977 クマさん、初心者用のボートに乗る
それぞれ、ボートに乗ると練習を始める。それだけ楽しみにしていたってことだろう。
わたしも負けていられない。
元ゲーマーとして、勝負を挑まれたからには勝ちたい。
なにより負けるのは悔しいからね。
わたしはハンドルを握り、魔石に魔力を込める。
ボートがゆっくりと動く。
少しずつ魔力量を増やす。
速度が上がる。
「これが最高速度?」
魔力を込めても速度は上がらない。
体感的に速度は……遅い。
自転車で立ち漕ぎ速度よりも少し速いぐらいだ。(参考資料は一般的な中学生女子だった、体力が無いわたしだ)
それもこのボートが練習用だからかな。
これは早々に初心者用は卒業して、通常のボートに乗ったほうがいいかもしれない。
とりあえずは、ボートの操作感覚を掴むことにする。
実際に車もバイクも運転はしたことはない。あるのはゲームだけだ。
現実の乗り物なら自転車ぐらいだ。
わたしだって、自転車ぐらい乗っていたよ。
でも、舵輪と呼ばれるハンドルは車に近い。
ゲームでもハンドル型のコントローラは扱ったことはあるけど、ハンドルを使ったことはあるのはそれぐらいだ。まずは、慣れないとダメだ。
どのくらいハンドルを動かしたら、曲がるか確認。
初心者用ってこともあって、速度も遅いのでボートの乗り方も分かってきた。
周囲を見ると、みんなも同様のようで、ノアがみんなに声をかける。
「フィナ、ミサ、どうですか?」
「思っていたよりも簡単です」
「ですが、馬と視界の高さが違うので、少し怖いです」
ミサの言葉にフィナも同意する。
それって、見える範囲が違うからかな。
なにかで聞いたことがあるけど、バスやトラックは座席が高い位置にあるため、前が見やすいから運転がしやすいと聞いたことがある。
その逆にF 1などのスポーツカーは空気抵抗を減らすために、地面スレスレで運転が難しいと聞いた。
どっちも経験がないわたしには、そうなんだ。その程度の感想だった。
「それはわたしも思いました。でも、馬と違って、自分の思い通りに動かせるので面白いです」
馬は生き物だ。
乗馬が上手い人なら馬を自由自在に操れるかもしれないけど、そこまでの実力を身に付けるには時間がかかる。
さらには馬との相性もあるし、性格もある。おとなしい馬もいれば、気性が激しい馬もいる。その点、ボートは魔石に魔力を流すだけで、前に進み、ハンドルを回せばボートは曲がる。
ノアの言うとおりに運転は簡単だ。
馬に乗った事がないフィナなら、なおさらそう思うかもしれない
「それでは湖を一周しましょう。湖の確認もしたいですから」
「はい」
「行きます」
ノアを先頭にフィナとミサが着いていく。
シュリを乗せたマーネさんのボートは、すでに湖一周に行っている。
残ったのはセレイユとわたしだけだ。
「ユナ、どんな感じですか?」
ボートに乗ったセレイユが近づいてくる。
「動かし方は分かったよ。あとは、最高速度で曲がれるかどうかだね」
「わたしもです。ノアールたち同様に湖を一周しましたら、通常のボートに乗り換えましょうか」
それには賛成だ。
初心者ボートは卒業して、通常のボートに乗らないと練習にならない。
最高速度が違うなら、曲がり方も変わってくる。
それは車のレースゲームで確認済みだ。
わたしはセレイユと一緒にコースの下見を含めて湖を一周することになった。
「湖を速く回れる勝負をするんだよね」
「ええ、そうですよ」
「どうやって、競うの?」
「まずは予選があり、各自で走り、タイムが速い上位が決勝に行けます」
「予選なんてあるんだ」
「参加人数が増えたので、導入したそうです。それに、言ってはあれですが、タイムが速い人と遅い人が勝負しても、つまらないので」
まあ、自転車とバイクの勝負を見せられてもつまらないよね。
遅い人がふるいにかけられて落とされるのもしかたないことだ。
「つまり、お互いに予選を勝たないと戦えないってことだね」
「そうなりますね。逆に、2人とも予選を落ちる可能性もありますが、そのときは寂しいですが、タイム勝負になるのでしょうか」
確かにそれは寂しい。
最低でも予選は勝ち抜きたいところだ。
でも、わたしもセレイユも初心者だ。
他の参加者の実力次第では予選落ちもありえる。
わたしとセレイユが会話をしていると、その横をもの凄い速さで通り抜けていくボートがある。
あれが通常のボートの速さみたいだ。
あの人も大会に参加する人なのかな?
