「はぁ、はぁ……これなら……大丈夫そうね」
リアは俺の方に座った状態で近づいて、地面につけていた俺の右手を、自分の左手で覆い被せた。
「ねえ、ハルキ……。もし、私達に何かあったらその時は……よろしくね。私から――奪ってでもニアを助けて」
「? ……わかった」
「――約束よ」
疲労から、内容に意識が向いておらず、俺は何かも分からぬ約束を彼女と交わした。
それは本当に伝えたかったこと――なのかもしれない。
◇◇◇
お互い疲れが取れた後、外に出る。
若干雲行きは怪しいが、雨が降ると言うほどではなさそうだった。
リアとニアの家にまで向かっていたが、談笑していたからか――思いの外すぐに到着した。
「じゃあ、今日はここでお別れね。また明日――でいいのかしらね」
「多分、いいんじゃないかな? じゃあ、また明日」
「ユリアによろしく伝えておいて」
「了解了解。ちゃんと伝えておくよ」
そんな会話を交わした後、リアは自分の家へと入り、俺の前から姿を消した。
俺はティシア達のいる宿屋に向かおうと、十歩程足を進めた時、背後から驚く程大きく、都市中に響いていそう程の破裂音が鼓膜を震わせた。
振り返ると――その音の正体が、リアが力任せに扉を開けたことによって生じたものだと分かる。
彼女は完全に焦燥し切った顔で、俺の方に向かってやってきて、衣服を両手で掴んでくる。
「ハルキ!! お願い、助けて!」
「どうしたんだ? そんなに慌てて――」
「ニアが……ニアがいないの!!」
「そんなことで」と一瞬思ったが――彼女の焦燥し切った顔を見ると、そんな単純なことではないとすぐに理解できた。




