15-①
男は病的なほどに美しかった。
瞳はフェリシアだけを映している。その中に孕んだ狂気を見た私は、反射的に叫んだ。
「──ミミリスッ!」
「承知」
すぐに反応したミミリスが、みんなの前に瞬時に結界をはる。
「「「!!」」」
レストが息を呑む気配がした。
ミミリスのその結界は、緊急時にしか使われてこなかった。一度使えばしばらく使えなくなるデメリットはあるが、詠唱免除魔法で、すぐに発動される。私たちパーティが覚えている限り、今まで片手で数えるくらいしか使ったことがない。
『 撤退せよ 』
決して大きくないボリュームで発せられたミミリスの指示は、魔法によってみんなに伝えられた。
みんな思うところがあるだろうが、ブラントもヨードも、撤退の指示を隊員に飛ばしはじめた。会議でパーティメンバーの指示に従う前提で依頼を受けたことを口を酸っぱくして納得してもらってといて良かった。
腹から迫り上がるような不気味な声で、男が笑い出した。
その男の向こう側では、一体目の魔物と同じように、魔物が体の形成を始めている。
その形は先ほど倒した物とは似ても似つかず、どちらかと言えば数ヶ月前の惨劇で倒した魔物の形に似ていた。
だがそれは以前よりも大きく、少し形状も違う。まだ形成中だというのに、ツタのようなものをどこまでも伸ばし、退避しようとしている隊員たちまでそれらを届かせると、ミミリスの結界によって弾かれていた。
「早く、引け!」
声の限り叫び、私は魔法袋から取り出した小瓶を嚥下した。
残念ながら、それはククではなくただの気付け薬だ。
これ以上ククを使用すると、みんなが逃げるための時間稼ぎすらきっとできない。
みんなとは反対方向へ駆け出した私に気づいた何人かが私を呼ぶ。
当然、私の前には結界はない。
「リリーッ!?」
「クク!何してやがるっ!!」
私は構わず地を蹴って駆ける。
大丈夫だ。時間を稼ぐくらいならきっといける。
呼吸を整え、形成前の脆弱なツタからみんなの退路を守る。
ふとブラントと目が合った。
真っ青な顔をして男から目が離せなくなっているフェリシアを腕に抱えている。
ブラントは一瞬だけ逡巡したようだったが、踏ん切りをつけるように私に背を向けた。皆に指示を飛ばす。
「即座に退避しろ!!」
魔物の形成が終わったようだ。
ズズン、という重たい音がして地に降り立ったその姿は、樹木の化け物だった。数えきれないほどの太いツタをその身から伸ばし、攻撃を仕掛けてくる。
私はその攻撃を避けて周りを駆け回りながら、魔物を観察する。
その姿は、数ヶ月前に見たあの恐ろしい惨劇を思い起こさせた。だが、あの頃の魔物よりも更に大きく、厄介そうだった。
「馬鹿野郎、クク!!俺が戻るまで死ぬなよっ!!」
「ミミリスッ!レストを!」
『 退避せよ 』
もう一度ミミリスが告げると、「なんでだよ!?」と叫びながらも、他の隊員と同じように下がってくれたようだった。
ブラントたちの姿も見えなくなる。
ミミリスにも機を見て退避するよう伝えてあったから、今この場所にいるのは木の化け物と私だけだった。
コイツを呼び出した男、ラインハルトの姿も消えている。
あとは──...。
ラインハルトが出てきた直後にサヴィに出した救援要請が、どれくらいで来てくれるか...。
結局、ヴェゼル一族に頼ることになるとは、本当に思っていなかった。
「くそ...」
ツタの攻撃を避け、気休めにしかならない程度の攻撃しか返せない自分に歯軋りする。
「はあ、はあ、......っ!」
あと、もう少し。
せめて、あと数十分持てば、時間が稼げる。
魔物の注意を引くために太いツタの上を走り、顔の前を横切って派手に立ち回った。
息が苦しい。体が重い。
きっと、気付け薬が切れてきたのだろう。
たまに意識が飛んでる気がするが、体が勝手に動いてくれていたようで、我ながらちょっと笑える。
魔物のツタから地面へと着地し駆け出すが、足が絡まる。どしゃりと顔から地面に倒れ込んだ。
すぐに体勢を整え動き出そうとするが、生理的に出てしまった咳で初動が遅れる。
「しま...っ!」
ごおっという重音と共に振り回されたツタが、私の体を横倒しに叩きつけた。
反射的に防御はしたが、少しも避けられずにまともにくらってしまう。
数本の木々にぶつかり、地面にうつ伏せに崩れ落ちた。
一瞬だけ気絶していたようだ。
体の痛みではっと気がついた。
「痛ったぁ...」
両肘でなんとか体を支えて起き上がり、顔を上げたとその時、目の前にデカい拳が迫っていた。
ガンという衝撃を感じて、しまったと思った時には、意識が遠のき始める。
ヤバい、気絶する。
ここまで接近されて気づくことができなかったなんて、ほとんど朦朧としていたとはいえ、油断してたとしか言いようがない。
情けなさを感じながら、目の前が真っ暗になっていく。
何者だ。ラインハルトの手下か...。
目の前が真っ暗になりながらも耳をそばだて最後まで情報を得ようと躍起になる。
倒れ伏した私を取り囲むように、複数人の野太い笑い声がした。
「ボス、この赤髪...」
「分かってる。コレだ、コレ」
聞いたことのある下卑た声だ。
私の中の本能的な部分が、少女のように震えた。
ブラン......。




