第十八話 受諾と受容
「神に祈りを捧げましょう」
「…………やめろ」
誰かが言った。
誰が?
……俺がだった。
「神への信仰を厳かにし、神の啓示を否定した。……そんな彼女は神々の贄となることで、救いを得るのです」
「違う。そんなはずは――」
目の前に吊るしあげられた一人の少女は俺を見て笑う。
「私は過ちを犯した。……でもね、さいごに神様のお役に立てるのなら、それに越したことはないの」
「違う、お前は正しいんだよ。狂ってるのは――」
それ以上はダメというように俺に向けて、首を横に振る。
そして、彼女は一言呟いた。
「……大好きだったよ」
俺は誰?
誰の夢?
誰の現実?
誰の過去?
――俺はいったい誰なんだよ。
そんな疑問お構いなしで、画面が赤く染まりだす。
彼女の血と周囲の炎と――人々の狂気的な祈りによって。
何も視えない。
何も分からない。
何も知る事が出来ない。
ただ分かることは――彼女が贄となって死んでいっていることだけ。
自分はこんな出来事を知らない。
なのに、鮮明に、綺麗に、何より残酷に映し出される――彼女の四肢が失われる瞬間と彼女の目から落ちゆく涙が。
何も行動できない。
――だって、夢だから。
「あっ……あぁ。――ああああああああ!!」
何かが切れる。
何かが終わる。
――静かな音が鳴り響いて。
◇◆◇
「おはよう」
ユリアと展望台的な場所で話した次の日。
いつもより早く目が覚めてしまった俺は、宿屋にある食堂にいたティシアに声をかけた。
「おはようございます。今日は早いんですね、ハルキさん」
「え? あ、確かにそうだな」
曖昧な返事を返しつつ、彼女と対面になる位置にテーブルを跨いで腰かけた。
眠りが浅かったせいで、座った瞬間勝手に欠伸がでる。
閉ざしていた瞼を擦った後、ぼやけた視界のままテーブルの上に目を向けた。
「は? 何この料理の量」
そして、テーブルの上に置かれた大量の料理を見て、ぼやけていた視界は完全に鮮明になり、眠気は何処へすっ飛んでいった。
なんでティシアがこんな事をしているのか理解できなかったが、かくいう彼女は、俺の方を見て満面の笑みを浮かべていた。
「ごはん何にします? いい感じに食べそうなものをチョイスしておいたんですよ! もうすぐルイさんとかユリアさんも起きてきますし! 早い者勝ちですよ!」
「えっと、じゃあこれ食べる」
俺は適当な料理を指さして、その料理をティシアからもらう。
アレクがいたのならまだしも、流石にこの量朝から食べるのは無理があるんじゃないか、と一瞬だけ思うも、朝にしては極度な空腹感に見舞われていることに気がつき、案外食べれるかもしれないと考え直す。
取り敢えず食べようと、近くにあった箸を取ろうとした時、ティシアが笑顔をやめて心配そうな表情で俺の方を見始めた。
「もう一度聞いて申し訳ないんですけど、今日は早いんですね。――何かあったんですか? 顔色も良くないですし」
「……悪い夢を視たんだ」
「そうなんですか? いったいどんな夢を?」
「…………それがあんまり覚えていないんだよ」
不思議な事に。
「あら、そんなこともあるんですね。……普通にありますね」
自己解決に至ったティシアは二、三度目を閉じて首を縦に振った後、自分の食べていた料理を口に運んだ。
夢を覚えてはいないが、妙な苛立ちと怒りが込み上げてくる。元の世界でとある人間に対して向けた時と同じくらいの怒りと苛立ち。
「でも、なんかむしゃくしゃするからやけ食いしたい!!」
と、俺は箸で目の前に置かれた、和を彷彿とさせる魚料理を思い切り掴み、口の中に運び込んだ。
何回も何回も緩まぬ速度で食事をとっていると、ティシアが「すごい速度ですね」と笑顔を失わずに、感心しだした。
俺は魚料理を三分足らずで食べきり、箸を置いて口元を拭く。
「ていうか、最近ティシア明るくない?」
「あ、分かりますか? ――今明るさを意識した性格にしてるんですよ」
「何してんのさ」
「……本当の自分を探すために、とりあえずやってみようかと思いまして」
「して、手ごたえは?」
「…………なんか違うって感じですね。――まだわからないですけど」
「……いつか分かるといいな」
「本当に……ですね。――あ、そうでした。ハルキさんは私の前でくらい本当の自分でいたらいいじゃないですか?」
ティシアの予想外の提案に、俺は暫くの間頭を悩ます。
しかし、どうしても疲労するという状態は発生していたため、俺は深い溜息を一回ついた後、いつか本当じゃなくなってほしい自分に戻る。
「あんま好かない本当なんだけでも。――まあ、今はこっちのほうが落ち着くのかな」
正直な話、どちらもあまり落ち着かない。
――嫌いな僕とまがい物の俺が、互いに本当の自分を奪い合っているようだった。
そんなこと考えても仕方がないと、俺は昨日の夜、ユリアと交わしたやり取りを思い返そうとした。
しかし、ユリアとの会話の一部が抜け落ちていた。
本当は三十分以上話していたはずなのに、十分程度の会話しか思い出せない。
実際の理由は分からないが、もしかしたら悪夢と共に流されていってしまったのかもしれない。
――折角ユリアが少しだけでも心を開いてくれたのに、その理由である会話の内容も思い出せないの?
