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レストのそんな怒声が響き渡る数日前。
私たち一行は、キ・サの森の奥へと進み始めた。
奥へ進むごとに、魔物が大きく、強くなっていく。
ご令嬢ご所望のルベル湖あたりは、中程度の魔物の生息地なので、私たちが乗るような大きめの馬くらいの魔物の出没が増えるだろう。
「よ、っと」
そんな軽い掛け声と共に、レストは突進してきたイノシシの魔物を大剣で斬り捨てる。
どうやら数匹の群れに遭遇したようだ。その後ろからまた別のイノシシが突進するが、レストの陰からミミリスが氷の槍で貫く。
そして、背の高いレストの逞しい腕にもたれるように置いた手に、ふう、と悩ましげな吐息を吹きかけた。
どうやら爪を整えたらしい。真っ赤な長い爪と赤い唇が妖艶すぎて、とても戦闘中とは思えない様子である。
戦闘が終わるのを待機して見ている騎士の何人かが、ミミリスの色気に酔ったような顔をしていて、今まで何度も見かけてきたその光景に、私はただ苦笑した。
「問題なし、と。」
小さくつぶやく。
先日の大きな戦いが無事終わってからも、私はパーティみんなの体調が心配だった。
そろそろククの改良が必要だろうと考えていたので、この依頼が終わって余裕ができれば、時間を作って研究できそうだと計画する。
「大丈夫だよお、ククは心配性すぎ〜」
ほっとため息をついていると、前を歩くシュリーが私を振り返った。
シュリーの役割は、主に索敵だ。広範囲に渡り敵を探し当て、私たちに知らせることができる。他の盗賊と比べてもその範囲は広く、シュリーはのほほんとした見た目によらず、盗賊の中でもだいぶ優秀な逸材なのだ。
「レストとミミリスがあんな感じだったら尚更大丈夫〜」
2人をからかうような顔で笑うシュリーにつられて、私もふふっと笑みがこぼれた。
「だね、最近はケンカしてないみたいだね」
レストとミミリスのコンビネーションは、いつ見ても気持ちが良い。阿吽の呼吸で、瞬時に互いの動く先を読むのだ。前から敵が来ればレストが対応し、別の方角から来る敵をミミリスが遠隔魔法でさばいていく。
2人が調子が良いと本当に心強い。安心して任せていられるので、気持ちが軽くなるのだ。
私は全体を把握するために、最後尾から背後を警戒しながら進む。
敵数がそう多くない場合は、私たちパーティは大抵こういった陣形で進むことが多い。
「あの2人がケンカ中だったら分かりやすいよねえ、敵と戦いながらお互いにも攻撃し始めるからあ〜」
「よくやるよね〜」
「ククとレストもたまにやってるけどねえ」
「私は戦闘中はやらないよ」
「え〜そうだっけえ?」
雑談しながら、キ・サの森を危うげなく進んで行く。
私の前を進むシュリーが、なにかに反応して、ぴくりと顔を上げた。
「クク、サヴィさんが──「げっ忘れてた」」
「──やあ、クク・クッキー。」
私の走らせる馬のすぐ真横。
濃い緑色を印象づける中性的な人物が、自らの足で走る動作を一切感じさせない様子で、私に挨拶をした。
最後尾の私たち以外誰1人としてそれに気づけない中、前方からブラントの号令の声が聞こえてくる。
馬を止める私に続き、ブラントの指示で一行がその場で止まった。
「何者だ!」
前方から次々に剣を抜く音が聞こえてくる。
完全に失念していたことに苛立ち、髪を掻きむしりたくなりながら、とりあえず全体に聞こえる声を張り上げる。
「敵じゃありません!......サヴィ、ごめん、知らせるの忘れてた」
そうは言っても、当初はキ・サの森へ入る予定はなかったのだから仕方がないのだが、目の前にいるこの人物には関係のない話だろう。
