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家族の卵  作者: 風海 晴
20/22

君がいれば(裕紀Side)

とりあえず生きていました。

作品を書いたのがあまりに久しぶりにすぎて、文体が変わっているかもですが


追記

あまりに久しぶりの執筆で時系列のつじつまが合わないところがありましたので、修正しました。

「そう言えば裕紀様。先日は朋子様が随分とお世話になったそうで。話の途中だったのにまるで犬猫を追い払うかのように追い出されたと、随分としょげておられました」

 朝食後。リビングのソファーで横になり、沙夜子の膝に頭を乗せ『られ』耳の中に耳かきという名の凶器を入れられた状態で本を読んでいた俺に、コーヒーを運んできたついでとばかりに美咲が静かな口調で、だが刺々しい言葉を投げつけてくる。

 ニコニコと満面の笑みを浮かべて軽く俺に頭を下げながら、沙夜子から逃れられないこの体勢とタイミングで、こんな事を言い出すのだからこいつは苦手だ。

「裕紀?」

 沙夜子の手を取って耳の中からゆっくりと危険物を引き抜かせて、訝しげな沙夜子の声はあえて無視して体を起こす。

「裕紀?」

「……それで、何が望みだ」

「……裕紀、朋子ちゃんになにしたの?」

『朋子を追い払った』と言う言葉からして、コイツが今問題にしてるのはあの『夏祭り』の話をした時の事だろう。

 朋子が冬子の罪悪感に付き合って、俺からあの話を聞き出したのは5日前。

 同じ家で暮らしているのだから、その間も当然俺と美咲は幾度も顔を合わせているし、二人きりになるタイミングだっていくらでもあったはず。

 で、あるにも拘らず今このタイミングでこんな事を言い出したのは、コイツは何か俺と取引をしたいのだろう。

 というか、諸悪の根源は冬子じゃないか。

 あの女は本当に、俺にとって疫病神以外の何者でもないな。

 一先ず、沙夜子の声を右から左に聞き流しつつそんなことを考え、短いため息をつきながらさっさと話しを終わらせようとしたのだが、美咲は相変わらずニコニコと微笑んでいるだけで何も答えようとはしない。

「裕紀。朋子ちゃんに何したの!?」

 二度三度と俺が自身を無視するものだから、とうとう沙夜子の声が鋭くなり。

 それに合わせるように美咲が頭を深く下げる。

 今の美咲の挙動から考えるに、どうやら俺が沙夜子の言葉を無視しているのが気に喰わなかったらしい。

 朋子曰く「沙夜子様至上主義」の美咲にとって、一族の当主ではあるものの直接の主人でもない俺より沙夜子の言葉が優先されるのは、こいつにとって恐らく至極当然の事なのだろう。