そりゃそうだよね。
リアの発言の意味を分かってるのに分からないふりして拒絶してるんだもん。
だから、ユリアとの会話が抜け落ちたんだ。
リアは×××××××って暗に示した話をしたから。
――ほら、今の言葉だって拒絶した。
そもそも自分と向き合えもしないのに、他人と向き合えるわけないじゃん。
そんなことも分からないの?
何処かでいつかの自分が自問する。
「……うっさい」
夢と一緒に忘れただけだって納得するのは楽だよね。
逃げれて満足、忘れて満足。
結局そうやって、仮初と向き合って、現実と向き合わずに生涯を終えて満足する。
随分と軽い人生だね。――ほんと、がっかりだよ。
「うっさい……!」
「ひゃっ!?」
僕の小さいながらも怒りのこもった声に、可愛らしい声をあげて、ティシアはスプーンを落とした。
「ごめんなさい! ……私、何かしましたか?」
「あっ、違うよ。……ごめんティシア」
ティシアは僕の釈明を受けて安堵の息を漏らし、料理の上に落ちたスプーンを手に取る。
「そうですか……。それならよかったです」
彼女はタオルでスプーンの付着したソースを拭き取り、また料理を美味しそうに頬張り始めた。
いつの間にか聴こえなくなった別の声。
それに構う気はなかった。
忘れてしまった内容も多いが、ユリアに話した一つの大事な提案はしっかりと覚えていた。
ティシアが口の中に含んだ料理を飲み込むタイミングを見計らって、僕は彼女に声をかける。
「ねえ、ティシア」
「はいなんでしょうか?」
「あの時は納得したけど、やっぱり僕にも魔法が使えないか確かめてみたい。だから、魔法を教えてくれないか?」
「無理ですよ」
にべもなく。
「僕に魔法――」
「無理ですね」
…………。
「僕に魔――」
「駄目ですね」
「なんで!!」
立ち上がった僕に、ティシアはどうどうと落ち着かせるように、両手を上げ下げする。
僕が椅子に腰掛け直したのを確認した後、彼女は右手に持っていたスプーンを置いて、右頬に手を当てた。
「話すと長いんですけどね」
「うん」
「あの武器……えっと赤くなったりするやつです。あれを調べているとですね。あれ? ハルキさん案外魔法覚えられるかも? みたいにはなってるんですよ」
「だったら――」
「でもですねでもですね。ここからが問題なんです! その問題というのはですね、ハルキさんが魔法を覚えたとして、元の世界に戻った時にどうなるかが分からないことです」
「どうなるかが分からない?」
「そうです。――ハルキさんが今使える能力って、言ってしまえば神からの授かり物なわけです。なので、元の世界に戻る際に私が能力を消すことができます。ですが魔法は違う。自分が覚えてしまうことになる。つまり、誰かがその能力を消し去ることはできない」
「確かにそう考えることはできるかも?」
「そして、ハルキさんってこちらの世界に訪れたタイミングで、容姿が変わっているじゃないですか?」
「……うん、そうだね。結構がっつり変わってる」
「そういうこともあってですね、何が起こるか分からない。少なくとも容姿とかには影響を及ぼしてしまうかもしれない。――そもそも転生自体が不思議な現象ですからね」
そして、次の言葉が大事と言わんばかりに、ティシアは笑顔をやめて真剣な表情で僕の方をじっと見る。
「ですので、魔法を覚えたいならある程度覚悟を決めたほうがいいと思います」
「……何、を?」
「元の世界に戻った時に、死んでも構わないと言う覚悟。もしくは、何かを失う覚悟――です」
「死」という単純明快な言葉に僕は――息が詰まる。
今までの内容を凄く簡単に言うならば、僕が魔法を覚えた場合、元の世界で僕の身に悪い意味でなんらかの影響が出るかもしれない――と言う事だろう。
魔法を覚えたいという気持ちとユリアのために何かできたらという気持ちはある。
しかし、説得力のある説明と共に送り込まれる「死」という単語。
現実に戻っても死んでしまっては意味がない。
だって――。
「でも、それってハルキさんの目的としては避けたいことになると思います」
ティシアは理解していたらしく、僕が言う前に理解を示した後、彼女は僕を安心させるように楚々として笑う。
