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手に持つ短剣の向きをくるりと変え、青くなりながらブラントを見るヨードの隙を見て元の位置に戻してやる。ぼそっと一言告げながら。
「もう、私たちに絡まないで」
「っな!話は終わってな...!」
「──明朝、日の出と共に出発する。楽しむのは一向に構わないが、フェリシア嬢をお守りする任務は遂行中だ。乱痴気騒ぎを起こすな。酒はほどほどにしておけ。」
ブラントはもう私を見ない。
淡々と、ご令嬢のためを思い動くだけ。
「分かったな」
釘を刺すブラントに、方々から騎士たちの返答の声が上がる中、私はブラントの横を通りすぎて談話室を出た。
カツカツカツと自分のブーツの音が廊下に響き渡る。
その場から逃げるように出て行く私を、誰も止めなかった。サヴィもメンバーみんなも、気遣うような視線を送ってはきていたけれど。
しばらくして、それを追う音が背後から聞こえてきた。私たちの寝室が準備されている3階に差し掛かった所で追いつかれ、何か話があるのだろう、と振り返る。
「サヴィ、今は1人に──...っ!?」
サヴィじゃ、ない...!
じっと見下ろす黒曜石の瞳につかまる。
その瞳の奥から読み取れる感情がわかる前に、その場から逃げ出そうとするも、私は腕を引かれ、近くの部屋へと連れ込まれてしまった。
☆
あの日、ブラントはただ哀しそうな目をして私を見下ろしていた。
あれから3年たった。私は、変わった。
なのに、ブラントはまたあの時と同じ目をして私を見ている。
特別な存在になりたいと、こんなに願っているのに。
私たちが入った部屋は、荷物一つ置かれておらず、誰にもあてがわれていないようだった。
シワひとつないベッドが2台置かれてある部屋の扉をきっちりと閉めておいて、ブラントは心配の色を瞳にのぞかせる。
部屋に入ると同時に離された腕に、大きく気持ちを揺さぶられていた私の気持ちは急激にしぼみ、苛立ちへと変わってしまった。
「なぜ、こんな事をしている」
なぜ?
この期に及んで、貴方がそんなことを聞くなんて。
「ご挨拶ね、ブラン。散々私のこと居ないものとして扱っておいて、最初に言うことはそれだけなの?」
「......。任務中だった。」
「今だってそうでしょ?」
「あんな騒ぎが起これば別だ」
「任務中だからって......っ!」
無視すること、ないでしょう。
そんな思いと共に見上げたブラントは、3年前よりもずっと大人になっていて、めまいがしそうに思えるほど、素敵な男になっている。
ただ、その瞳だけは変わらずそこにあって、同じ色合いをのせて私を見下ろす。今も変わらず、妹を見るようでいて、哀しそうな、そんな目で。
私は、泣いてしまいそうになる自分を奮い立たせる。
「私のこと、いつから気づいてたの」
「初めから。」
「完全無視だったっ!」
「......ごめんな、リリー」
少しだけ眉を下げて、困ったように謝る癖は今も変わっていない。
久しぶりに呼ばれた名前に、少なからず動揺させらる。
「......っ。私は、謝らないから。談話室でのことは、ヨードが悪い」
「......俺の監督不足だ。すまなかった。後できつく言っておく」
ブラントは、大人だ。
今も変わらず。
昔から、ずっと。
「べ、別にもう、気は済んだから...」
「いつもあんな感じなのか?」
「...あんな?」
「危なっかしすぎる」
「いまさら」
思わずふと笑うと、ブラントは眉を寄せて、心配そうな顔で私を見た。
だけど、本当にそうだから仕方ない。
「今更よ、ブラン。私はそんな危なっかしい日々を送ってるの」
「......、」
「でも私は大丈夫。あの頃の私とは違うし、仲間もいるから。心配しないで」
「心配しないなど、無理だ」
「ずーっと、私のこといないように扱ってたのに?」
ちょっと意地悪を言ってみる。
案の定ブラントは言葉に詰まった。
「私と昔馴染みだって知られたくないの?」
ブラントは答えないけれど、それが答えのようなものだ。だがどんな理由があるにせよ、気に入らないことには変わらない。
「まあ、いいわ。」
そんな苛立ちを消すように、私は大人の対応を心がけた。
「──改めて。久しぶりね、ブラン。」
「ああ...。元気だったか?」
どこか無理している私とは違い、ブラントは今も私に寛容で優しい。動じず、乱されない。
あの女になら乱されるの?
