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d|IF|fer Affection  作者: 江川無名
第二章 「憎悪と感情」
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第十七話  疑問と煩悶

「…………眠れない!!」



 あくまで小声。あくまで囁き。

 隣のベッドで眠っているルイが起きないように、細心の注意を払ってもう一度。


「なんでか眠れない!!」

 

 ――なんでか、とは言ったものの、実際は眠れない理由を概ね理解していた。


 俺はベッドに寝転がった状態で、天井に向かって右手を伸ばす。

「変えることを拒絶する時間に縋った先にあるのは、きっと最悪の結末……か」


 リアは直接的な表現は避けていたが、分かりやすく言うなら――。



 現在(いま)に囚われ続けたときに待つ未来は、最悪の結末。

 


 くらいだろうか。


 しかし――例え、分かりやすく言い換えたとしても、リアが何故そこまで重く捉えているのかが分からない。

 それに、最悪の結末を迎えるのは誰なのか。


 リアなのか、それともニアなのか、あるいは――。



 本当は気が付いてんだろ?

 その証拠に紅茶の味を理解できなかった。

 バニラのような甘さと芳醇な香りをした紅茶の味を――香りは理解できていたのに味は分からなかった。



 心の自問に自答するのが嫌で、俺は目を閉じて、両頬を痛みが伴う勢いで数回叩く。


「――そと、でよ」


 ルイを起こさないように静かに起き上がって、外出用の軽装に着替える。

 それは夜に紛れてしまいそうな黒さと、申し訳程度の白い装飾が施されたTシャツに似た服。

 

 妙な安心感に包まれながら、階段を下って一階のエントランスに向かう。

 そのまま、エントランスを受けて外に出ようとした時、カウンターにいた清潔感にあふれた青年のスタッフに足を止められる。


「あっ、今から外出なさるのですか?」

「……ダメ、ですか?」

「いえ、そういうわけではございません。……後三十分程で別の者と交代になる予定ですので、ご報告をと思いまして」

「そうなんですね。分かりました」

「――夏といえど、夜風は冷え込みます。暖かな格好をしてお出かけになられるとよいかと」


 彼はそういうと、カウンターの下から、この都市(まち)らしい青を基調とした薄めの上着を取り出して、両手で俺の方に差し出してくる。

「ありがとうございます」


 俺は上着を受け取って、黒い服の上から羽織る。

 宿の中だからか、若干の暑さが上半身を包み込んだ。


「三十分程前にユリア様が外出なされたのですが、その時にじっくりと考える事が出来る場所を教えてほしいと尋ねられたのです。もしハルキ様もそうなのでしたら――」


 何か勘違いをしているのか、それとも気を利かせたのか――どちらにせよ、ユリアに教えた場所と同じところを懇切丁寧に教えてくれる。

 俺は一応、スタッフの青年に軽めのお辞儀をした後、開き戸の入口から都市に出た。



「確かに少し寒い」

 


