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屋敷の治療室から退出する間際に、サヴィからとんでもない提案をされた。今からご令嬢と夕飯を共にするらしいのだけれど、私も一緒にどうかという提案だった。
なんでも、寝室の案内時にそのような話をヨードからされたのだとか。ということは、サヴィでもヨードでもなく、ご令嬢直々のお誘いということになるのではないか。
そこまで考え、私は思考停止させた。
面倒な予感しかしないからだ。
「ごめんパス。」
背後で何か言っているサヴィに背を向けて、私は夕食にと案内されていた談話室へ向かった。
令嬢からまた面倒なことを言われることも承知の上だったが、ブラントを隣に侍らせた女と仲良く食事など、とてもできそうにない。自分の言動に自信がない。心の準備もない。
逃げるように背を向けて、心の中でサヴィに謝る。
きっとサヴィならご令嬢の対応もそつなくこなしてくれるだろう。あとが怖いが...。
談話室へ入ると、何人かがすでに各々でくつろいでいた。暖炉が備えられた部屋には、カウンターとテーブル席があり、大きな街によくある上品な酒場のような造りになっていた。片側の壁には飾りではない本物の本棚が壁一面に設置されており、暗めの灯りに照らされた談話室の雰囲気を、更に落ち着いたものとしていた。
「あっ!クク〜こっち〜!」
洗練された空気を破って、そんな緊張感のない間延びした声が私を呼ぶ。
シュリーの声のした方を見ると、カウンター近くにある4人掛けテーブルにメンバーみんな集まっていた。すでに酒を飲み始めているようだ。いつも酒場へ行く時と同じように、手元にはエールが置かれている。
「先に始めてたわよ」
「お前おせえんだもん。腹減ってよ、悪いな」
「別にいいよ、そんなの」
皆マイペースなので好き勝手行動するのはいつものことだが、こういった声掛けは必ず互いにしている。ここまで何事なくやってこれている理由のひとつかもしれない。
談話室には、私たち以外に御者メンバーと騎士が数名いた。カウンター内に執事のような格好をした男女が2人待機していて、頼んだ物をカウンターへ取りに行く仕組みになっているようだ。
夕飯を適当に注文し、頼んだエールを片手に談話室内を横目で観察する。
騎士たちは交代で護衛にあたるらしく、その数は半数ほどだった。ブラントやヨードの姿はまだない。きっとまだサヴィとご令嬢が食事する場にいるのだろう。
「遅かったじゃない」
「まあ...積もる話があって」
見透かすような目をしてミミリスが私を見ている。
私は反撃するつもりで返した。
「私最近肌にちょっと不調があるんだけど、レストは大丈夫そう?」
「不調って?」
「......肌にぶつぶつとか?ククの後遺症みたいな?」
「別にないわよ」
赤い唇をにやりとさせて、ミミリスが私の顔を覗き込んできた。
「なに?やっとそういうのに興味持ってきたの?それともレストに?」
「ちょっとなんでそうなるわけ?」
思わず、エールとつまみのおかわりをしに行くレストの背中を見る。
私の目の前に座るシュリーが、黙ってエールをあおるが、その瞳は興味深そうに私たちに注がれていた。
「私たちは結構いろいろ話すの。真面目な話から話したくもないようなことまで全部。意外でしょう?」
「「......。」」
妖艶な笑みを浮かべながら頬杖をつく美女を、私とシュリーは呆れ顔で見た。他の男がどうかは知らないが、あの適当な男がミミリスに真面目に向き合う姿を間近で見ていて、その真意に気づかぬ方が無理というものだ。それは、ミミリスも例外ではない。
「レストの肌がみたいんでしょ?私は気にしないからいつでも良いわよ?レストもククなら構わないんじゃないかしら。それに異性との交流があれば、私たちの良いスパイスにもなるわ」
「げっ!見たいわけじゃないっ!」
「残念。」
ふふふと目を細めて笑うミミリスは、心からそう思っているらしい。レストとミミリスがいつからこんな関係になったか、詳細は知らないが、きっと1年ほど前にはあやしい感じはあった気がしている。
「け、倦怠期?」
ちょっと心配になって聞いてみるが、そういう事でもないらしい。ミミリスの性格は分かるようになってきたが、男女関係に関する考え方は理解できる気がしない。それを分かっているからか、ミミリスは私の言葉に「ふふ」とただ微笑んだ。長年一緒にいても慣れない色気に、未だにあてられそうになる。