「沙夜子。その件は後で説明するから、まずは美咲と話をさせてくれ」

 降参とばかりに軽く両手を挙げての俺の言葉に、沙夜子は大きなため息をつきつつ美咲に向かって「美咲ちゃん。お願い」と声をかける。

 まったく。ため息をつきたいのはこちらの方だ。

 そしてやはり美咲は、俺ではなく沙夜子に対して頭を下げ、要望を語り始めた。

「ハイ。……裕紀様は、葉子様から瑞香お嬢様に宛てられた物を預かっておられるとか」

 その言葉に俺は思わず眉をしかめる。

 葉子からの預かりものに関しては、別に隠しているわけではないものの、本当にごく一部の人間しか知らない事。

 美咲の本当の主人である高志や、その高志の代理(?)として今現在美咲が世話をしている朋子ですら知らないはずだ。それをなぜコイツが知っているのか。

 まぁ、こんな俺に対する嫌がらせとしか思えないような事をするのは、世界で一人しかいないから考えるまでもないのだが。

「美央美の馬鹿が」

 あの馬鹿は、瑞香を嗾けて一昨日沙夜子を泣かせた件といい、今この状況の元凶でもある『朋子の夏祭りの話し』の件といい、今回の美咲の件といい、一体何が目的なのか。

 まぁ、夏祭りの話しの件は朋子に聞かれたからだけなのかもしれないが。

「美咲ちゃん、それは……」

 俺の代わりに答えようとする沙夜子の言葉を、片手を軽く上げて押しとどめる。

「それで、お前はそれを求めてどうするつもりだ? 俺も中身を見たわけじゃないが、あれは間違いなく瑞香以外の人間には何の意味もないものだぞ?」

「いえ、流石に私がそれをどうこうしたいわけではありません。それを瑞香お嬢様にお渡しいただきたく」

「お前に言われるまでもなく、あれは中学の卒業と同時に瑞香に渡すつもりだぞ。俺はただ葉子から預かっているだけで、元々瑞香の物だからな」

 平時はただニコニコと微笑んでいるだけで、感情も考えも全く見せない奴だけど、コイツにとって譲れない何かがある時は、やたらと真剣な目つきになるのは昔から変わらない。

 今がそうだ。

 あの葉子からの預かりものに、なぜコイツがこんなに真剣になるのかはわからないが、恐らく美咲なりに何か思う所があるのだろう。

「中学卒業時などと言う遠い先の話しではなく、近日中……できれば今日明日にでも、瑞香お嬢様にお渡しいただきたいのです」

「なぜおまえがそんな事を望む?」

「昨日、瑞香お嬢様とお約束したからです」

「なぜそんな約束をした?」

「主家のお嬢様の幸せを願うのが、忠義だと思ったからです」

 意味のない言葉の羅列の応酬。

 それに美咲が瑞香に忠義? 冗談も休み休み言え。

 猫が二本足で立って人語を話し、ダンスを踊ったなんて与太話をされた方が余程信じられる。

「フッ」

 ハナで笑った俺の態度から、自分がどう思われているのか悟ったのだろう。「瑞香お嬢様は沙夜子様を『お母さん』と呼んでいます。沙夜子様も同様かと。それが答えです」

 そう答えた。

 ナルホド……ね。コイツが沙夜子の名に誓うというのなら信じてもいいだろう。

「お前から見たらそれが瑞香のためになると?」

「はい」

「……いいだろう。『預かり物』は、近日中に瑞香に渡すようにする」

「裕紀……」

 心配そうに眉を下げる沙夜子の額に軽くデコピンして、肩をすくめる。

「木戸の娘の件もある。そう考えれば、確かにちょうどいい機会なのかもしれない」

「お聞き届け頂き有難うございます」

 頭を下げ礼を言う美咲に先日の朋子と同じように手を振って下がるように伝えると、「失礼します」と軽く一礼した後すんなりと部屋を出ていく。

 俺に対して慇懃無礼な所もあるが、きちんとした使用人教育などした覚えはない(できる人材もいない)のだけれど、あいつはどこであんな礼儀作法を覚えたのだろうかと、現実逃避気味に今更ながら疑問が浮かんできた。

「さて、裕紀。美咲ちゃんが言ってた朋子ちゃんの件、聞かせてもらうわよ?」

 ……

 俺には物思いにふける暇はないようだ。



 怒れる沙夜子のお小言に、沙夜子が諦めるまでの間、適当に相槌を打ちながら思い浮かべたのは。

 瑞香へと、葉子から預かったのは一通の手紙とロケットの付いたペンダント。

 ……手紙。

 ……手紙か。

 どうにも手紙というのは、俺とは相性が悪いらしい。という事だった。



 裕紀へ


 私はこれから貴方を裏切ることになるけれど。

 それでもまず最初に、信じてほしい事があります。

 私は、あなたを愛していました。

 子どもが誰かを好きになる、という単純な気持ちではなく、あなたが笑えば私も嬉しくなり、あなたが傷つけば私の胸が痛む。

 そんなふうに、私の心の一部があなたと一緒に動いてしまうような、そんなどうしようもない想いでした。

 だからこそ、私はずっと迷っていました。

 あなたの『世界』の中に、私だけがいていいのかどうか。

 あなたが「美鈴だけでいい」と言ってくれたとき、私は嬉しかったけれど、同時に恐ろしくもありました。

 人は、世界は、誰か一人だけを見て生きていけるほど強く、狭く、ありません。

 そして、誰か一人だけに見つめられ続けて幸せでいられるほど、単純でもありません。

 あなたが私だけを見ているときのまっすぐな瞳は、私にとって宝物でした。

 でもその宝物は、あまりにも重くて。

 いつか私では支えきれなくなるのではないか。

 いつか私の存在そのものが、あなたを傷つけることになるのではないか。

 私の存在そのものが、あなたを不幸にするのではないのか

 貴方を傷つけ、不幸にするくらいなら……

 だから私は、あなたの未来から身を引くことにします。

 あなたには、私ではない誰か(それが沙夜子ちゃんである事を願います)と生きてほしい。私よりも長くあなたのそばにいられる人と。

 あなたの手を取り。

 あなたの言葉を受け止め。

 あなたの孤独を溶かしてくれる人と。

 貴方が笑っていられるのなら、あなたの隣にいるのは私でなくとも構わないのです。


 最後に、ひとつだけお願いがあります。

 どうか、自分を嫌わないでください。

 あなたは自分が思っているよりずっと優しく、誰かを幸せにできる人です。私がそうだったように。

 裕紀が、誰かと共に歩む未来を選んでくれますように。それが、私の最後の願いです。


 美鈴



 あの日。

 俺と美鈴。二人だけが知る秘密の場所にポツンと置かれていた一通の手紙。

 それを読み終わった瞬間、俺の中で何かが崩れたのを覚えている。

 音もなくただ静かに。

 そこに形を保っていたものが、両手の隙間から砂が零れていくように。

 ただ、さらさら、さらさらと

時系列はエピソードタイトル毎にちょっとずれています。

この話が時系列として『寂しいアヒル』の4~8の間になります。

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