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ククについての説明があります。ついつい長くなってしまい申し訳ないです(汗)
一行は、私たちを入れて15人ほどだった。
馬車に乗る者以外は、皆馬に乗っての移動となる。
当然、先頭は護衛依頼を受けた私たちパーティが陣取っていた。
背後から追随するご令嬢の馬車の左右には、ブラントとヨードを含む4人の護衛騎士が守りを固め、その後ろから続くご令嬢の荷物なりを乗せた馬車1台を、また別の護衛騎士が2人守っていた。
「クク」
名を呼ばれた先には、珍しくも瞳に気づかう色を浮かべたミミリスの姿があった。
「あ、ごめん。ちょっと考え事してた」
「大丈夫なの?」
「大丈夫。それより、今回はククを使わないようにしたいんだけど」
少し申し訳なく思いながらお願いすると、みんな快く了承してくれた。
「分かったわ」
「楽勝っしょ〜」
「最初から使う気なんかねぇよ」
「うん。そうだよね」
薬草クッキーは、私がブラントのために作ったクッキーだ。禍々しい色合いのクク草を、なんとか食べられる状態に工夫して作ったものの、黒い見た目の通り、その味は苦い。
初期の効能は微々たるものだった。食した者の全ての能力を少しだけ底上げしてくれるもの。
けれど、使っていくうちに、冒険者としての成長の速度も早めてくれること気がついた。食すごとに強まるその効力にも。
私たちパーティメンバーには、それぞれの事情により冒険者としての権力が必要で、すぐに強くなる必要があった。
そんな焦りと、本来持っていた強い好奇心に負け、私はククの研究に没頭していった。母からクク草の危険性を何度も忠告されていたのに、私はククを自己栽培し、開発し続けたのだ。
その結果出来上がった物は、"クク・クッキー"などという可愛らしい響きからは想像できないものだった。
食べたククの効能は蓄積されていく。たまに食すくらいなら危険はないけれど、私たちパーティメンバーは、ここまで強くなるために、ククを使用しすぎていた。
ヨードが私たちの"見た目"に関して話していたのもククが原因だ。
ククを食べた私たちが、その効果に比例して見た目が変わるようになったのは、SSS級冒険者に差し掛かった頃だっただろうか。まず、1番ククを消費してきた私から、その症状が始まった。爪、唇、白眼、血液が漆黒に染まり、血管が皮膚の上からでも黒く浮かび上がる様は、我ながら禍々しい。
その事実は、私たちにとってトップシークレットだった。本当に危険な時以外には使わないと、そう決めていた。
けれど、この間あった魔物との大きな戦いで、みんなの前でククを使わざるを得ない状況になって、私たちパーティの異様さは、皆が知ることとなってしまったのだ。
あんな姿を、ブラントには見せられない。
だがきっと、その事実をいつまでも隠し通せるとも思ってはいなかった。
きっと近々、なにかしらの組織や人物がククについて嗅ぎつけ、私たちへ接触しようとする動きがあると考えていた。
その矢先のこの依頼だったので、様子を見るつもりで受けたというのもあったのだけれど...。
まさか、ブラントとご令嬢だったとはね......。
あ。なんか急に帰りたくなってきた。
今すぐ帰りたい。
そんな後ろ向きな気持ちが手網から馬に伝わったのか、わずかに道から逸れそうになった私を、レストがすかさず注意する。
「クク〜??お前ふざけんなよ???」
「......。」
まだ何もしてないのに、"俺があれほどヤダって言ったのにお前今更自分は辞めたいとか言うつもりか?マジか?ん??"と言いたげな雰囲気で威圧するのは辞めていただきたい。
私は大人しく元いた場所へ馬首を巡らせることにした。
☆
旅の行程は本当に順調だった。安全そのものだった。何故雇われたかさえ疑問に思うほどだった。
ご令嬢の気まぐれが起こるまでは。
「キ・サの森へ入りたいわ。その中の湖へ寄りたいの」
馬車の窓を開けたと思えば、その真横につけて馬を走らせていたブラントに、ご令嬢は尊大な口調でそう言いつけた。
いきなり何を言い出すんだ、と目を見張ったのは、私たち冒険者パーティだ。
「面倒事の予感〜」
背後からシュリーの間延びしたボヤきがこぼれ落ちた。
キ・サの森。
私が幼い頃にブラントを誘い込みやらかした森である。
そして、ご令嬢の言う湖とは、きっとルベル湖のことで、魔物が住む湖で有名だ。何もしなければただの美しい湖なのだが、とあることをする事で魔物が現れる。そしてその1匹を倒せば、しばらく延々と同じ魔物が湖から湧き続けるのだ。
ティヌアスという魚のようなトカゲのような魔物がドロップするのは、魔女が高額で買い取ってくれる惚れ薬など怪しげな薬の元となるアイテムだが、ドロップ確率は低い。
何度か受けた依頼の経験上、狩り慣れている分難しくない案件だが、あくまで私たちだけでの話だ。
この森は魔物が数多く住み着き、湖も奥深い位置にある。護衛対象と一緒に行きたいとは思わない。
ご令嬢をいさめたくなる自分を辛うじてとどめ、私はブラントの対応を見ようと思った。
大人しく様子をうかがっていると、ブラントが一行に止まるよう指示を出したようだった。仕方がないので、私たちもその場で待機する。
成り行きを見守っていると、馬上から身をかがめたブラントが、ご令嬢のいる窓をのぞき込むのが見えた。
再会してから今までほとんど動かなかったブラントの能面のような表情に、微かに労るような優しい色が浮かぶ。
私は吸い寄せられるように2人を見つめた。
「フェリシア嬢、この森へ入る予定はありませんよ」