 大半の人は夢の世界に潜り込み、一部の人は別世界に誘われる支度をしている。


 人も眠り、鳥も眠り、太陽も眠る。

 ただ、風だけが寂しそうに遊んでいる闃然(げきぜん)とした時間に、俺はゆっくりと都市を歩く。

 構ってほしそうな風の寒さに、俺は腕を体の前で交差させた。


「……ユリアのところに行くのもって感じかな」


 行くべきか、行かぬべきか。

 悩みに悩んだが、心の中で彼女のことが予想以上に気がかりったらしく――気づいたときには、スタッフに教えてもらった場所に向かって足を進めていた。



 この都市は他の都市と違って、平面的な構成にはなっていない。

 いや、八割以上は平面的な構成なのだが、残りの二割は、谷といえる程急勾配な場所で構成されている。

 そして、その急勾配な場所に、谷を切り崩す形で不規則に平面的な部分をつくり、そこに一般住宅が建てられていた。

 当然だが、谷を登るには所々に設置された緩やかな階段を使うことになる。

 一見体力を使うように感じるが、階段も緩やかであり、最も高い位置でも百メートル程度しかない。


 しかし、高いものは高い。

 そのため、谷を登った先にある平野に何か建てれば都市のシンボルになりそうなのだが、特に何も建てられていなかった。



 勿体ないな、と思いつつ階段を上っていると、すぐに目的の場所に辿り着いた。



 目的地である青年のスタッフに紹介された場所は、谷の殆ど最上部に位置する展望台。

 谷から少しだけはみ出るように作られたその場所は、緑の芝生が敷き詰められており、中心には一基のベンチが設置されていた。



 前を向くと、都市の美しさが目に焼き付く中、ベンチにはそれ以上の美しさを持つ銀色の髪を揺らした可愛らしい少女がいた。



「本当にいた」

「ッ! ……ハルキ?」


 瞠目して背後に振り返るユリアに俺は、軽く右手を持ち上げながらも、頭を下げる。


「ごめん、驚かせて」

「――気に、しないで……。――ここ、座る?」


 彼女は左にズレつつ、右手でベンチをポンポンと軽く叩く。

「じゃあ、言葉に甘えて」

 そういって、俺はユリアの右横に座って、目の前に広がる景色を見つめた。


 家の明かりは殆どないが、街灯の灯りは星のように輝いており、一望千里で絢爛豪華な景色に心を奪われる。


「なんで、ハルキが……ここにいるの?」

「宿屋のスタッフさんに教えてもらった」

「そ……そうなんだね」


 彼女はそういいながら、身体を左側に移動させて、俺から距離をとった。それによって、俺からの隙間は広がり、ベンチの持ち手との隙間は狭まる。

 仕方がないこととはいえ、少しだけ心が痛んでしまう。


「やっぱり話すの無理してるよな」

「無理なんてしてな――。…………ごめん、してる」

「素直なことで」

「……ごめん」


「いや、謝るのはこっちの方。無理させてるのは俺だから。――あの時のこと……あの場所から君を救ったこと今も根に持って――」



「違うの……! ……前にティシアにも、話したんだけど、私をあの場所から連れ出してくれたことは……感謝してるの。あのまま、あの場所にいたら、たぶん私は死んでいたから。――ママとパパが亡くなったことも知らないまま。誰に殺されたかも知らないまま。……だから、ありがとうって言わないといけないの」



 感謝の言葉とともに罪悪感に蝕まれる。

 俺達は彼女に嘘をついて、距離感はあれど一緒に行動をさせている。

 


 君の両親を殺したのは、魔王なんかじゃない。



 そう真実を伝えるべきなのではないかと何度も考えた。

 ――ただ、それを言うのは、今は絶対ダメだとも理解していた。

 


 ユリアの方を見ると、彼女は何かを伝えようとしながらも、言い淀むように体を震わせて、拳を握り俯いていた。

 しかし、十秒程経った時、彼女は勇気を振り絞ろうと、体の震えを止めて、俺の方に顔を向けて目をじっと見つめてくる。

 

「でもね……私は君とティシアが怖いの。……信じていた人がいなくなる苦しみも、信じていた人が私を裏切る苦しみも……私はもう味わいたくはない。だけど、君達との壁を捨てて和気藹々と過ごしたら、また同じ苦しみを味わう気がしてる」

「……それはどういう――」



「ねえ、ハルキの()()は――私にとって悪い存在じゃない? 裏切らない?」

「!!」



 俺はすぐに答える事が出来なかった。

 ユリアは気が付いていた。――俺が偽りの自分を演じていることを。

 だから、本当の俺が分からなくて、裏切りに怯えて、会話を拒んだ。



 裏切らない――そういうのは簡単なはずだった。



 でも、その言葉を言おうとすると、喉に針が何十本何千本と突き刺さり、痛みが体を支配する。

 血の味を口の中に広げさせ、喉から落ちた針が心臓を締め付けるように痛めつける。



 性格を変えた理由は見た目が変わったから――だけじゃない。

 日本にいたときの自分が大嫌いだったからというのもある。


 誰かに溺れ、誰かに甘え、誰かに縋る――そのくせ、優しさとかいう役立たずの取り柄があったらしいのに、自分が精神的に苦しめられると、他人に当たる。

 そんな自分がただ恐ろしく嫌で、死ぬほど恨んで、今も恨む。


 だから、性格を変えようとした。自分のことを誰も知らない世界で――今は偽りでも、何れ本当にしたい性格に。

 