「大丈夫です。あなたも私のいる世界に大分適応してきています。私も慣れてはいないのですが、ハルキさんに能力を与えていきますから、この世界で死ぬことは絶対にありません。――だから、安心してください!」
そう言った後、暗い雰囲気になっていくのを拒んだか――ティシアはスプーンでテーブルの上に置かれている料理を掬い、僕の方へと持ってくる。
「これ食べませんか?」
「えっと……この料理は何?」
「ヤクです」
「なんてもん食わせようとしてんの!?」
「いや、冗談ですよ! 確かに、気分がスッキリして高騰感の見舞われて、楽になるみたいな――」
「あながち間違いじゃない!!」
「まあいいじゃないですか。犯罪じゃないですから。――というか、普通の料理ですから」
彼女が何回もスプーンを前後させ始めたものだから、僕は半信半疑になりつつも口を開けて、料理をもらう姿勢を見せた。
しかし――スプーンと僕の口が、文字通り目と鼻の先に近づいた時、ティシアはスプーンを彼女自身の方に持っていき、乗っていた料理を一口で平らげた。
…………。
「なんて古典的な――」
「憧れだったんですよ、こういうのやるの」
彼女はその行動をとれたことを嬉しそうにしながら、同じ料理をパクパクと頬張り始めた。
変な憧れだなと思うと同時に、実は料理の味が気になっていたことに気が付き、僕はティシアにジト目を向ける。
「その料理気になってきてるんだけど、どうしてくれんのさ」
「ふふっ、注文してもいいんですよ?」
「他の料理が処理できなくなる!!」
そんな当たり障りない――と言えるのかどうかは微妙な会話をしていると、ルイが欠伸をしながら僕達の方にやってくる。
「ふぁあ。……おはよう」
「――おはよう、ルイ」
「おはようございます、ルイさん!」
寝ぐせのついたルイの黒髪を見て、唐突にある行動をとりたくなった俺は、彼が椅子に座る前に呼び止める。
「ルイ、こっちきてよ」
「ふえ?」
何とも愛おしい声を上げたルイは、無抵抗のまま俺の方にやってきた。
俺は彼に頭を下げるように促すと、眠たそうに眼を閉じた状態で、本当に無抵抗な状態で頭を下げた。
俺はそんな無抵抗なルイに両手を伸ばし――。
「えっ!! ちょっ、なんでハルキも頭をわしゃわしゃするの!?」
撫でた。
寝起きのためか――柔らかくふわっとした髪の毛の感触が両手に伝わってきて心地がいい。
更には、ルイの照れたようなむすっとしたような表情が可愛らしく、俺はつい心の声が漏れる。
「ああ……これは癒しだ」
「もー!!」
ルイは俺の両手を思いきり引きはがし、一歩後ろに下がった後、憤慨しながら抗議する。
「ったくもう! おかげで目が覚めたよ!」
「いやあ、良かった良かった」
「ああ何とも言えない!!」
目が覚めたことは悪いことではないため、「良かった」という言葉に反駁できないルイ。
彼は複雑な表情を浮かべて、俺の右側にあった椅子に座った。
そして、テーブルに置かれた料理の量を見て、怒りももどかしさも引っ込めて瞠目する。
「え、何この料理の量」
殆ど俺と同じような反応を見せたルイに対して、ティシアはかくかくしかじかと説明を始めた。
そんな中、ルイに続くようにユリアも食堂に姿を現す。
しかし、ルイとは違い、彼女は完全に目が覚めているらしく、堂々した足取りで俺達の方に向かってきていた。
「おは、よう……!」
「おはようございます、ユリアさん」
「ねえ、ちょっと聞いてよ! ティシアが――」
「それよりも先に……言わせてほしいの」
俺達三人がクエスチョンマークを頭の上に浮かべて、首を傾げる中、ユリアは一度大きく深呼吸をする。
「――私、受ける」
そして、彼女は一言。
――かなり短い一言だったが、その短さの中にあらゆる想いが詰まっており、ユリアが言いたいことははっきりと伝わった。
リアの手助けをしたい――そう言っているのだと。
一応、昨日の会話からある程度分かっていたとはいえ、それなりの衝撃はあった。
だが、彼女の表情を見て更に驚くことになる。
「私、リアさんのお願いを受けさせていただきます……!」
何故なら――復讐に燃えたあの日よりも遥かに覚悟とやる気に満ちた目を満ちていたから。