どうしたら、いつまでも兄のような貴方を困らせられる?
3年ぶりに会ったというのに、「綺麗になったな」とか、「驚いた」とか、「冒険者なんてすごいな」とか...。
何にも言ってくれない。
私はいつまでもブランの妹的な存在で、何をどうしても、この気持ちは報われないの?
そんなことを考えていると、ブラントが思わずといった様子で、くすりと笑った。
深刻な気持ちでいた私は、当然面白くない。
つい昔の調子で言い返してしまった。
「なに笑ってるのっ?」
「いや、変わらないなと思って」
ブラントの指先が自身の形の良い唇を指さし、私は自分の唇が尖っていたことに気づいた。拗ねた時の昔の癖だ。最近は全くそんなことしてなかったのに......!
悔しくて涙目になりそうになっていると、ブラントは少しかがみ込んで私を覗き込んだ。
「綺麗になったな、リリー」
「......っ!!!」
この男は!ずるいのだ...。
けれど、本当に大切なことは、きっと何もわかっていない。
「黒髪にしてるのは、ひょっとして俺のことが恋しくて染めた色か?」
「──。」
冗談めかしたブラントの言葉に、更に苛立ちが顔をもたげる。気づけば、昔の私だったら絶対に返さない言葉をぶつけていた。
「そうだよ?この髪色はブランの瞳の黒」
「......。」
黙り込んでしまったブラントに近づき、今度は私がその黒い瞳を覗き込んだ。
「ねえ、ブラン。本当に、ただ単に私が冒険者になりたかったから、今こうしてるんだって、思ってる?」
ブラントの表情が暗くかげる。私が冒険者をしていることを心よく思っていないのだ。
「なぜ冒険者を選んだ?」
よりにもよって、と続きそうだ。冒険者だった両親を失ったのだから、ブラントからそんな反応が返ってくることは想定内だけれど。
「ブランがそれを言うの?守られるばかりの女は退屈だって、私の前でそう言った!」
「......そこまでは言ってないが...確かにそう思わせるように振る舞ったのは認める」
「それは、なんで......?」
「もう、終わった話だろ。蒸し返す必要はない。それより今は──...」
「ぜんぜん終わってないっ」
大きな声を出したからなのか、私の言葉を聞いてなのか、ブラントが驚いた顔をして私を見ている。
冷静でいようとしたけれど、やっぱり無理だ。
「勝手に終わらせないでよ...」
「...リリー?」
「見えてないフリなんて、もうしないで」
ブラントが何も言えずにいる今のうちに、全部ぶつけてやる。
「妹みたいな存在なんて、もう、たくさんだよ。本当は気づいてたでしょ?キスしたとき、目が合ったよね?なんで知らないフリするの?私が今こうしている理由だって、本当は分かってるはずなのに、知らないふりしてる。どうして?......迷惑、だから?」
「......。」
また何も言ってくれないの?
なら、なんで。
「なんで追いかけて来たの」
「...それはお前を、」
「心配だったから?」
「ああ。当たり前だろ?」
そんなの欲しくない。
「じゃあ追いかけて後悔したでしょ?まさか私がこんなこと言うなんてって」
しんと部屋の中が静まり返る。
「なにか言ってよ...」
「......リリー」
「私、ブランのこと、好きって言ってるの」
決死の覚悟で言ったのに、ブラントは言葉に詰まって、難しい顔をするだけだ。
「少しでいいから、私のことも、見てよ」
「リリー、──...」
「──ブランのバカ。」
ブラントの唇が開こうとするのを見ていると、勝手に涙があふれた。黒い瞳が素直なのは今も健在で、私に答えられない、と物語っている。
「私のこと、嫌い?」
「嫌いなわけ、ないだろ...?」
「私、魅力ない?」
「可愛いと、思ってるよ」
ずるい男め。
「女として?」
「......。」
「......っ!あーあ!!今の私でもダメかあ」
「リリー、すまな...」
「待って」
私は伸び上がり、両手でブラントの口を塞いだ。
怪訝そうな顔をするブラントに、不敵な笑みを向けてやる。
「私、あきらめないから」
手を離すけれど、ブラントは何も返してくれない。
「あの女婚約者いるよね」
「......!」
婚約していることは、風の噂で知っていた。
フェリシア嬢は関係ないって、言ってくれないの?
