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来い、と言われたものの、ヴェゼル一族の隠れ里など何処にあるか分かるわけがない。
とにかく、分かるようにするとサヴィが言ったからには、なにかのアクションがあるはずなので、大人しく待っておくことにする。
そろそろヨードあたりが痺れを切らして何か言ってくるかもしれないと思った頃に、濃い霧が立ち込めてきた。一方向にのみただよう霧が、誘うように私たちの目前に現れた。
「あれか」
前方からレストの声がして、皆でレストの後を追うようにして馬をしばらく進めていくと、途端にぱっと視界が開け、目の前いっぱいに大木に囲まれた水源豊かな美しい隠れ里が広がった。
どこからともなく、感嘆の声がこぼれる。
「ようこそ。」
いつの間にか、サヴィがそこに立っていた。
「秘境のため、限られた者のみの対応となること、ご容赦ください。荷物や馬は後ほど大切に扱わせていただきす。さあ、こちらへ」
サヴィの説明通り、町には不自然なほど人がいない。水の流れる音だけが辺りに響いていた。
私たちはサヴィに案内されるままついて行く。神秘的な雰囲気がただよう緑に囲まれた町の中を歩き、ひときわ大きな屋敷に案内された。
風呂や夕食の時間など、一泊するのに心配ないほどの丁寧な説明をされ、私たちはそれぞれの寝室へと通された。
ちなみに、ご令嬢の馬車には、ご令嬢の他にもレディが2人乗車していたらしい。使用人のようなお揃いの服を着ていたので、ご令嬢の侍女であり、良いところの貴族子女なのだろう。馬車から降りる際に、ブラントから丁寧なエスコートをされ、上目遣いで礼を言っていた。
ブラントもそれに微笑を浮かべて答えていて、貴族令嬢と一緒にいても何ら違和感がないほど様になっていた。
思わず目で追ってしまった自分自身になのか、ブラントになのかは分からないが、とりあえず、イラッとする。
んん?
可愛い女は退屈なんじゃなかったのかい...?
もやもやと恨み節が頭をもたげる。
......いや、だめだ。
やめよう。
思い出すだけで気持ちを乱されてしまう。
不可抗力で寄り道しているとはいえ、今は依頼遂行中なのだ。しっかりしなければ。
私たちは15人いるのだが、同じ3階のフロアで部屋割り出来たらしい。なかなか広いお屋敷だ。
さあ、私もゆっくりさせてもらおう。
「皆さん、とりあえずここまでお疲れ様でした。ひとまずゆっくり体を休めましょう。では、また夕飯時に」
案内されたそれぞれの部屋付近で話をしている皆に声をかける。
ブラントとヨードは、ご令嬢の部屋の前で立ち話をしていた。護衛担当の配置などを決めているのだろう。私の声掛けに気づいていない様子だ。
まあいいか、と、通された部屋へシュリーと入ろうとすると。
「クク。お前はこっちだ。」
サヴィに腕を取られ引きずられる。
「ちょっとでいいから休ませて〜!シュリー!」
シュリーがすかさず私にふりふりと手を振った。
レストとミミリスに至っては、もうどこにもいない。とっとと部屋に入ってしまったらしい。
薄情者おお。
☆
むせるほどの香を焚いた部屋に通され、どんっと肩を押されベッドに座らせられる。
今のサヴィの表情は、皆といた時よりも表情豊かだ。要するにすごく怒っている。
私は観念して、サヴィの目的に沿った言葉を口にする。
「この香を焚いたって意味ないよ」
「──腹立つな!その落ち着きようが!だから早くここへ来いって言ってあっただろう!」
「......ごめんって」
実は、レストの祖父より、レスト自身よりも、私はサヴィとの付き合いがいちばん長い。
冒険者になると決めて、私はまず王都を目指した。
王都を拠点とした冒険者になると計画したから。それは、王都にブラントがいるからという単純な動機だったのだけれど。
結論として、私は王都にたどり着けなかった。私の住んでいた街から王都までは、徒歩で数日はかかる。私は不運にも人攫いの集団に遭遇し、キ・サの森まで追い込まれて遭難した。死にそうになっていたところを助けてくれたのがサヴィだ。
サヴィが焚いてくれているのは、様々な症状を改善してくれる万能の香だ。普通の人にとっては言うまでもなく、貴族ですら入手しづらいほどに価値が高い。それを惜しげも無く焚いてみせるとは、さすがは香の元になる薬草の原産地だ。
「私も試したけどダメだった。勿体ないから消した方が良いよ」
「......毎日試せば改善されるかもしれない」
「試した。無理だよ」
「いつから...?」
「あの後、すぐ」
私は胸当てを外し、上着を脱いだ。
サヴィに背中を向けて、邪魔な胸を潰すために巻いた布を外していく。
全て外し終わると、背後からサヴィの息を呑む気配がした。こんな自分自身を初めて見た時の私よりも、ショックを受けている。
「......なんであんなことしたんだよ、リリア...」
黒ずんで浮かび上がる背中の血管をたどるサヴィの指先を感じる。もはや、ククがなくともこうなってしまった私の体。時間とともに広がっていくソレは、手のひらほどのものが、上半身全体に所々へと広がりを見せている。
「仕方なかったんだよ、サヴィ。あの時はああするしかなかった。分かるでしょ?」
「アイツが──...!あいつが使用すれば良かったんじゃないのか、なんでお前が...!」
「レストはあれ以上使用すれば意識なくなるだけでなんの意味もなかったと思うよ。クク歴が長い私だから効果があったっていうのはサヴィだってわかってるはず」
大きな戦いがあった。魔物たちとの戦いだ。