「私も好きにしているから、レストに悪くて」
「レスト......。」
「甲斐性とは...?」
私たちは青くなったり赤くなったりしながら、ミミリスの話を聞く。そして、ミミリスに振り回されるレストを見るたびに交わしたセリフを、今夜も吐き出した。
「「ほんと気の毒...」」
「嫌なら離れれば良いだけの話じゃないの」
「「......。」」
戻ってくる男を、3人で無言のまま見る。
「なんだよ?」
レスト、がんばれ...。
そうこうしている内に、騎士の顔触れが増えてきた。ヨードの姿もあるが、ブラントはまだ来ないようだ。ひょっとして、すでにご令嬢と夕飯を共にしていて、今夜はそのまま護衛の任務に就くのかもしれない。
暗い気持ちでエールをちびちび飲んでいると、椅子を動かす音がした。
「やあ、何か不便などないかな?」
いつの間にやって来たのか、サヴィが私たちのテーブル席に参加した。私の隣を陣取り、エールを置く。
私は横目でサヴィに挨拶した。視線に気づいたサヴィも、恨みがましい視線を向けてくる。
「おつかれー。」
「大変だったぞ。フェリシア公爵令嬢からお前のことを根掘り葉掘り聞かれてな」
「なんでだ?」
レストの疑問と共に、メンバーの興味が一気に私たちへと向く。
「何故かは大体みんな予想できてるんじゃないか?」
「......。」
「──いっせいにこっち見ないでよっ」
絶対に面白がっている。厄介事でしかないのに。
メンバーリーダーとしてただ興味があるなら、そこまで執拗にはしないだろう。
ククのことを聞きつけたか、そうでないなら、それはブラント関係くらいしか思い当たらない。そうならば、ご令嬢は私とブラントが幼馴染という事を知っているのもしれない。
美しく成長したブラントの騎士姿を思い起こす。旅の間、ブラントに高慢に接する場面を何度も見かけたが、そこにご令嬢の執着を感じた気がした。
「あー...人の気も知らないで。」
むしゃくしゃして半分以上あるエールをあおると、おかわりを貰おうと立ち上がる。
私のやさぐれた空気に便乗して、レストも私に続いた。
「おーおー!今夜は飲もうぜえ!」
「レスト、重い...。」
私の肩に腕を回し、カウンターへ歩き出す。背後からサヴィも続いた。
エールや注文品を待っている間、レストが私の首に下げられたネックレスに触れた。
「これ、なんだ?サヴィ」
「祖父から貰った形見を貸し出したんだよ」
「そんな大事なもんいいのかよ?ん??よく見るとこのシャツもククのじゃねぇだろ?あとお前さっきと格好が違うじゃねえかよ?ナニしてたんだよ、んん??」
「レスト......。」
私は哀れみの視線をレストに向けた。私ほどではないが......。いやある意味私よりも不憫かもしれない。
「勝手に想像していろ」
状況を把握した様子のサヴィは、ため息混じりにレストをあしらう。
レストのこの絡みは、酒に酔っているからではない。
私たちのテーブル席の隣から、さっきからミミリスたちに絡んでいる男たちのせいだ。
シュリーは軽い調子であしらっているが、ミミリスに至っては、男どもが喰われてしまいそうな妖しげな目つきをして相手をしている。
「レスト、気になるなら私に絡んでないで直接行けば?」
「別に、気になってねえ!」
「だから重いって!レスト」
「レスト、お前はデカすぎる。乗っかるならミミリスだけにしておけ」
「今その名前を出すな!」
どうでも良いことを3人で話していると、不自然にミミリスたちに背を向けたレストの向こうで、こっちを見て悪戯っぽく笑みを浮かべるミミリスと目が合った。
これは敵わないよねえ...と、本人はそういうつもりではないみたいだが、一生懸命意識を逸らそうとしているレストを見る。
同情心でいっぱいになった私は、無意識にもミミリスの気を引こうとしているレストの好きなようにさせておくことにした。
「エールを」
人が増えたからか、注文品をなかなか受け取れずにカウンターでたむろする私たちの横に、疲れた顔をしたヨードがやって来て目が合った。元々タレ気味の目が、酒のせいかとろんとしている。
顎を引き軽く挨拶すると、不快そうな視線を返してきた。
「フェリシア嬢のお誘いを受けずどんな用事があるかと思えば、男あさりとは...」
「──は?」
「あちらのテーブルでもところ構わず男をはべらしているようだし、まさか男に困っているのか?」
「......。」
うつむき気味に一歩前に出る私を、レストとサヴィが本能的に左右に避けてよけたようだ。
「お、おい、クク...」