私たちパーティ以外が警戒する中、私は両手を上げて、問題ないことを知らせる。
「この方は、キ・サの森の一族"ヴェゼル"のサヴィ様です。私たちパーティが森に入ると、こうして顔を見せてくれるのです」
森の一族が冒険者と深い繋がりあることは有名だ。互いに協力し合いながら魔物を討伐することも少なくないからだ。
彼らは森の奥深くに住んでいるが、その住処を知るものはほとんどいない。冒険者以外と関わりを持たないので、ご令嬢一行が警戒するのも無理はない。
「承知した。」
ブラントの合図で騎士たちが剣をおさめる中、ブラントはご令嬢の馬車の真横から一切動かない。顔を窓にかがめて何事かを話しているその様子で、ご令嬢に状況説明をしているようだ。
「サヴィ、あんな風に突然現れるとみんな驚く」
申し訳ない気持ちを持ちつつも、そんな苦言を伝えると、悪びれもしない表情で、サヴィは首を傾げた。
腰まである長く波打つ緑色の髪が、さらりとこぼれ落ちる。
「クク・クッキー?ここに入る時は知らせを送れと言ってあるはずなんだが?」
茶色い皮ブーツと、クリーム色の薄い布生地をまとっただけのサヴィは、腰に短剣を下げただけの軽装だった。先触れをしていなかったので、着の身着のままで駆けつけたのだろう。
「う...。それは本当にすまない、事情があって急遽入ることになったから...」
両手を前にして拝むように謝ると、サヴィの眉が困ったように下がった。
「仕方ないな...お前に免じて通してやる。が、今回だけだぞクク・クッキー」
「...絶対わざと言ってるよね?ククでいいって言ってるのに。てか、むしろククって呼んで頼むから」
変な通名にしてしまったことを今ほど後悔したことはないだろう。
サヴィと会話を交わす間も、皆からの視線を感じていた。
状況的に注目を浴びてしまうのは仕方がないにせよ、いや、無理だ、今すぐブラントがどんな顔をしているのか確認したい。いやむしろ見てなくていい。私のことなど見ていないのだと確証が欲しいが、ブラントを見る勇気もない。
真っ赤になりながらお願いする私を、サヴィは面白そうな顔をして観察している。
「お前がそんな顔をするのは珍しいな?女の顔をしている。気づいているのか?」
「げっ!!本当にやめてサヴィ後生だから!」
ほお、と緑色の目を細めて、「ならちょうど良い」と何やら言い始める。
「お前たち一行を私たちの町へ招待しよう」
「──は?」
「こんな機会でも利用しなければ、何度誘ってもお前は来ないだろう。受ければ約束を違えたことはなかったことにしてやる。分かるな?」
私たちパーティだけなら、「あ、忘れてた!ごめん!」ですむ話なのだ。だが、今回は冒険者じゃない一行まで来ている。
私はまともに思考が働いていない原因となる前方あたりをちらりと見た。
一行全体が私たちの話し合いを聞いている。
「あー。この依頼が全部終わったら顔出すから...」
「クク・クッキー。そのセリフは飽きるほど聞いた。この後すぐに、だ。」
「は。えー...??そんないきなり無茶な...」
「いきなりじゃない。何度誘ったと思っている?」
「私だって忙しいんだよー...」
「話がある。ククのことだ。絶対に、寄れ。」
「......。だけど、お貴族様と騎士たちもいる。行って大丈夫なの?」
「なんとでもなる。なんなら挨拶してやるぞ?」
「へ?」
私との話は終わったと言わんばかりに、サヴィはさっさと私に背を向けた。
「失礼!こちらのご一行の責任者と話したい」
「......私だ」
ご令嬢の馬車から離れない場所で、ブラントが馬上からサヴィに返事をする。
サヴィはニヒルな笑みを浮かべ、貴族を真似た恭しいお辞儀をしながら挨拶をした。