なにしろ急なことで、何もかもが後手後手に回り、近くにいる者たちだけで対処を迫られた。
冒険者も例外ではなく、たまたま近くにいたダンジョン帰りの私たちも駆り出された。
ただ、ダンジョンに潜る時、私たちは必ずククを使用する流れとなる。強い魔物が多いからだ。
そこまでは良いのだが、ククを使用した場合、数日は使用できない。体に負担をきたすからだ。
それを、あの戦いで私たちは、私たちのルールを何重にも破らざるを得なかった。
人前での使用を、ククの数日を待たずの使用を、しかも、重複を。私に至っては、あの戦いで3度使用し、無茶をした。そうして今その副作用に苦しんでいる。
この事実に気づいたのはサヴィだけだ。あの戦いにはヴェゼル一族も参加していて、私のすぐ近くにサヴィはいた。私が皆に分からないよう行っていたことを全て見ていた。
「いやあ、アレは本当に大変な戦いだったねえ」
「ヘラヘラすんなバカ!」
「......心配かけてごめん」
「リリア、岩の都にいる薬師の婆さんに書簡を送ってある。1ヶ月後にはこっちに来てくれるそうだ。診てもらおう」
「もしかしてカメリアナ様?母さんの師匠の??」
サヴィが頷く。
うああああ。殺されそう...。
頭を抱える私に、サヴィがどこからか持ってきた上着を貸してくれた。
着替えながらサヴィの説得の声を聞く。なんとなくこんな話をされるような気がしていた。
「カメリアナ様に診てもらって、水と空気が新鮮なこの水の都で1年ほど療養すれば、きっとよくなるはずだ。な!リリア」
「いやあ、1年って...流石に長くない??」
「このままじゃ死ぬぞ!!」
「......もうククを使わないようにすれば治るよ」
「お前はバカだから同じようなことがあれば絶対使うだろ!」
...ひどすぎる。
が、否定もできない...とほほ。
「考えとくよ」
「リリア!」
「この依頼は最後までやらせてほしい。お願い、サヴィ。」
顔を険しくしかめながら、サヴィが私の心を見透かす。
「......ブラント、だろ?」
「よく覚えてるね」
「忘れられるわけないだろ、お前を拾った時、男どもに酷い目にあわされて死にそうになったってのに、お前は男の名前を何回も呼んでた。...すぐに分かったよ、あの男のことだって」
「そ、そんなに呼んでたの...」
恥ず...。
赤くなる私にかまわず、サヴィは続ける。
「なのに、あの男はなんだよ?護衛だかなんだか知らんが、私があの令嬢の手にキスの挨拶しただけで、不愉快そうな顔しやがって。恋仲か!?あの男はお前の男じゃなかったのか!?」
「サ、サヴィ、声が大きい!」
「聞こえやしない。」
「......とにかく、私はフラれたんだよ、言ってなかったっけ?」
「お前はいい加減ほかに男を探すことだ」
「......。」
返事をする代わりに、私は「あ!」と思い出したように首元のネックレスに手をかけた。
「サヴィ、忘れる前にネックレス返さなきゃ...」
「いい、つけとけ。......なくすなよ」
「でも......、これって確かサヴィのおじいちゃんから貰ったものじゃ...」
「そうだ。ちょっとでも悪いって思うなら、一刻も早く治して返してくれよ」
憎まれ口をたたきながら、サヴィは奥の棚から高そうな小瓶を持ってきて、せっかく羽織ったばかりの私の上着を引き剥がした。
思わず悲鳴をあげる。
「変な声を出すな。先んじてカメリアナ様が送ってくださった薬を塗ってやる。...痛むか?あの方の処方する薬はもはや魔法だからな。少しはマシだろう」
正直、痛みはある。熱と、痺れと、喉の痛みと、悪夢と。
重症じゃないか!と怒られるので、そこまでは言わないが。
「......いろいろありがとう、サヴィ」
「どうだ、楽になったか?」
「楽になった。」
「バカなリリア。」
「いじわるサヴィ」
くすくすと笑い合っていると、ノックする音が聞こえてくる。
「なんだ?」
「失礼。悲鳴があったと聞いたが、問題はないか?」
「──...っ!」
ブラントの声だ。
両手で口をおさえる私をちらと見て、座っていたベッドからサヴィが立ち上がった。
扉を開けるつもりだ、と分かって、私は思わず慌てて物陰へと体を隠した。
そんな私をサヴィが呆れた様子で見送り、扉を開ける。
「どうかしたか?」
「すまない。部下から悲鳴が聞こえたと報告を受けたのだが...」
「悲鳴ね...。部下の勘違いじゃないか?」
「......。」
ブラントとサヴィの話し合う声が、なんだか遠くに感じられる。
要するに、私はブラントの低い声がすぐそこから聞こえてくることに、パニックを起こしていたのだ。
私は何故か心臓をバクバクさせながら、震えそうな思いでブラントの好い声を聞いていた。
幼い頃から、私はブラントに隠し事ができない。
何もかも見透かすようなあの黒曜石のような瞳に、暴かれていくような気持ちにさせられるのだから。
「悪いが、いま忙しいんだ。問題ないなら、部屋へ戻ってくれないかな?」
「......そうだな、邪魔してすまなかった。」
しばらくして、「もう行ったよ」とサヴィが言う。
相変わらずの呆れた目をして私を見つめ、ニヤリと笑った。
「好きならその変な症状も綺麗に消さないと。ブラントに見せるとき困るだろう?」
「見せっ!?見せたりなんか......っ!!!」
「満更でもないみたいだし、これで治療に専念できるってことで良いか?1ヶ月後、迎えに行くから。」
「......っ!!!」
何も言えなくなった私に、サヴィは今度こそ満足そうな満面の笑みを向けるのだった。




