982 クマさん、渦巻きの発生機を確認する
わたしがマーネさんに魔石の報告をしているとセレイユが戻ってくる。
「は、速いです。速すぎです。ボートの前が上がったときは、驚いて落ちそうになりました」
ああ、確かにボートの前が上がったね。
ボートレース漫画で急加速させると、ボートの前が上がることは知っていたので、慌てずにすんだ。もし、知らなかったら、セレイユと同じように慌てていたと思う。
「ユナは大丈夫だったのですか?」
「ユナは楽しんだみたいよ」
マーネさんが、わたしが伝えたことをセレイユに伝える。
「たった一回走っただけで、そこまで考えられるものなのですか? わたしなんて、速さに驚いて、そんなことを考えている時間なんてありませんでした」
「それで、セレイユからも乗った感想を聞きたいんだけど、どの魔石がよかった? ユナは全部つける方がいいと言っていたけど」
マーネさんが尋ねる。
「先ほどのユナの話を聞く限りでは、全部がいいですね。扱えるかどうかは別として」
ゲームでもそうだけど、扱うには練習が必要だ。
そして、最適解を導くには多くの人の考察が必要になる。
さらには、そこに技術が加わる。
どこで、加速を使うかはこれから研究されていくだろうし、コースも毎年変更になれば、ボートの扱いも変わってくる。
「もし、採用するなら、ちゃんと管理は必要だね」
「そう考えると、10歳以上の部ではなしの方がいいかもしれませんね」
「えええええええ、そんな」
セレイユの言葉にノアが崩れ落ちる。
「現状のボートも速いです。一時的とはいえ、それよりも速くなります。わたしが試したかぎりだと、10歳以上の部に採用は難しいかと。そのあたりもお父様と検討しないといけませんね。もしかすると強者の部だけでの採用になるかもしれません」
一般の部では採用されないかもしれない。
そうなったら、強者の部に参加しようかな。
「それじゃ、次に、これを水中に設置してきて」
箱の上部にプロペラがついている箱を渡される。
見た感じでは小さい扇風機? サーキュレーターに近い。
「もしかして、渦巻きを発生させる魔道具?」
「ええ、そうよ。これも、弱、中、強の3種類を作ったわ。渦巻きがどの程度発生したかと、ボートで通ったときの感想をちょうだい」
「分かりました」
「設置の仕方は、沈めて、先の紐についている魔石に触れるだけでいいわ。ただ、向きには注意」
「この紐の魔石?」
箱から紐が出ており、その先にはなにかがついている。
「それはスイッチと浮きを兼用しているわ」
「スイッチと浮き?」
「スイッチは言葉どおりに渦を発生させるための起動のスイッチ。そして、浮きの役目はどの場所に設置したか分かるように水中に浮かぶようになっているから、回収するときは、その紐を引っ張れば箱が回収できるわ」
浮きって、釣りをするときや、海に浮かんでいるブイだよね?
確かに沈めたら、回収が大変だし、渦巻きが止まれば、どこに沈んでいるか分からなくなる。
マーネさん、そこまで考えて作っているんだね。
「ちなみに、効果は1時間ほどよ」
「大会中なら、数回の交換で済みますね」
わたしとセレイユは渦巻きを発生させる魔道具を持ってボートに乗り込む。するとノアが声をかけてくる。
「わたし、渦が発生するところを見てみたいです」
「そうね。わたしもこの目で見たほうがいいわね」
「それでは、ここから少し行った先に、少し丘になっているところがあります。そこからなら確認ができると思います」
セレイユの言葉でノアたちは、その丘から渦を見学することになった。
ノアたちは話を聞くと、急いで小屋から出ていく。
マーネさんは微笑ましそうに後を付いて行く。
「それじゃ、わたしたちも行きましょう」
みんなのことはマーネさんに任せ、わたしとセレイユはボートを動かす。
セレイユが言った場所にやってくる。
岸に目を向けると、丘になっているところにノアたちが手を振っている姿があった。
わたしとセレイユはノアたちに向けて軽く手を上げると、マーネさんから預かった箱を手に持つ。
一番弱い渦巻き発生機だ。
わたしは向きを気にしながら、箱を沈める。そして、紐の先にある浮きについてる魔石に触れて、湖に放り投げ、少し離れる。
しばらく待つけど、なにも起きない。
「なにも起きませんね」
「湖が深すぎて、渦巻きが水面までこないのかな?」
「そうかもしれませんね」
「一番弱いヤツだったから、次を確かめてみるよ」
わたしは水面に浮かんでいる浮きを手にすると、魔石に触れ、スイッチを切り、魔道具を引き上げる。
次に威力が中の渦巻き発生機を沈める。
しばらくするとボートの周りに渦が回り始める。
「この上をボートで走るんですね」
「避けてもいいし、操縦に自信があるなら、通ってもいいし、自由だね」
「試しに走ってみましょう」
わたしたちはボートを動かし、渦から離れる。
そして、渦の上を試しに何度か走ってみる。
「走る場所によって、ボートの操作が変わってくるね」
「そうですね。渦の回転の向きに合わせると、楽に走れますが、渦と逆周りのほうから走り抜けると、大変です」
「レース中だったら、コースどりの争いになるね」
「ボートを操縦する人は大変ですが、見ている人は面白いかもしれません」
「そう考えると、渦巻きを設置する場合は、観客が見えるところに設置するといいかもね」
「盛り上がりそうです」