「クク?ここは祖父の愛用していた談話室で......」
背後からそんな声掛けが追いかけてくる。
腹から込み上がるいら立ちをぶつけるように、低い声が喉からもれる。
「いま、なんて言った?」
私は知らずにすごんでいた。
急に雰囲気の変わった私に驚いた様子で、ヨードの体がびくりと跳ねる。
「誰が男あさりついでに仕事してるって?」
「あ、いや別にそこまでは言ってな......」
「私がアンタのだぁ〜いじなお嬢様の誘いを断ったことがよっぽどお気に召さないらしいな?そんなに気に入らないならアンタ自身が行ってご機嫌を取っていろ」
「な、なんだと!?」
ヨードの頬がかっと赤く染まる。
私はその様子を観察して目を細めると、皮肉そうに見える笑みを浮かべてみせた。挑発するようにヨードを見上げる。
「私たちはアンタらみたいに貴族に仕えているわけじゃない。仕事以外の時間くらい自由にさせていただきたいものだ。なんなら男あさりだろうがなんだろうがとやかく言われる筋合いはない。私たちは自分たちの足で立ち、自分たちの責任で死ぬ道を生きてる」
「......生意気な口をたたくのも大概にしておけよ」
ヨードの目が完全にすわった。
「我ら貴族を、騎士を、愚弄しているのか?」
ブラントの騎士姿を思い浮かべるとともに、少し言い過ぎたかもしれない、とよぎった気もした。が、ブラントがよぎったからこそ、余計に取り消してたまるかといった気持ちにさせられた。何せブラントは、泣いてすがる私を、家族との日常や街など全てを捨て、貴族令嬢に仕える道を選んだのだ。その事実はずっと私をさいなんでいる。
「貴族に縛られない生き方を選んだ私たちにとやかく言うなと言いたいだけ」
「ふん。」
謝罪はしないが、若干トーンダウンした私に鼻白んだ様子で鼻を鳴らしたヨードは、私の背後にいるだろうレストとサヴィを眺めてから、にやりと言った。
私の方へと手を伸ばす。
「心底生意気な女だが、気の強い女は嫌いじゃない。いつも同じ顔ぶれでは飽きるだろう。たまには違う味も覚えたらどうだ?」
レストとサヴィを品定めしたのだろう。2人は十分に容姿の整った見た目をしているが、こう言うだけあって、ヨードの容姿も整っている。ブラントが段違いすぎてかすんでいるだけなのだな、とどこかで冷静な自分が評価した。
そんな自分の冷静すぎる思考とは裏腹に、反射的に動いた体が、私の顎に伸ばされた手を避け、男の腰に下げてある短剣を抜いて、下方から柄の先をヨードの顎下に当てた。
ヨードを始め、サヴィたちだけでなく、その場にいる全ての人間の意識が、完全に私たちに向けられたのを感じる。
私は構わず続けた。驚き固まってしまったヨードの顎に柄の先を固定したまま、顔を近づける。腹が立っているのに、笑みがこぼれた。
「──けがれた男の手で私に触るな。ヨード」
意味深に名を呼ぶと、不快そうに眉を寄せ文句を言う。が、その直後にヨードは目を見開いて大声を出した。
「......さっきから男に触られてたくせに何を今更......!?なっ、お前っ、──リリア!?」
これ以上絡まれると面倒だからヨードに分かるような態度を取ったくせに、実際そうした自分に、また面倒事を増やしてしまった、と深いため息をついた。
一気に酔いがさめたような顔をするヨードに、苛立ちが萎んでいく。
めんどくさい。もう部屋戻ろうかな。
「なんだそのふざけた髪色は!?」とか「いったい何を考えている!?」とか、ヨードが何やら言っているが。
そんなことを考えていると、首筋にぴりっとした強い視線を感じた。その方角へと顔をめぐらす。
「......ぁ...っ!」
ブラントがいた。黒曜石のような瞳が、談話室の暗い灯りを反射させてゆらりと光る。
いつから?最初から?
どのタイミングにいたのだろう、とそんな考えがよぎる。だが、そんなことよりも。
──きづいてる。私に。
今ヨードが私を呼んだからではないと、何となく分かった。
きっと、最初から。
分かっていて、私たちと今日まで共にいたのだ、と。
そんな目をしている。
私なんて眼中になかったんだ。分かってたくせにちっとも目を合わせてくれなかった。私を見てくれなかった。
なのに、なんで今。
1番、いて欲しくなかったタイミングで。
黒い瞳がふと私からそらされた。
私ははっと我に返り、絡め取られていたかのように動けなくなっていたことに気づく。
談話室の入り口付近にいたブラントは、誰にともなく、低く警告した。
「そこまでだ。」




