14-①
私がそう叫ぶと、みんなそれぞれの装備からククを取り出し、口へ含んだ。
カリッというクッキーと呼ぶには硬すぎる歯ごたえを更に噛み進め、クク特有の苦みが口内に広がっていく。
「──っ、く!」
そうしている間も攻撃は止まない。
レストが魔物の体当たりをいなす。
それを横目に、私は自分の体の一部が変化していくのを感じながら地面を蹴り、魔物の攻撃を避けて攻撃を繰り出した。
一連の動きは今までと同じだが、体は軽くなり、力が倍増している。
それは他のパーティーメンバー全体も同じで、レストの攻撃をまともにくらった魔物の体が、大きな衝撃と共にふらついた。
レストの目と唇が、ククを使用した副作用で漆黒色に染まっている。
魔物の背中を蹴って場所の移動をしながら、私と交互に魔物の死角や側面から攻撃を仕掛けるシュリーの爪は黒く染まり、魔物の背後から強力な魔法をぶつけるミミリスの髪色は、濃い紺色から元の金色へと変化し、風が吹いているかのようにゆらゆらとなびき、淡く輝いていた。
パーティーメンバーのそれらの症状の現れに遠くで戦っている騎士隊員の者たちから驚きの声が漏れ聞こえてくる。
レストたちがそうなのだから、当然私にも容姿の変化が起こっているだろう。
その場の者たちが私たちの姿に慣れるまで、私はブラントの方を直視することができなかった。
身を低くして魔物の攻撃をかわし、地面を蹴って走る。
私の仕事はレストの邪魔をしない程度に魔物の注意を引き、シュリーと連携して魔物の体力を削ることだ。
互いに息を合わせ、魔物の左右からそれぞれの技を繰り出す。
大きな悲鳴と共に、私たちの方へ体を向けようとする魔物を、レストは更に強烈な技を叩きつけ自分へと引きつけた。
「てんめぇの相手はこっちだっ!バケモンが!!」
悪態をつくレストが小柄に見えてしまうほど魔物は大きく、鋭い牙と爪が空を切るたび、冷や汗が伝う。
「レスト!牙と爪!!私の薬をすぐに飲め!!すぐだ!!」
「分かってる!!」
アレは強力な毒だ。死に至る。
だが、私が調合した毒消しを飲めば治せる。しかし、ああいうのは本当にくらった直後でないと意味がない。瞬間的に命を奪うほど強力な毒だからだ。すなわち、絶対くらったらダメなやつ。
レストが魔物の注意を引き、大立ち回りをしている間に、私とシュリーは少しずつ魔物のの体力を削っていった。魔物の皮膚は硬く、体力も有り余るほどあるようだったが、少しずつでも確実にダメージを与えていく。
私たちが戦う場所から離れて戦うよう指示してあった騎士隊は、計画どおりの場所で戦闘を始めているようだった。
狼の頭を持つ大型魔物が出現した後、複数の魔物が湖から次々と出現し始めた。
増え切る前に殲滅していく作戦は、概ね成功している様子だ。
フェリシアは自分で依頼し自身で魔物を呼び出したというのに、始終真っ青な顔をしていた。
そんなフェリシアを、ブラントとヨードが連携して守り、騎士隊に指示を飛ばしている。
その傍に、人の顔はどの大きさの球体が浮いていた。いつの間に出したのか、先日フェリシアが言っていた場面を記録する魔法アイテムだ。
一定の間隔で球体の表面が虹色に光っていた。
ふと、ブラントがこちらを見たような気がした。
遠いから気のせいだと自分に言い聞かせないと、集中力が切れそうだ。
私は息切れを起こしそうになっている自分の体力の消耗に小さく舌打ちする。
消耗が早すぎる。
一刻も早く片付けてしまわなければ。
ミミリスの長い詠唱が始まった。
得意の氷の大魔法だ。
私たちはそれに合わせて、無防備になってしまうミミリスから魔物の注意を引きつける。
「今のうちに十分ミミリスから注意を引き付けろ!!」
そう叫びながら、レストが大技を連発させた。
