967 クマさん、街に帰る
「高純度の魔力水か……。わたしも貰ってもいい?」
「まさか、酒を造るつもりじゃ」
「造らないし、お酒に興味はないよ。それに飲むなら、ゴジールさんから買うよ。わざわざ自分で造って、飲んだりしないよ。ただ、高純度の魔力水って珍しいんでしょう。もしかしたら、今後、役に立つかもしれないと思って」
使うかどうか分からないけど、貴重アイテムは手に入れておきたい。
氷竜の角みたいに、そのときは使わなくても、役に立つときが来るかもしれない。
それに、時間が経てば高純度の魔力水は薄まり、普通の魔力水になる。
高純度の魔力水を手に入れられるのは今だけだ。
「そうじゃのう。さらにここの高純度の魔力水はさまざまな魔物素材も吸収されている」
その中には竜も入っている。
でも、今後は吸収されることはない。
「まあ、嬢ちゃんは恩人だ。水もたくさんあるから、構わない」
許可をもらうと、わたしは空っぽのタルを出すと、魔法を使って水を入れる。
「それで、お主は決めたのか?」
カガリさんはタルに水を入れているゴジールさんに尋ねる。
「そのことなんだが、壁は作らないでいい。作った壁も壊してくれないか」
「どうして?」
「この山のことを考えるのは国であり、近くに住む住民たちだ。俺の勝手で山を変えてはダメだと思った」
ゴジールさんは個人の考えではなく、国や近くに住む住民たちの考えを選んだみたいだ。
「お主が決めたなら、妾たちが口を挟むことではないが、理由を聞いてもよいか?」
利点と欠点。
「そもそもの話が俺個人で抱えるには話が大きすぎる。俺個人で決めていいことではない」
ごもっともな意見だ。
「でも、この死の山はお主たち親子しか使っていないのじゃから、決めても問題はなかろう」
死の山と呼ばれ、誰も来ない山だ。
誰も来ないなら、自分勝手にしてもいいのでは? と思ったりするけど。
「もちろん、それは俺も考えた。壁を作ってもらえたら、毒を気にせずに、この水を取りに来ることができる。でも、嬢ちゃんたちの言葉どおりなら、これからの山がどうなるか、分からないのだろう」
「妾たちが話したのは、あくまで可能性の一つじゃ」
「酒造りのために俺が死ぬだけなら構わない。でも、他の者たちが死ぬのは別の話だ。自分だけのことしか考えないのは、無責任な行動とも言える」
「それが、お主が出した答えか?」
「そんなたいそうなことじゃない。毒沼から発生する毒で普通の魔物の発生を止められるなら、現状維持が一番良いと思っただけだ」
「毒耐性の魔物が増える可能性もあるぞ」
「毒は、この魔石が教えてくれる。魔物の対処は冒険者を雇うことにする」
「この水のことは秘密じゃなかったのか?」
「そう思っていたが、この水を手に入れても、同じ酒は造れないさ。酒を造るときの配分やこの魔力水をいつ、どのタイミングで入れる等の工程にも機密がある。まあ、これも嬢ちゃんの言葉を参考にさせてもらった」
確かに、料理でも調味料の配分だけでは美味しくならない。どのタイミングで調味料を入れるかによって、味が変わってくる。
「お主が決めたなら、問題はない。あとの問題は死の山と呼ばれているところに冒険者が来てくれるかどうかじゃのう?」
「それは……」
死の山の危険さは知られていると思う。
いくら、毒の探知できる魔石のことを説明しても難しい。
「妾はどっちか言うと、お主が持っておる魔石が気になる」
「この魔石か?」
ゴジールさんは手に持っている無色の魔石を見る。
「お主が持っておる魔石は貴重だ。魔石の効果を知った者が、おまえさんから奪い取るかもしれぬぞ。その魔石があれば、この死の山に来ることができるからのう」
「それは……」
ゴジールさんは言葉に詰まる。
冒険者にとって、酒を造る水よりも、毒に反応する魔石のほうが貴重なのは確かだ。
わたしも欲しいと思う。
ゴジールさんから魔石を奪って、ゴジールさんを死の山に放置ってこともあり得る。
この世は善人だけではないのは確かだけど、疑い始めたら、なにもできない。
でも、解決方法ならある。
「それじゃ、この場所から、森の外にある小屋までトンネルを作ればいいんじゃないかな。小屋までなら、冒険者がいなくても来られるんでしょう。それに山は元の状態のままだから、今後のことは国や近くの住民たちが考えればいいし」
わたしの言葉に呆れた表情をする2人。
「なにより、そのほうが便利でしょう。山を登ったり、毒や魔物に気をつけないでいいし」
「お主、どのくらいの距離があると思っているのじゃ」
「壁を作るのも、穴を掘るのも魔力を使うんだから同じことだよ」
それにミリーラの町からクリモニアの間にある山にトンネルを作った時よりも距離は短い。
「お主の考えはいつも、とんでもないのう」
「嬢ちゃん、本気で言っているのか?」
「本気だけど」
「追加料金は払えないぞ」
「隠してあるお酒が、まだあるんでしょう。そのお酒でいいよ」
ゴジールさんはわたしの言葉に笑みを浮かべる。
「分かった。親父の秘蔵の酒も出す」
勝手に決めていいのかなと思いつつ。
「交渉成立だね。それじゃ、わたしは壁とクマの置物を撤去してくるよ。ゴジールさんは水の確保。カガリさんは休んでいて」
「お主は元気じゃのう」
白クマの服のおかげで少し回復した。
「それじゃくまきゅう、一緒に行こうか」
「くぅ~ん」