 でも、今の本当は日本にいた自分の性格だった。

 そのせいで、針が生まれて痛みを生み出す。



 誰かを裏切らないという保証がない本当だから。



 そんなことを考えていたら、結局、はぐらかすことしかできなかった。

「…………それは、分からない」


 こんなので距離が縮まるはずがないだろう。寧ろ、余計距離を広げてしまう。

 ――そう思っていたが、ユリアは俺の顔をずっと見つめた後、何かを理解したようにただ小さく呟いた。



「…………そっか」



 彼女は俺の顔から視線を外し、目の前の美しい景色に目を向ける。

 暫くの沈黙――その僅かに心苦しい沈黙を破ったのはユリアだった。


「ねえ、ハルキに話、聞いてもらってもいいかな?」

「リアさんとニアさんの話?」


 ユリアは無言で小さく頷いた。

「私ね……。リアさんの言うこと、結構分かるんだ。――だから、手伝ってあげたいって思ってる。それに、どうなるかは分からないけど、魔王に近づけるかもしれないし」

「…………確かに、魔王について教えてくれるかも。そしたら、一歩先に進める」


「うん……。――でもね……それと同時に、思ってしまうの。――重く捉えすぎなんじゃないかって。あの関係を壊してまで、次に進む必要はないんじゃないかって。リアさんの言うことは分かってるはずなのに、どうしても思ってしまう」

「……重く捉えすぎだとは俺も思う」


「そうだよね」


 ユリアは自分と同じ考えを持っていてくれたことに安堵したのか、一瞬だけ表情が緩めたが、すぐに真剣な表情に戻した。

 そして、若干無理をしながらも、彼女は大きめに口を開けた。



「それと、私……魔法が、使えない!」



「……えぇ」

「あれだけ、色々言っていたのに、私……魔法、使えない。本当に最低限の魔法しか」


 ユリアは頭を抱えて、地面に生えている緑色の芝生を眺め始める。

 その姿を見て、俺は無意識のうちに、ユリアの右肩に左手を置いていた。


「……俺も使えない」

「……えぇ」


 アホウドリがいたら、鳴いていそうな空気が二人の間に漂う。

 しかし、さっきの沈黙とは違い、何故かこの沈黙に嫌な気持ちはしなかった。


 寧ろ何処か安心するとさえ――。



「もし、依頼を受けるにしても、魔法をどうにかしないと……」

「あいっ」

「……あい?」


「悪い。えっと、ティシアに頼むのが手っ取り早いんじゃないか?」


「うっ。――それはちょっと」


 彼女は怪訝そうな顔でまた頭を抱え始めた。

 俺とティシアのことが怖いと言っていたが――どちらかというと、ティシアに対しての恐怖感の方が強いのかもしれない。


 正直分からないでもない。

 そもそも、ティシアは自分でも本当の自分が分かっていないのだから、ユリアの考え方的に怖がらない方がおかしい。


「だったら、俺も一緒に教わるから」

「本当? ……それなら、大丈夫……かも。……あっ」

「どうかした?」



「……ううん、なんでも、ない」



 ティシアは俺に魔法は使えないかもしれないと言っていたが、試してもいないのに無理と決めつけるのはナンセンスではなかろうか。

 というか、あの段階で勝手に納得していた俺は大馬鹿野郎筆頭では? 


 そう頭の中で過去の自分を馬鹿にしていると、いつの間にか眠気がやってきていたのか、大きな欠伸をしてしまう。

 

「ハルキ、眠いの?」

「いや、そんなことは。……ごめん。やっぱり眠いかも」

「――そうなんだ。……私はあと少しだけ、考えようと思うから、先に……戻ってて? 睡眠は、大事だから」


 なんでここに来たのか――正直、あまり覚えていない。

 確か、考えるのが嫌で夜風に当たろうと思ったとかだったか。


 もうどうでもいいかと思いながら、俺は徐にベンチから立ち上がって、この綺麗な景色をみれる場所を後にしようとする。


「ユリア、また明日。――夜道には気を付けて」

「治安は良いみたいだから――大丈夫。あと、おやすみ、なさい」


 ユリアはまだ無理をして会話しているように見えたが、複数枚ある壁の一枚は崩れていたような気がした。

 それが嬉しかったのかどうか――自分の胸に手を当てても分からなかったが、「良い夢が視れそうだな」と考えながら、俺は宿屋への帰路についた。




 ――結局、良い夢は視れなかった。

 更に言うならば、今までの人生の中で最も後味が悪いと言っても差し支えない程の悪夢だった。

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