言い聞かせるような優しい口調で、ブラントは丁寧に答えた。あの頃よりずっと落ち着いた低い声が、耳に心地いい。なのに、モヤモヤした気持ちにさせられる。その声が向けられている先が、私ではないからだ。
私にだって、そんな風に話しかけてくれていた。
苦しくなりそうな胸をなだめるように、自分に言い聞かせてみても、なんだか違うということに気づいていた。
ブラントの形良い唇が弧を描いている。美しい微笑みを唇に浮かべ、黒曜石の瞳を真っ直ぐにご令嬢へと向けたその瞳の奥には、情がのぞいている。
見たことのない表情だった。私の知らない歴史を感じさせる、大人になったブラント。
その瞳からのぞく感情が、どのような種類のものなのか。分かってしまう前に、私は逃げるように視線を手元の手網へと落とした。
それでも、焦れるような鈴のような声が聞こえてくる。可憐で守られるべき者の発する細い声だ。咄嗟に耳を塞いでしまいたくなる。ブラントに駆け寄り、そんな甘えるような美しい声をこれ以上聞かないで欲しい、と。
「そんなこと分かっているわよ?わたくしにはここへ行く必要があるの。何のために高額な報酬を払って雇ったと思っているの?その冒険者たちは優秀なのでしょう?わたくしを守れて当然なのではなくて?」
ご令嬢の突然の申し出を、騎士たちも聞いていなかったようで、戸惑った空気が伝わってくる。
ブラントの横に馬を進めたヨードが、困惑した様子でご令嬢に問いかける。
「フェリシア嬢。恐れながら、護衛パーティたちにはそのようなご依頼を申し付けておりませんが...」
「報酬を上乗せしても構わないわ」
「しかし...」
「...フェリシア嬢。危険は避けましょう。貴女を安全に視察へ連れて行く事が何より優先すべきことなのですよ」
「これは、命令よ。ブラン。」
ブラン、と。
彼女にそう呼ばせているのか...。
冷静でいようとする私と、ショックを隠せずにいる私とで、気持ちがせめぎ合う。
──いやだ、やめて...。その愛称で呼ばせないで...。特別に思えていたあの頃の思い出が、特別じゃなくなってしまうみたいじゃないか。
──愛称など人が好きに呼ぶものだ。しかもブラントはもう3年もご令嬢の護衛をしている。ずっとそうやって呼んでいたに違いない。
「──...」
私の動揺を感じ、馬が首を巡らせ落ち着かない様子を見せるが、すぐ隣にいたレストが馬の首を撫でて宥めた。
「いや構いやしねえよ、行こうぜ。お前らまるっと俺らが守ってやるよ」
「は?レスト勝手に何言って...」
「ククは今回は黙ってろよ。舐められたままでいられねえっての。追加のアレも無しで全部倒してこいつら全員守りきってやらあ」
金色のライオンみたいな髪を両手でかきあげて気合いを入れているレストの橙色の瞳を見て、ダメだ、完全にキレてる、と判断する。レストは高慢な人間が嫌いだ。特に貴族の傲慢さをどこかで見かけると、黙っていられず、私たちパーティは今まで散々振り回されてきた。こうなると本当に何を言っても聞かなくなるのだ。
「......せっかく私が休ませようとしてるってのに。」
「いいからククだーまってろ。」
ピキッとなる私をミミリスとシュリーがなだめ始める。いつもの流れなら、ここから戦闘を伴う大喧嘩が始まるのだが今は抑えよう。みんなが見てる。
私たちが固まって話していると、ヨードがご令嬢の馬車からこちらへと馬を進めてきた。
「すまないが、依頼内容の変更を願いたい。構わないだろうか」
流石に申し訳なさそうにしている。
私たちのような一般市民の間には、貴族の言うことには逆らわない方が身のためだ、といった一般的な暗黙のルールがあるとはいえ、今回のは身勝手すぎると自覚があるようだ。
「フェリシア嬢が契約時の報酬の倍支払うそうだが...引き受けてくれるか?」
「倍!!!」
案の定、シェリーが真っ先に食いつく。
他の2人も特に反対している様子はなく、私はため息混じりに返事をした。
「分かりました。引き受けましょう。しかし私たちの指示には絶対に従っていただくこと。それを条件としますが。よろしい?」
少しキツめに申し出てみる。
ヨードが振り返り、ブラントをうかがった。
「ブラント隊長。どういたしますか」
ブラントが私たちの方を見ていたので、意味もなくどぎまぎしてしまった。
"隊長"と呼ばれるようになったんだね、とか。
出世したんだね、とか。
ブラントにそう言う勇気はないけれど、こうして身近に彼を感じられることに、純粋に喜びを感じてしまう。
そんな私の気持ちとは裏腹に、ブラントは硬い声でヨードに答えた。
「ああ。それで構わない。」
「だ、そうだ。頼んだぞ」
「はぁーい。」
「承知しましたわ。」
「っしゃ!」
メンバーそれぞれ思い思いの返答をする中、私は一行全体に聞こえるように声を張り上げる。
「では、配置の変更をします!──シュリーと私が最後尾。レストとミミリスは最前列へ!」
ああ...。
なんだか面倒くさそうな予感しかしないのだが...。
目立ちたくないのに...。
だが森に入るのなら、きちんとしなければならない。
ゲッソリとするが、憂鬱な気分にさいなまれそうになるのを振り切って、私は指示を出していくのだった。
お願いします...。
万が一にも大事になるなんてことにはなりませんように...。
という祈りは、
「クーークーーーっっっ!!!こりゃあ無理っ!!!マジでごめん前言撤回させて!!!後でいくらでも文句聞くから、クク!!!2個目、よこせっっ!!!」
後々、レストのそんな高飛車な謝罪の叫びとともに儚く消え去るのだが。