「くまゆるは、2人をお願いね」
「くぅ~ん」
ゴジールさんとカガリさんのことはくまゆるに任せ、わたしはくまきゅうと一緒に洞窟を出て、沼に向かう。
「もし、毒が発生したら、避けてね」
「くぅ~ん」
わたしたちは沼までやってくる。
まずは壁を撤去する。
次に沼の中に作ったクマの壁を撤去する。
これで元の毒沼に戻る。違うところは毒沼の謎の生物がいないぐらいだ。
沼の周りに作った壁と沼の中に作ったクマの壁を撤去したわたしは洞窟に戻ってくる。
ゴジールさんは水を汲み終わり、カガリさんはくまゆるに寄りかかって休んでいた。
「お主、トンネルを作ると言ったのはいいが、方角は分かるのか?」
「大丈夫だよ」
クマの地図で確認する。
クマの地図は通った場所を表示してくれるので、小屋がある山の入り口は分かる。
つまり、表示されているところは、わたしたちが通ってきた山の入り口でもある。
あっちの方角だね。
わたしは洞窟の中から横穴を掘っていく。
カガリさんはくまきゅうに乗り、ゴジールさんはくまゆるに乗り、わたしが掘った後をついてくる。
掘った土などは壁の強化するため、押し潰すように圧縮させるので、一石二鳥だ。
あの蟻の魔物がいたとしても、固められた壁に穴を空けることはできないはずだ。
「壁を作っているときも思ったけど、普通の魔法使いにはできないことなんだよな」
ゴジールさんは穴を掘るわたしを見ながら、カガリさんに尋ねる。
本当にカガリさんは相談役と言うか、知恵袋役になっている。
「できるかできないかと聞かれたらできる。じゃが、その量は人によって異なる。普通は数人の魔法使いが何日もかけて交代で作るようなことじゃ」
「それを嬢ちゃんが1人で」
「じゃから、何度も言っておるじゃろう。このクマ娘は規格外じゃと」
酷い言われようだ。
そして、穴を掘った場所は暗いので、クマの光を出しておく。
「新しく作る穴は暗いから、光の魔石が必要じゃな」
「でも、あの洞窟はどうして、光っていたのかな?」
「高純度の魔力水が壁に染みこんで、光っているのかもしれぬ」
「魔力って、本当に不思議なものだね」
科学的に証明できないから、神秘的な力だと思う。
もし、科学的に調べることができたら、どんな結果がでるのか気になるところだ。
「妾はお主の存在が不思議でならぬ」
酷い言い方だけど、わたしもそう思うよ。
そして、順調に穴を掘っていき、休憩を入れながらも山の麓付近まで、トンネルを作った。
「小屋は、このあたりだと思うけど」
「あそこじゃな」
カガリさんが指さす先にはクマの形をした背中が見える。
「ゴジールさん、小屋をここに作り直してもいい?」
「構わないが」
わたしはサクッと、小屋を作り、小屋を壊す。
そして、小屋の中からトンネルの中に入れるようにする。
「これなら、トンネルも隠せるし、魔物や動物が入って来たりはしないでしょう」
トンネルの入り口をそのままにすれば、魔物や動物が棲み着いてしまうかもしれない。あっちの入り口は高純度の魔力のせいなのか分からないけど、魔物は入ってこない。こっちの入り口もしっかりしておけば、入り込むことはない。
「じゃが、こんなところにクマの家があったら、気になって、誰かが入ってこぬか?」
「死の山と呼ばれて、今まで誰も近寄ってこなかった。これからもそうだと思う」
「確かにそうじゃな」
「なにからなにまで助かる」
「あとの問題はトンネルが暗いことぐらいだけど」
「光の魔石でも、ランタンでも用意するさ」
まあ、わたしがそこまで気にすることではない。あとのことはここを使うゴジールさんの仕事だ。
「これで、あとは帰るだけだね」
ゴジールさんが近寄ってくる。
「初めは変な格好した嬢ちゃんだと思ったが、タロトバやロージナの言うとおりに優秀な冒険者だった。人を見た目で判断するのはよくないな」
「それはしかたがなかろう。こんなクマの格好した女子が強いとは思わぬ。妾も初めて会ったときは、そうじゃった」
カガリさんの言葉にゴジールさんは笑う。
「それと、嬢ちゃんにも感謝だ。初めは大人びた子供だと思っていたが、まさか本当に大人だったとはな」
そういえば、わたしを助けにくるために大人になっていた。つまり、ゴジールさんに見られたってことだ。
「理由は分からないが、誰かに言うつもりはない。それに嬢ちゃんの言葉には何度も考えさせられ、すごくためになった」
「ならよい。人の言葉を聞かぬ者もいるからのう」
わたしもカガリさんには助けてもらっているから分かる。
おばあちゃんの知恵袋的な存在だ。
「それじゃ、帰ろう」
「そうじゃな」
わたしたちは、くまゆるとくまきゅうに乗って、街に帰る。
後はお酒を手に入れるだけですね。
※ニコニコ漫画様の第3回マンガ総選挙にて、『くまクマ熊ベアー』が「いきもの区」にノミネートされました。ユナではなく、くまゆるとくまきゅうで選ばれたのかな? ユナもクマ?
投票期間7/14(火)11:00〜7/28(火)11:00
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※誤字を報告をしてくださっている皆様、いつも、ありがとうございます。
一部の漢字の修正については、書籍に合わせさせていただいていますので、修正していないところがありますが、ご了承ください。