レストの攻撃に合わせるように、シュリーは弱点をつく技をすかさず叩きつけていく。
私は2人が攻撃し終えるタイミングに合わせ、最大の攻撃をたたきつけた。
魔物が尻尾を振り回しながら巨体をひねり、私目掛けて牙を向けてくる。
複数ある首が交互に攻撃してくるのを、身をひるがえして避けると、鋭く空気を切る音が耳をかすめ、前足の攻撃が迫ってきた。紫の毒々しい爪が脇腹めがけて振り下ろされる。
「ククッ!くらうなよっ!!!」
「誰がっ!」
全ての攻撃を避け終わると、ミミリスの詠唱が終わった。
誰に言われるでもなく、皆身をひるがえして魔物から距離を取る。
身長より長い杖を高くかかげたミミリスが天を仰ぐと、瞬時に曇り空となった雲の合間を割り、先の尖った巨大な氷の塊が轟音と共に落ちてくる。魔物が避けようが、ミミリスの魔法命中率はほぼ100パーセントに近い。
氷魔法がこの魔物の弱点のようだ。
耳をつんざく悲鳴をあげ暴れ回るが、氷の塊が次々に落ちてくる。
その威力に耐えきれず、魔物はその身を地面に沈み込ませた。
「さっすがミミリスお姉さまあっ!」
シュリーがその場に飛び上がって喜ぶ。
だが、倒れ伏した魔物の5頭の真ん中の狼が、紫色の煙を撒き散らし始めた。
ヤバいと反射的に思う。
私は声を張り上げた。
レストの声と重なる。
「離れろぉおっ!!」
「毒消し!!」
叫びながら瞬時に計算する。
毒消しの量が果たして足りるのか。
状態異常回復魔法じゃ間に合わない。自身にかけるので、ギリ。即死級の毒。
ここまでとは想定外だった。
「く...っ」
悔しさが唇から漏れる。
そんな側からじわっと毒が鼻腔から舞い込み体を巡ろうとする。
取り出した毒消しを嚥下し、直後に振り下ろされた魔物の前足を横に飛んで避けた。
大きな咆哮。5匹それぞれが叫ぶのでビリビリと肌が震えるほどだ。
咄嗟に背後を確認する。
騎士隊との距離はだいぶ離れている。
毒は届いていないようだ。
万が一のことも考え、結構な距離をあけておいて良かった。
そんなことを考えているうちに、また次の毒がきた。
狼の口から紫色の煙が漏れ出て、周りを紫に染める。
呼吸を挟まず、皆すぐさま毒消しを流し込む。
煙はなかなか消えず、追加で毒をくらえば、また毒消しを消費した。
攻撃を仕掛け、毒がきて、毒消しを飲む。
その繰り返しだった。
キリがないのは分かっているが、隙がない。
私はメンバーに向けて叫んだ。
「多分、このペースでいけば、足りない!」
魔物の攻撃の激しさが増した。ミミリスの攻撃がだいぶ効いたのだろう。ブチ切れている。
「そっこうで倒せば、問題ねえだろ!」
「あの、真ん中の狼っ!アレをヤる!」
「それがいいねえ〜!」
「了解よ」
みんな同意して、それぞれ動き始める。
その合間も、当然毒の攻撃は止まない。
毒消しを飲むタイミングが少しでも遅れれば、死に至る。
そんな緊張感の中で、体を回転させ重力を利用し、私は毒を振り撒く狼の首を斬り落とした。
「っしゃ!──っしまっ!うぐっ!!」
「レストっ!!」
痛みで転げ回る予測できない魔物の攻撃を、間近で注意を引いていたレストがもろにくらった。
木々を数本折りながら遠くに飛ばされる。
レストが視界から消えると、魔物の攻撃は私へシフトチェンジした。
「クク!!」
「......っ!大丈夫、いつもどおりにっ」
私はレストほど体力も守備力もないが、瞬発力や体の柔軟さを活かして攻撃を避けることは得意としている。
シュリーの方が避けるスキルは上だが、体力がないのですぐに致命傷を負う。
私の方がまだ少し持ち堪えられるから、という苦肉の策だが。今までも、レストがいない時は私が代わりを担っていた。
魔物の苛烈な攻撃が私に振り下ろされる。
何度かよけた前足の爪を最後には避けきれず、剣で受け止めてしまう。
重い...!