そして、動き回る浮きをどうにか掴み、渦巻き発生機を回収したわたしは、威力が強の渦巻き発生機を湖に沈める。そして、すぐに、大きな渦ができはじめる。
「あれは、確かめるまでもなく、危険ですね」
威力が強の渦巻き発生機は、大きな渦を作っている。
近寄れない。浮きなんてどこにあるかも分からない。
だから、止めることも回収もできない。
一時間待てば止るかもしれないけど、練習している人が近寄りでもしたら、危険だ。
「どうしましょうか」
わたしは少し考える。
まあ、セレイユはわたしのことを知っているし、他に見ているのはノアたちとマーネさんだけだ。
「壊してもいいよね?」
マーネさんには悪いけど、壊させてもらうことにする。
謝れば許してくれると信じて、わたしは氷の矢を無数に作ると、渦巻きの真上から下に向けて放つ。
氷の矢は湖の底に向かう。
しばらくすると、渦巻きが収まる。
「渦が消えました」
氷の矢が命中したみたいだ。
わたしは湖に浮かぶ浮きを手にすると、渦巻き発生機の魔道具を引き上げる。
渦巻き発生機の魔道具には一本の氷の矢が突き刺さっていた。
見えなくても、数撃てば当たるものだ。
でも、見事に壊れているので、動作しないと思う。
「相変わらず、凄いことを簡単に行いますね。しかも、上位魔法の氷魔法なんて」
わたしは魔道具に突き刺さっている氷をクマパペットで抜き取ると、氷の矢は湖に捨てる。
「それじゃ、一度マーネさんのところに戻ろうか」
わたしはマーネさんがいるところに向かって、声をあげる。
「戻るよ!」
声が届かないかもしれないので、最近学んだ風魔法を使って、声を届ける。
すると、ノアの声で「分かりました」って届く。
風魔法は必要はなかったかもしれない。
わたしたちは小屋まで戻ってくる。
わたしたちが戻ってくるほうが早かったらしく、ノアたちは戻ってきていない。
渦巻き発生機の魔道具をボートから降ろし、しばらく待っていると、ノアたちが戻ってくる。
「ユナさん、渦巻き凄かったです」
「作ったのはマーネさんだけどね」
「でも、最後のは大きすぎたわね」
マーネさんは壊れた渦巻き発生機を見る。
「ごめん、止めるには壊すしかなかったから」
「魔道具は壊れるものよ。それに、今回は実験段階なんだから、気にしないでいいわよ」
そう言ってくれると助かる。
「渦はできたけど、あんなに大きくなるのは予想外だったわ」
「一番弱いヤツは渦はできなかったから、弱すぎた感じだね。でも、2番目の強さはいい感じだったよ。それに一番強いやつも湖が深ければ使えるかもよ」
「それなのですが、初めに設置する場所を考えて、湖の深さを確認してから、強さを調整したほうがいいと思いました」
確かにセレイユの言うとおりだ。
底が浅いところと、深いところでは、同じ渦巻き発生機でも、効果は異なる。
「あと、思ったんだけど、時間で渦の強弱ができたら、面白いかなと思ったんだけど」
「どういうこと? 渦の強と弱を置けばいいんじゃない?」
「えっと、同じ渦でも弱くなったり強くなったりしたら、運が良ければ速く通れて、運が悪いと、渦に巻き込まれて、遅くなるかなと思って」
「つまり、前を走るボートが強い渦で遅くなるけど、後から通るボートは渦が小さいから、速く通れるってことね」
「差が縮まって面白くなるかもしれませんね」
「でも、その逆もありえるんだけど」
前を走るボートがタイミングよく渦が小さいときに通り、後を追いかけるボートが大きな渦に巻き込まれて、差が開く可能性もある。
「たしかにそうですね」
「練習をしたり、前もって、どこの渦が強いのか、弱いのか分かると、みんな、強い渦を避けたりするから、通るコースは同じになるでしょう。でも、強弱の付いた渦だったら、戦略が変わってくるでしょう」
わたしの説明に、セレイユたちは感心したように聞いている。
「まあ、実力がある人からしたら、運要素が入るのは嫌だと思うけど、実力が低い人にとっては、勝つ確率が少しは上がるかなと思って。どっちがいいのかはわたしには分からないし、判断するのはこのイベントに関わっている人たちだと思うから、判断は任せるよ。それ以前に渦の強弱ができるか問題もあるけど」
「可能よ。魔法陣に時間を組み込めばいいだけだから」
できるんだ。流石、マーネさんだ。
「それじゃ、わたしは魔石作りをするから、セレイユは父親と話し合って、ここで話し合ったことを決めてきなさい」
「分かりました」
「いまさらだけど、そんなにいきなりルールやコースを変更しても大丈夫なの?」
「問題ありません。毎年、変更していますので」
そんなものなのかな。
まあ、悪いところを修正して、新しいことを取り入れることはよくあることだ。
「でも、遅すぎるとあれですが」
すでに、遅いと思うのはわたしだけだろうか。
「なので、わたしは家に戻って、お父様と相談してきます」
セレイユは着替えるために個室に向かう。
「マーネさん、まだ、なにか手伝うことってある?」
「もしかして、手伝ってくれるの?」
「まあ、わたしが言い出したことだし、なにか手伝えることがあれば、手伝うよ」
「その言葉はありがたく受け取らせてもらうわ」
マーネさんはニコッと微笑む。
もしかして、早まった?
渦巻き発生機も完成しました。
あとは細かいコース作りとルールですね。
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