わたしが乗るボートは遅く、追いつくことはできない。
そんなボートを見ながら、ゆっくりと進む。
途中で複数の小島に遭遇する。
「ここ、危険じゃない?」
もの凄い速さで小島にぶつかったら転覆するかもしれない。
ここは速度を落として通らないといけない。
「はい。初めてのときは、怪我をした人もいたそうです。でも、小島を見てください」
セレイユに言われるままに見る。
「滑らかな坂になっている?」
わたしたちが進む方向から小島に向かうと、滑らかな上がり坂になっている。
砂浜みたいな感じと言うのかな。
「ボートで突っ込んでも、小島に飛び上がるだけです。小島を削って、危険がないようにしたと聞いています」
確かにこれなら、小島に突っ込んでも大丈夫そうだ。
一種のジャンプ台だ。
「でも、着地したときの衝撃が大変そうだけど」
「そのあたりはマーネ様がボートを改良してくださったので大丈夫と聞いています」
「改良?」
「ボートは衝撃を和らげる素材で包まれているそうです。なので、ボート同士や壁にぶつかったりしても大丈夫と聞いています」
「いるそうですとか、聞いていますとか、本当にセレイユは関わってこなかったんだね」
「申し訳ありません。知識だけは詰め込んだのですが。実際のところは見ていませんので」
これは一度は確認した方がいいかな。
「それじゃ、確かめてみよう」
わたしは魔石に魔力を込め、ハンドルを切り、小島に向かって走り出す。
ボートが小島に乗り、坂に乗り上げる。そのままの勢いで、ボートは飛び、水の上に着地する。
思ったよりも、衝撃はない。
速度が上がれば衝撃も強くなるはずだから、通常のボートでも要確認だね。
それから、セレイユと湖を周り、何箇所か気になるところもあったけど、コースは把握できた。でも、問題点がある。
「う〜ん、これって」
「どうしたのですか?」
「いや、これって先頭に立ったら、そのまま勝ちじゃないかなと思って」
障害物らしきものが少ないから、前を走るボートの距離が縮まらない。
速度も同じだ。
でも、速度を変えても、先頭が走るボートが一番速かったら、追いつく事はできない。
「はい、そうです。お父様も盛り上がらない部分とも言っていました。一応、去年よりは改良点を加えているらしいのですが。どこをどうしたらよいか悩んでいました」
そうだよね。
レースゲームでも、先頭を走っていたら、事故らないように気をつけて走るだけだ。
妨害でもあれば面白いんだけど、それだと危険だ。
これはゲームではない。現実だ。
「わたしもお父様から相談を受けたのですが、参加は今年が初めてなので、よい意見も思い浮かばず。……ユナ、何かしらアイデアはありますか?」
「いいアイデアね……。あっても、今更、追加できるの?」
「簡易的なことなら、可能だと思います」
「思いつくのは、障害物とか妨害だけど」
「障害物に妨害ですか。少し危険ですね」
だよね。
「あとは、ブーストかな」
「ブースト?」
「一時的な強化って意味だよ。例えばだけど、ハンドルじゃなくて、舵輪の中央に魔石を付けておいて、それに触れると、一時的に速度が上がって、前を走るボートの距離が縮まるとか。どこで、ブーストするかは、ボートに乗っている本人次第。カーブで使うのか、さっきの小島のジャンプ台で使うのか、最後の追い込みの直進で使うのかは、乗り手次第」
「面白そうです。ユナ、凄いです」
いや、キノコを食べると一時的に速くなるレースゲームを参考にしただけだよ。
流石に、物をぶつけたり、バナナで滑らせたり、空気砲みたいに魔法で攻撃はできないけど。
キノコの加速ぐらいなら、現実でも真似ができそうだ。
「ほかにはありますか?」
「後方のボートが前を走るボートよりも、ほんの少し速度が上がるようにするとか?」
他のゲームで、レースを面白くするため、後方の車の速度が上がるゲームがあった。
なので、先に行かれても、徐々に距離が縮まって、勝負を分かりにくくする。
だから、ゴール近くで差し抜くこともあった。
「まあ、そんな構造はできないと思うけど」
ゲームだから順位や相手との距離を把握できるから、プログラムで調整はできる。
でも、現実だとできないと思う。
だけど、セレイユはわたしのアイデアに目を輝かせている。
「面白そうなアイデアですね。戻ってマーネ様に相談しましょう」
セレイユはボートを加速させる。
できるかどうかは、マーネさん次第ってことらしい。
わたしたちが桟橋まで戻ってくる。
湖は大きいとは分かっていたけたけど、一周するのにそれなりに時間がかかった。
このボートが遅いことも原因だ。
「セレイユ様、マーネ様、初心者用の操作の仕方は覚えました。普通のボートに乗りたいです」
先に戻っていたノアがセレイユに声をかける。
ノアの言葉にフィナとミサも頷いている。
こんなに積極的なフィナとミサも珍しい。
それだけ、ボートが楽しかったってことだろう。
わたしも楽しかったし。
「そうですね。予約も入れておきましたので、大丈夫です」
「予約?」
「大会には、わたしたち以外にも参加する人たちがいますので、ボートを練習するには予約が必要になっています」
確かに、大会に参加するのはわたしたちだけじゃない。
「それでは、長い間、練習はできないのですね」
「ごめんなさい。わたしたちだけ多く練習すると、批判を受けることになりますので」
練習をしたい人もいる。
でも、わたしたちだけ練習をしていたら、ずるいってことになって、非難を受けることになる。
特に、セレイユの場合は、この街の領主の娘だ。特権と言われてしまうかもしれない。
「とりあえず、時間の制限はありますが通常のボートの練習はできますよ」
セレイユの言葉で、ノアたちはボートを乗り換える。
ゲームやアニメ、漫画を参考するユナ。
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