15-②
ガンガンといった酷い頭痛で目が覚める。
遠くの方から聞こえていた音が少しずつ鮮明になっていった。
「──...だろ?よく覚えてたなあ、ボス」
「...ふん。うるせえ」
聞き覚えのある男たちの声だ。
意識が戻ると同時に、私は状況を把握しようと努めた。
男の人数は五人。
私は後ろ手に縛られている。足は自由だ。
小屋のような場所にいて、ベッドの上に転がされている。
ほんの少し手首だけを動かすと、そんなにキツく縛られてはいないようだった。弱りきった私の状態で判断したのか、油断しているらしい。
「見た目もこんな違うのに...。キミ悪い見た目になっちまって...」
「言ってろ。俺のだぞ、触るな」
「今更っすよ、忘れたんすか?」
「だまれ。殺すぞ」
ドスの効いたその声を聞き、体が勝手に反応して萎縮した。
間違いない。
コイツら、三年前に私を攫った奴らだ。
そう確信すると、体が小刻みに震え出す。
溜まりに溜まった怒りと、忘れられずにいるあの恐怖のせいで。
──私は、
始終目を閉じていた。
恐怖で現実を見ていられなかった。
『おさえとけ』
だから、嫌なことを命令するボスと呼ばれる男の声は、特に鮮明に覚えている。
笑いながら残酷なことをする男たち。女よりも大きな体と力を持っている癖に、守るより痛めつけることを選ぶ最悪な生き物。
吐き気と頭痛と熱と、最悪な体調不良の中、過去に囚われそうになる自分からなんとか抜け出した。
傷だらけのレスト。
抱えられたシュリー。
覚悟した目で私を送り出したミミリス。
私を信じてくれた騎士隊や、ブラント...。
あの最悪な状況のまま、こんなところへ連れて来られてしまった。
ぎりぎりと拳を握る。
はやく、戻らなければ。
唇を噛み締め、私はここから逃げ出そうと隙をうかがった。
乱れそうになる呼吸を落ち着けていると、ガチャリと小屋の扉が開く。
男たちの意識がいっせいに扉へ向いた。
今だ!とそう思ったのだが──...。
「きゃあっ!!」
そんな可憐な悲鳴と共に、地面に叩きつけられる音がした。
寝たフリなど続けていられなかった。
ガバリと起き上がる。
「フェリシア公爵令嬢!?」
そこには、地面に倒れ込むフェリシアの姿があった。
恐怖で美しい顔が歪み、涙に濡れている。
なぜ、フェリシアまでここに...?
ブラントは?
私は瞬時に視線を走らせた。
フェリシアが常備しているはずの場面記録の魔法玉がない。
小屋に追加で入って来た男は二人。
その内の一人を見て息を呑む。騎士隊の男だった。
ブラントが付いていた筈のに、フェリシアが連れて来られてしまったその経緯が何となく把握できた気がした。
だとしたら、魔法玉をどうにかしたのもコイツというのが濃厚か。
あの魔法玉があれば、少しはこちらに有利に事を運べたかもしれないのに。
裏切りやがったなとキツく睨みつけるが、始終伏せ目がちな騎士隊の男とは視線が合うことはなかった。
くそ...。敵の数が増えてしまった。
苦い思いと焦燥感が増していく。
だが、フェリシアがここにいるということは、いずれブラントが助けに来るということだ。
「起きたか」
ボスと呼ばれる男が、座っていた椅子から立ち上がり、笑みを浮かべながら私に近づいて来た。
大柄な体格と、盛り上がった筋肉。三年前はとても敵わないと、ただ恐怖した相手だ。
だが、今なら分かる。
今の私にならこんな男など一瞬でヤれる。
再起不能なまでに叩き潰してやろうか。
一瞬よぎった殺意は、男に髪を鷲掴みにされた瞬間に霧散した。
散々殴られ、悲惨な目に合った体が、勝手に萎縮するのだ。
「その目だよ。忘れられないのはよお」
「......。」
「弱りきって泣いてるくせに目だけは爛々として生きてた。どんだけ痛い目見せても、死ななかったその目だ」
「......。」
「俺のこと覚えてんだろ?もうあの可愛い声は聞かせてくれねえのか」
「......。」
無反応な私に、男は一瞬真顔になった。
だが、その直後に意地の悪い笑みを浮かべ、チラッと背後を肩越しに見遣る。
男たちに囲まれ地面に座り込んだまま、フェリシアは固唾を呑んで私たちのやりとりを見守っていた。
貴族令嬢で清廉な女だが、頭の回転は速い。きっと今のやりとりだけで、何の話をしているのかはある程度把握してしまったようだ。そんな目をしている。
フェリシアから男へと視線を戻す。
男が何かを言う前に、私は口を開いた。
「何が目的だ。なぜ、その人までここに連れてきた?」