ただ仕えているだけだって。
そんな私の責めるような視線に気づいたからか、ブラントは付け足すように答えた。
「俺はフェリシア嬢の専属護衛騎士だ。ただ、それだけだよ。」
「......そう。でもブランって呼ばれてるんだね」
「それは、」
「──私がとやかく言えたことじゃないけどね。」
ついキツイ言い方で遮ってしまった。
ブランと呼ぶのは、あの街で私だけだったから、結構ショックだった。けどきっと、私のそんな独占欲は滑稽に見えることだろう。
「だけど、ごめんね、ブラン。ブランのこと諦められるなら、3年前のあの日にとっくに諦めてたし」
あの、めちゃくちゃな日に。
だけど、ブランへの気持ちはなくならなかった。
再会してまた思い知らされた。
ならば、たとえばむくわれなくても。
「私この3年でものすごく根性座っちゃったの。だから、迷惑なら本気で抵抗してよ。そうしたら、しょうがないから今度こそ諦めてあげる。だけど、」
さっきから一方的に喋ってしまっている私を、ブラントは呆気に取られたように見てる。
仕方ないよね。だって、昔の私だったらこんなことにはならない。せいぜい誤魔化しの笑顔で取り繕って、1人になった時にコソコソ泣くくらい。
「今みたいなブランだったら、つけ込むよ?だから、嫌いだって、言ってよ」
ブラントは気づいてるかな、前よりは根性座ったけど、足が震えそうになってること。
答えられないなら、前みたいに冷たく突き放して欲しいよ。あのまま、私のことは最後まで知らないフリして、追いかけて来ないで欲しかったよ。
だけどきっと、こんなに苦しそうな顔するブラントはそんなこと言わないんだよね。
私のこと大切に思ってくれてるのは、分かってる。それが私の欲しい感情じゃないってことも。
「言えるわけないだろ。お前のことは昔から、いも...」
「妹みたいとかそんな言葉で片付けないでよ?どうせそんな言葉遊びみたいな言葉で牽制するくらいなら、さっきみたいにくすぐったくさせるようなテクニックで誤魔化したら?」
このままじゃ、喧嘩みたいになっていく。
ミミリスみたいに上手く立ち振る舞えればいいのに。あんな風に、レストみたいに、夢中にさせて...。
でも、止まらない。
少しずつ険しくなっていくブラントの顔をながめる。
もっと、私のせいで冷静になれなくなればいい。
「昔のブランだったら、きっとさっきみたいに『綺麗になったな』とか、そんなこと言ってくれなかったよね。ご令嬢の騎士になって、社交界でどんなことがあって、そんな口の上手いブランになったの?」
「なに言って...」
ひどい言葉がどんどん出てくる。
ブラントを傷つけるような、そんな言葉を選んで。
「今回の依頼だって、なんで避けなかったの?私たちのパーティ名なんて、『クク・クッキー』って。ブランのために私が作ったクッキーの名前だよ、ブランなら気づいたでしょ?いつもご令嬢、ご令嬢って...。そんなに大事なら、私たちパーティに関わらないようにしてくれれば良かったのに。私が指くわえて黙って2人のこと見てるとでも思った?」
うそだ。
たぶん、こうして話す機会でもなければ、私はきっと指をくわえてただ見てた。
だけど、こうして話してしまえば、夢に見るほどずっと恋しかったブランが目の前にいたら、ブランを忘れられずにいる自分に負けてしまう。
「ブランが私のこと嫌がらないなら、ブランと過ごせたはずの3年間を、あの女から取り戻すから。」
知らない女でも見ているような顔で、私を見るブラン。
もっともっと、ブランの中にいる『妹の私』を、消してやりたい。
「こんな風に私と再会したこと、後悔しちゃえばいい。」
そう言って、私はブラントを引き寄せ、キスをした。
避けられると思っていたのに、すんなりと成功したことに動揺する。
だから、ブランとの初めてのキスは、歯と歯ががちんとぶつかる不恰好で不器用なキスになってしまった。
唇を離して、私は間近で見つめる黒曜石を閉じ込めたブランの瞳に、自分を映し込む。そこには、涙で頬を濡らして顔を歪めている、死ぬほど格好悪い自分が見えた。
「今度は、なかったことにさせないから。」
驚きすぎて呆然とするブラントなんて初めて見た気がする。
私は精一杯、自分が1番綺麗に見える笑みを向けた。