かろうじて横にいなす。
「リリーッ!」
遠くからブラントの焦った声が聞こえてくる。
横目で見遣ると、騎士隊の戦闘も佳境となっていた。
魔物の数が増え、フェリシアを庇いながらの戦闘はキツそうだ。
私は構わず目の前の敵に集中する。
相変わらず狼の魔物は、攻撃の合間に毒を撒き散らしてくる。
1匹倒したはずの狼の代わりのように、隣の狼が同じ役割を担っていた。残りの4匹全部倒さない限り毒を撒き散らし続けるのかもしれない。
「ああ〜!めんどくさいなあ!もお!」
「出たあ。ククのお決まりのセリフ〜」
「ふふ」
いつものように笑ってくれているけれど、2人の笑みにあまり余裕はない。
しっかりやらなきゃ、シュリーとミミリスの方へコイツか行ってしまう。
私が相手をしている間に背後から2人が攻撃を仕掛けてくれている。
気合を入れて注意を引いていないと、あっさり持っていかれそうだ。
「こっち向いてろっ!!」
狼の眼と鼻先に連続して打撃を入れる。
いつもならこの辺で戻って来るはずなのに、レストの戻りが遅い。
まさか、死──...!
焦ってレストの方を振り返ろうとした時、私の視界をライオンのような髪が横切った。
「痛えだろぉがくそがぁあ!!」
レストの渾身の一撃が叩き込まれ、毒を撒き散らしていた1匹の首を斬り落とした。
「っしゃ!」
喜ぶのも束の間、やはりまた次の狼が毒を撒き散らし始めた。
キリがない。そして、毒消しが...。
「あと3回くれば切れる!」
レストが宣言した。
私たちより多く攻撃をくらうレストには、毒消しを一番多く渡してある。
「ああもうっ!ミミリス!」
「承知」
無駄に色っぽい声色で返事したミミリスが、結界魔法を唱え始める。
私は前線から離脱し、ミミリスのいる後方へと退避した。
言い合わせていたとおり、レストとシュリーが連携して魔物を攻撃し始める。私が減った分、当然2人の負担が増えていく。
ミミリスの傍に膝をつくと、パキンという硬い音と同時に結界魔法が完成した。
魔法袋から取り出した調合道具一色をその場で広げる。万が一のために作れるところまで準備しておいた薬品を元に、調合を開始した。
私の戦闘中の調合を見た人たちは、皆口をそろえて「大道芸人か」と呆れたように揶揄する。
こういう時のために特注した、薬品瓶のダースセットを複数取り出すと、私は複数のアイテムと薬剤を調合し、数十個の毒消しを一瞬で完成させた。
「相変わらずバケモノみたいに素早いこと」
「どおーも。」
調合の様子を横目でちらりと見ていたミミリスは、目を細めながらそう言って苦笑した。
私と同じように調合できるミミリスは、いつもこんな風に呆れ果てた様子でからかってくる。
「完成。はい、これミミリスの分」
「少なめでいいわ。後のはレストに。私は魔法で対応するわね」
「おっけ」
そんな話をしていると、レストが叫んだ。
「クークー!まだかあ!!」
見ると、騎士隊からもれた小型の魔物がわらわらとこちらへとまぎれ始めていた。
咄嗟に騎士隊のいる方角を見る。
湖から湧いたばかりの魔物を担当する騎士隊が、さばききれていない。
ブラントたちの方を確認すると、ヨードがフェリシアから離れ、魔物を片付けながら湖へと向かっているのが見えた。
「ヤバいな...」
思わず呟きが漏れた。
首から下げたサヴィのネックレスを握りしめる。
私は、レストのサポートのために詠唱を始めたミミリスの隙を見て、小手の内側にあるリストバンドのポケットからククを取り出し、口に含んだ。