答えない前提で尋ねてみたが、男は意外にもすんなり答えてくれた。
「俺らは雇われでね。ひとまずは頼まれたから、と言っておこうか」
私を見る男の視線からは欲望が透けて見える。
この手の男は冒険者になってから何度も出会ってきた。女をただの欲望の捌け口として扱うような男どもだ。なら話は早い。
「その人に手を出さないなら相手をしてやる」
「──...っ!?」
見なくとも、フェリシアからは戸惑いと驚愕が伝わってきた。
男は面白そうな顔をして私を見下ろす。
私の両頬を片手で掴んで顔を上げさせると、口づけられるほど近くまで顔を寄せてきた。
「なんだよ、正義の味方気取りか?どう料理してやろうか楽しみにしてたってのに、物分かりが良すぎて張り合いねぇな」
私は無言なまま、ただ見返した。
動じない私を見下ろし、男は眉の皺を深める。
分厚い手の甲でペシペシと私の頬を叩きながら、威圧してきた。
「どういう意味か分かって言ってんのか?ん?」
「──当たり前だ」
「気に入らねえなあ。ここ数年で男の味でもしめたか?」
本気で不機嫌そうな目をして男が私を値踏みした。
その意図が読み切れず探ろうとするも、男たちから下卑た笑い声に邪魔される。
「そりゃ楽しみだなあ!」
「どれどれ、成長見させてもらおうかあ?」
「それで構わないから、とにかくその人を逃してくれないか」
「......っ!リリア!」
どういうつもりだ、とフェリシアが会話に割って入る。
男は不機嫌そうに顔を歪めた。少しでも気に入らないことがあると、すぐに私を殴り飛ばすようなところがあった。
それ以上なにも言うなとフェリシアに視線で牽制する。私の意図を瞬時に悟ったフェリシアは、おとなしく黙り込んだ。
だが、始終その瞳が私の考えを問いかけてくる。作戦があるのか、と。
正直言って、策などない。
私の体は、思っていた以上に衰弱していた。指先は震え、今の私ならきっとペンすら握る力はない。
その上、自分の意思ではどうにもできないほどの恐怖に支配されていた。
私がいま唯一できることがあるとしたら、それはフェリシアに手を出させないこと。それと、もし運があれば、彼女を逃すことのできる隙を作ることくらいか。
すぐに返事をしない男に痺れを切らし、私は重ねて尋ねた。
「どうする?」
「お前のことなどいつでも好きにできるが、俺に何のメリットがあるんだ?」
「......少なくとも悦ぶフリくらいはしてやる」
「...ふ、ははは!そうか!!」
心底愉快そうに男は笑い出した。
我慢の限界だと言わんばかりに、フェリシアが叫ぶ。
「気でも違ったの?リリア!わたくしに恩を売ろうとしたって──...!」
「──やめろっ!!」
男は何の躊躇もなくフェリシアを殴りつけた。
三年前も、きっと今も、私には容赦なく拳だろうが、どんな配慮があるのか、平手打ちだ。
そうはいっても、線の細いフェリシアは勢いあまって飛ばされ、壁へと叩きつけられた。
唇から血が流れ、頬が赤く腫れている。
その姿が、数年前の自分と重なって見えた。
私はカッとなる。
「手を出すなと言っただろ!!」
暴力を振るわれショック状態になっているフェリシアの元へ、追い打ちをかけるように向かおうとする男を、私は慌てて引き止めた。
キレた様子で「ああん!?」と振り返った男に、身がすくむ思いをするが、私は歯を食いしばり耐える。
私が味わったあんな思いは、誰にもしてほしくない。
すぐにでもフェリシアをここから逃がさなければならない。
私は酒場でよく目にするミミリスの微笑を思い浮かべて、それを真似た。
表情の変わった私をみて、男の目が見開かれる。
「ねぇ、なんでその女に構う必要があるの?私に用があるんじゃないの?」
私の推測が正しいなら、男たちはこれ以上フェリシアを傷つける事を良しとしないはずだ。
こう言っておけば、多少の牽制にはなるかもしれない。
男は粗野な瞳を細め、試すような表情で私を覗き込んだ。
「なんだ?まさか妬いてるのか」
「だとしたら?」
男は真顔になり、私との離れた距離を大股で詰め寄った。
息がかかるほど目前に顔が迫る。
私は、あまりの拒絶反応に吐き気をもよおしそうになるのを懸命に堪えながら、素知らぬ顔を作り男を見つめ返した。
「恋人みたいに相手してあげる」
ミミリスの笑みを真似しながら男を見上げてそう言うと、男は面白いほどに表情を変えた。
途端にやる気が出たらしい男は、何も言わずにそのまま私をベッドに押し倒した。
体をまさぐられる。
──...っ!!嫌だ...!ブラン......!
