14-②
苦味が口いっぱいに広がってゆく。
顔をしかめないように気をつけていたのに、ミミリスの驚いたような声が私を呼んだ。
「クク…!」
ククによる不調をみんなに少し洩らしたから、こうして注意深く見られてしまっているのかもしれない。
もしくは、また少し頭がぼんやりしそうなほど高熱に浮かされているから、怪しまれたのかも。
とにかく不調でしかない。
面倒になり、私は開き直ることにした。
ミミリスに不敵な笑みを返す。
何か言いたそうにしているミミリスに気づきながらも、私はそれを無視してもう一度念押しした。
「ミミリス。とにかく、合図した時はよろしく」
ミミリスが珍しく眉を少し吊り上げた。
「もうっ。ククッ!」
怒らせてしまったようだ。
そんなミミリスに背を向けて、私は結界から抜け出した。
当然ながら、1つ目のククを使用した時よりも体が軽い。
だけど、倦怠感は更に増している。
今までこんな風にはならなかったのだから、やはりこのクッキーは不良品だ。まあ、無茶な使い方をしなければ良いだけの話なのだが...。
それでも今はこれに頼らなければならない。
私が調合している間に小型の魔物の数が徐々に増え、いよいよレストとシュリーだけではさばききれなくなっていたようだ。
ミミリスの回復魔法が間に合わないほど負傷者が増え、レストたちは私が作った超回復薬を使い始めていた。
「クーークーーーっっっ!!!」
「クク、まだあ〜!?」
2人の必死な声が私を呼ぶ。
「こりゃあ無理っ!!!マジでごめん前言撤回させて!!!後でいくらでも文句聞くから、クク!!!2個目、よこせっっ!!!」
「クク、私ももう無理ぃ〜〜!!」
「2個目はまだ我慢。」
「「鬼〜!」か!」
悪態をつかれながらも私が前戦に戻ると、レストとシュリーはほっとしたような顔を見せた。
「ごめん、お待たせ!」
2人が大型魔物と戦いづらそうにしている原因の小型の魔物を瞬時に片付けて回る。
身体的な疲労感さえ無視すれば、ククの効果で身体能力はずっと向上していた。空を舞い、地を駆け抜け、風のように駆け回る。
私は自分のイメージしたとおり自由自在に肢体を動かし、レストたちや騎士隊の手の回らなかった小型の魔物を瞬殺していった。
出現した小型魔物を殲滅する役割を担っている騎士隊にヨードが合流したのをちらりと確認する。
頃合いを見計らって、私は大型魔物へと攻撃を転じた。
私はレストとシュリーに毒消しを手渡すと、魔物の背中を蹴り、空中から剣技を2度3度と叩きつける。
魔物の悲鳴が響き渡り、もう何度目になるか分からない毒が狼の口から吐き出された。
そこからはまた、その後の一連の流れを繰り返す。
私は思わず悪態をついていた。
「くそっ!キリがない!」
焦りが首をもたげ始める。
体中が痛い。熱い。
自分の荒い呼吸音が、ひどく耳障りだった。
...2個目を口にしたのに!
攻撃した後の反動が大きい。
ずしりと重く感じる体が思うように動かない。
自分の体に鞭打つように無理矢理動かせば、動くのだ。動かすことができればククの効果が助けてくれる。
だが、その一歩までが凄まじく辛かった。
かろうじて動いてくれた体を仰向けに反らして攻撃をかわすと、魔物の爪が前髪をかすめていく。反射的に動かした腕で剣技を繰り出し、魔物の前脚を中ほどで斬り落とした。
これで魔物の動きに制限ができて少しは楽になるだろう。
だがそう考えながらも、これではダメだと本能が告げていた。
攻撃すれば狼が毒を吐いてくる。私たちは毒消しを飲まざるを得ないので動きが鈍る。その間に大型魔物は自身を立て直す。
その繰り返しなのだ。
強力な一打でヤるしかない。
そんなことはみんな分かっていて、その役目はいつも私だった。
だから、私待ちなのだ。
...なのに。
私はずっと決定的な一撃を出せずにいた。
出しているけれど、力が出しきれていないのだ。
2個目を使用すれば本来なら今頃倒せていたはずだ。
ミミリス以外のメンバーは、私がすでに2個目を使用したことを知らないにしても、そろそろおかしいと感じるはず。
やっぱり、用意しておいた方のを使えば良かった。
そんなことを考えながら戦っていれば、必ず剣先に迷いが生じる。
そんな私にいち早く反応したのは、やはりレストだ。
「ククどーした?調子悪いか!」
レストの指摘に焦燥感が増す。
私たちの戦いはブラントたちも注目している。
『誰にも文句を言われないよう確実に仕留めろ』
ブラントに言われた言葉を思い出し、唇を噛みしめた。
深呼吸する。
つぎ。ダメだったら。
腹を決める。
私はできる限り不敵に見えるように唇に笑みを浮かべた。
「ぜんっぜん平気。」
今度はみんなの視線を気にせずにククを取り出した。
ミミリスに目配せを送ると、躊躇うような目をしながらも頷きが返ってきた。
ぱくりとククを口に放り込む。いつもより少し大きく分厚い。より漆黒味が増したクッキーだ。
このククには一時的に体に負担がかからないような調合をしてある。
だが、本当に一時的なものだ。長時間はもたない。
今みたいな状況を想定して準備した。
私のボロボロになった体でも、ちゃんとククの効果が出るように。
その代わり、反動が大きくなるのを分かっていたから、本当は使いたくなかったのだ。
正直、2個目のククを使用しても使いものにならなかった自分の体に失望した。
もう、冒険者としての寿命も限界なのかもしれない。
数ヶ月前のあの惨劇で自分の体に下した考えが、いま現実として目の前に突きつけられている。