「突然驚かせて大変申し訳ない。私はキ・サの森の一族"ヴェゼル"のサヴィ。一族の次期責任者といった立場の者です」
「レティアノ公爵家直属の護衛騎士ブラントと申します」
「どうぞよろしく。──それで。我々が冒険者以外と関わりを持たぬのをご存知でしょうか?冒険者との関わりなども?」
挨拶もそこそこに、サヴィはにこりと話を押し進める。
「そしてこの森のある境界線よりも奥──我ら一族の縄張りへ入るには、一般の方々にも許可が必要なことは?」
「それは──...」
ガチャリと馬車の扉が開いた。
「無茶は承知の上でのことよ。父が許可を出すはずがないのだもの」
「お嬢様!」
「ブランは黙っていて」
なんと馬車からご令嬢が出てきてしまった。
め、めんどくさい...。
だらだらと汗をかき始める私抜きで、話が進んでゆく。
「これはこれは、レティアノ公爵令嬢。初めまして、サヴィと申します。お見知り置きを。」
「レテイアノ公爵家のフェリシアよ。」
差し出された細い手を取り、サヴィがわざとらしいほどの仰々しい動作でそこに口づけを落とす。
それを見守るブラントの不快そうな顔を見ていられず、私は視線を横にそらした。
「無断でここまで入ってしまったことを謝るわ。でもわたくしどうしてもこの奥の湖へ行かなくてはならないの。お金を払えば通してくれるのかしら?」
「それには及びません。今回だけ不問といたしましょう。代わりとして、我らの町へお立ち寄りいただきたく存じます。」
「あなた方の町へ...?そんなことで良いの?」
「ええ。冒険者でもなかなか招待致しませぬゆえ、お嬢様方には大変貴重な体験となるでしょう。ただ、なにぶん我らの故郷は隠れ里なので、場所の特定が出来ないよう恐れながら何かしらの工作をさせていただくこととなりますが...」
「お嬢様、私はあまりおすすめいたしません」
「もちろん無理強いはいたしませんよ?」
ブラントの言葉に、サヴィはかぶせるように返答する。そして、私の方を振り返って言った。
「あちらの冒険者たちだけでも、我らの町へ立ち寄らせていただければ。一泊で構いません。その間、皆さまご一行様には、お近くの街まで護衛させていただきますので、そちらでお待ちいただければ、と。」
「──...。」
黙り込むブラントには構わず、ご令嬢が「いいわ」と軽く返答した。
「フェリシア嬢!?」
「お嬢様!」
「サヴィ殿、わたくしたちも共にあなた方の町へ行きます。お前たちも、それでよろしくて?」
「おおいに結構。」
ブラントとヨードが発言の意図を確認しようとするも、ご令嬢は話は済んだとばかりに馬車へと入っていってしまった。
そうして、話し合いはサヴィの満足気な言葉であっさりとお開きとなった。
私を振り返り、サヴィがニヤリとする。
厄介事が増えた...。
この半日でだいぶやつれた気がすると考えていると、サヴィが私のいる場所まで戻ってきた。
そして、首に下げている緑色の石のついたネックレスを、私に手渡した。
「なに...?」
「首に下げろ」
「ありが...」
「やるんじゃない。この後、我らの町に来た時に返せ。いいな?お前は忘れっぽい。私の前で今すぐつけろ。」
「わかったよ...」
全く失礼な人だ...。
ぶつぶつ言いながら、サヴィから受け取ったネックレスを首から下げる。
...あ。すごい。体が軽くなった。
サヴィを見ると、満足そうに頷いた。
「準備があるゆえ私は先に帰るぞ。町へはたどり着けるようにしておく。シュリー、ククを必ず連れて来い」
「はあ〜い、サヴィってば、こわあい」
「言っていろ。レスト、ミミリスも!コイツを引きずってでも連れて来い!」
手を挙げて返事するレストたちにもそう言い残し、サヴィはあっという間に森の中へと姿を消した。