あまりの拒絶感に、途端に目の前がブラックアウトしそうになる。
自分で仕掛けた癖に、ブラントに助けを求めてしまっていた。
「──リリアッ!リリアッ!!」
弱腰になりそうになった時、暴れないよう男たちに取り押さえられたフェリシアの悲惨な泣き声が耳に入ってきた。
はっと我に返り、本来の目的を思い出そうと自分を奮い立たせる。
男の体重に押し潰されそうになった体で、私は苦しそうな声をあげてみせた。
「...あっ、痛…っ!」
わざとらしく小さく弱々しい悲鳴を上げると、私の首筋に顔を埋めていた男が、意外にもふと力を弱める。
吐き気と具合の悪さのせいで浮かんだ涙を利用して、私はそれっぽく演技して見せた。
「縄が、痛くて…」
男は馬鹿にするように笑った。
「その手に乗ると思うか?あんな魔物を倒したお前を自由にするわけないだろうが」
その間も、男の手は私の太ももをなぞり、体中をにベタベタ触れている。
本当に耐えられないと思った。こんな下劣な男に、三年前のように自由にされている自分への悔しさと、生理的な涙が溢れ出て、顎からこぼれ落ちる。
流した涙に満足そうな顔を浮かべる男を見て、私はダメ押しに入った。
「そう、だよ...。あんな魔物を倒せる私が、こんな縄ひとつ解けないはずないでしょ?魔物を倒したばかりで、もう私は戦う力なんて残ってない。本当に体中痛くて堪らないから...縄を外して欲しい...」
男は躊躇っているようだ。
もうひと押しだ。
「おねがい...」
恥を捨て、涙を浮かべたまま上目遣いでお願いする。
こんな黒い血管だらけでククの漆黒に毒された姿だというのに、色気など出せるものかと自分を疑ったが、もうここはダメ元だった。
「ボ、ボスッ!騙されちゃいけないっすよ!」
「そうそう!あんなバケモン倒した女ですよ!」
うるさい外野だ。
「まさか迷ってんですか?昔はあんなに痛めつけたってのに、なんで今更そんなこと気にする...って、まさか!?」
「げっ!ボス、まさか惚れたんすか!?」
よっぽど暇なのか、油断しきっているのか、頭が狂っているからなのか、外で魔物が暴れているというのに、場違いなほど小屋の中は異様な雰囲気がただよっている。
私とフェリシアだけが男たちについていけず、取り残されたかのようだ。
男たちは三年前から何も変わっていない。
あの頃はその中にいて、泣いて哀れみを乞う私の方が異質かのように感じさせられていた。
そうだ。コイツらに常識など通用しないのだ。
「お前らさっきからうるせぇよ!何人か外で見張ってろ!」
仲間にからかわれて頬を上気させた男を、私は侮蔑の目で睨みつけた。
そんな私の表情に気づかないまま、もしくは気にすらとめていないからか、男たちの会話は続けられる。奴らの世界はいつでもこんな風に独壇場だ。
「......。」
こっちに意識を向けるために、わざと身じろぎして注意を引いた。
男と目が合うと、私は哀れみをかりたてるような表情を浮かべて見せる。
わざとらしくなりはしないかヒヤヒヤしたが、ふんと鼻を鳴らしながらも、男はあっさりと私の手首の縄を解いた。
「ボス、やっさし〜!」
「こっちにも回してくださいよお〜!ッ痛ってえなっ、バカが!」
「殺されるぞ、黙ってろ!」
「ぐは〜っ!春だねえ!」
バカみたいなヤジが更に盛り上がりを見せる中、密かに鼻で笑う。