ククの強力で急激な効果が、体中をめぐら始める。
深い呼吸を繰り返しながら、サヴィのネックレスを握りしめた。
このネックレスがなかったら、きっとここまで持たなかっただろう。
もうあと少し、私を助けて。
地を蹴る。
一気に魔物との距離を詰めると、私は真横から深く踏み込みながら、重い一撃を叩きつけた。
レストがすかさず魔物の弱点をついて自分に引きつける。
私は、毒を撒き散らそうとする狼のこめかみに連打撃を打ち込み、その動きを止めた。その隙に、シュリーが魔物の背後から攻撃を仕掛ける。だが、激昂した魔物が3本の太い尻尾を振り回し、シュリーがそれをまともにくらってしまった。
短い悲鳴があがり、シュリーの小さな体が大きく弾き飛ばされる。背後には先ほどレストが吹っ飛ばされて折れた木々があり、先が尖っていた。
「「「シュリー!」」」
ダメだ。失神してる。
あのまま激突すれば致命的だった。
深く身を落とし、シュリーの向こう側へと直線的に飛ぶように駆ける。
ぎしりと全身が軋んだ気がしたが、構わずシュリーを抱え込み、受け身を取った。
踏ん張りきれずに木々の間を転がってしまう。
「シュリー!シュリー!!」
大声で叫びながらシュリーを抱き起こす。
腹から迫り上がるものを感じて、顔を横にそらして咳き込むと、手の甲に赤い物が散っていた。
ち、と小さく舌打ちをしながらも、シュリーを見下ろした。
幼さが残る瞼は閉じたまま開かない。
私は、魔法袋から取り出した超回復薬をシュリーに無理矢理流し込んだ。
心臓がどくどくと急がしく鳴り、手が震えてしまう。
「飲め!シュリー!!」
泣きそうになりながら叫ぶ。
「クク!あとは私が。」
いつの間にかミミリスが近くまで来ていた。
私が何かを言う前にすぐさま回復魔法を施し始める。
立ち尽くす私を、ミミリスが叱咤した。
「ククッ!レストが死ぬわ!」
「!!」
振り返ると、魔物に1人で立ち向かっているレストが、毒消しと超回復薬を同時に使用していた。
そのそばから何度も攻撃をくらっている。
「レストッ!!くそ!」
私はシュリーのことをミミリスにお願いしてから駆け出した。
狙うは、一撃。首を根本から。
全力で疾走すると、またひとつ咳が込み上げそうになる。
それら全てを無視して、私は全身のバネを利用して飛翔した。
高い空中へと身を踊らせ、重力と身の捻りを加えて魔物の首を落とす。
私の攻撃を見越したレストが、最後と言わんばかりに、最大限の一撃を同時に繰り出した。
ドン!という重たい音と共に、全てが終わった。
狼3匹の首を根本から斬り落とされた魔物の体が、横倒しで倒れ込んでいく。
それと同じタイミングで着地に失敗した私は、どしゃりといった間抜けな音をたてて地面へと仰向けに倒れ伏した。
激しい咳き込みが体を襲う。
赤い物が飛び散らないように、かろうじて動いた腕で口を覆った。
「やった...ヤってやった......」
手間かけさせやがって、という文句はもう出てこず、咳き込みが止まらない。
遠くから私を呼ぶ声が聞こえてくる。
クク、というものに混じり、リリー、と。
「かっこ、わる...」
ほっとしたため息と一緒に、力無い笑みがもれた。
意思に反して涙がこぼれる。
「シュリー...」
シュリーは。
体が、動かない。
「シュリーは無事よ!!」
「クク!!大丈夫か!?」
私に近づいてくるミミリスとレストの声。
声のする方へ視線をやると、シュリーはレストにおぶられていた。目は閉じられていたが、頬は赤く染まり、すやすやと気持ちよさそうに眠っていた。ミミリスの回復が間に合ったのだ。
「良かった...、シュリー...」
滲みそうになる涙を、瞬きをしてやり過ごす。
レストに抱えられたシュリーは、ますます子供っぽく見えてしまう。そんな風に思ったことがバレれたらシュリーにどやされるなと、私は思わず笑ってしまった。
倒れ込んだまま起き上がれずにいる私に、ミミリスが回復魔法をかけてくれる。
少し楽になったが、この不調はそんなものでは治らない。
私はミミリスに頼み、気付け薬を魔法袋から取り出し、口に含ませてもらった。
「ありがとう」
これでしばらくは楽になるはずだ。
そんな私を見下ろす2人は不安そうだった。
何か言われる前に、先回りして私は笑みを浮かべる。
「帰ってからちゃんと説明するから」
納得のいかなそうな顔をしつつ、2人ともそれ以上は突っ込んで聞いてくることはしなかった。
ごめん。
本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
そんな気持ちを振り切るように、私はゆっくりと身を起こした。
大型の魔物が倒れると、小型の魔物の出現も止まったようで、騎士隊も落ち着いたようだった。
フェリシアを伴い、ブラントたちがこちらへ向かって来る。
無事に任務完了できたとはいえ、こんなにボロボロの状態でやっと倒せたような自分には、とても満足できはしない。
だけど、みんな生きてる。
胸から込み上げるそんな言葉で、泣きそうな気持ちにさせられた。
「ブラン──...」
「おやおや。本当に倒してしまったんだねぇ」
聞き慣れない、気怠げな低い声が辺りにこだました。
男は、ルベル湖のすぐ横に立っていた。
その腕は自身の短剣で斬りつけられ、ポタポタと流れ落ちた血が、美しい湖に赤い波紋を作り出していた。
真っ青な顔でフェリシアが叫ぶ。
「ラインハルト殿下...!」