死ぬほど酷い目に遭わせた人間から惚れられたと聞いて喜ぶバカがどこにいるっていうんだよ。
だが、そんな考えなどおくびにも出さずに、私は気づかれないよう鋭く状況を観察し、考えを巡らせる。
ボスと呼ばれる男にどやされ、見張りのため男が2人減った。
動くなら今だ。
ちらりと視線をやると、フェリシアと目が合った。
私が向けた視線の意図に気づく。その瞳が驚きに見開かれ、その直後には男たちに気づかれない程度に肯定の意が返ってきた。
小手に忍ばせたククはもう尽きている。
男の背中に腕を回すのにまぎれて、私は自分の腰の魔法袋へ手を伸ばした。
だが、期待していた物がそこにないことに気づき、思わず呼吸が乱れる。
そんな私を男が喉を低く鳴らし嘲笑った。
「あの不気味な食いもんならねぇぞ。持たせるわけねぇだろ。踏み潰して捨ててやったよ」
「──!」
勝ち誇った顔をして見下してくる男を睨みつけてやると、男はますます楽しげに笑い出した。倣うように他の男どもも私たちを笑い始める。
最高潮に達しているだろうその気分を、ここでへし折ってやる。
男たちの隙を見て、私は代わりに取り出した調合アイテムを即座に組み合わせると、全体重でのしかかっている男から逃れ出た。
空中に投げつけた二つのアイテムがそれぞれの効果を発動するまで、数秒。同時に叫ぶ。
「フェリシア令嬢、伏せろっ!!」
私の言動を見逃すまいとしていたフェリシアの対応は早かった。
私の言葉に従い、その場に頭を抱えて伏せる。
バババンッ!!
鼓膜を破るギリギリまで制限した爆音玉の破裂と、回復まで数十秒は要する光玉が同時に発動した。
男たちの混乱した悲鳴が上がる。
発動直前に目にしたのは、驚いたことに、その混乱に乗じてフェリシアを庇う動きをするブラントの部下の姿だった。
騎士隊の男はフェリシアを庇いながら小屋の扉を開き、外へと誘導している。
「リリアッ!」
「そのまま行けっ!」
一瞬だけこちらを振り返った騎士隊が小さく頷き、フェリシアを小脇に抱えて駆け出して行った。
「クソがっ!!ラインハルト様に殺されたくなければ死ぬ気で追え!!!」
即座に回復した男が叫び、数人がその後を追おうと動き出す。
やはり、ラインハルトか。
私は魔法袋から取り出したダガーを投げつけ、小屋から出ようとする男たちを牽制した。
「このアマッ!」
小屋に残ったのは男四人。
大型魔物を倒した私を警戒しているため、今のところうまく引き止めていられそうだ。
外にいた見張り二人は行かせてしまったが、もはや騎士隊のあの男とブラントを信頼するしかない。
「何やってやがる!!早く行けッ!!!」
男が怒鳴りつけるが、追わせるつもりはない。
もう少し先まで二人が逃げ切るまで。絶対に。
魔法袋に便利アイテムをたくさん眠らせてある。
泥臭かろうがどんな手でも使うつもりだった。
取り出したのはB級グルメならぬB級アイテムだ。
毒を振り撒く蔦で小屋の扉をぐるぐる巻きにして、私は傲慢に見える笑みを浮かべて見せた。
「猛毒だ」
囁くように甘い声で説明してやると、男の目が怒りで血走り、その額に血管が浮き上がった。
「テメェ...。死ぬほど痛い目みせてやる。許せと泣いてすがりつかせて...!前みたいになあ!!」
見覚えのあるブチギレた時の男を睨みつけながら、この先に待っているだろう自分の運命を呪った。
「やってみろ。バァーカ。」




