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「次の注文終わったら休憩回してくれ〜!」
野太い声で厨房から叫ぶ元剣士の父ギアと、
「リリア、行ってきなさい、あ!先にブラントたちに差し入れ持って行ってくれるかしら?」
儚げな容姿だけれど、いつも元気いっぱいの母リアーナ。2人とも我が親ながらなかなかの美男美女で、常連のくせに毎日のように頬を赤らめ2人を見る隠れファンもとい客は、結構ザラである。
私は、両親が営む宿屋兼酒場リアーナ亭の一人娘だ。
父似である私は、黙っているとキツい顔立ちをしているのがコンプレックスで、母のように女性らしく見られるにはどうすれば良いか日々気をつけて生きている。何故なら、ウチに居候中であるブラントに絶賛片思い中だからである。
「はーい!」
母を意識して、いつも少しテンション高めを意識し、元気と愛嬌をモットーにしているのだ。
忘れないように玄関横のテーブルに置いておいた、私の初考案の手作り薬草クッキーを片手に持つ。ブラントが騎士見習いの勤めで不在だった間に、試作品を何度か作り仕上げた物だ。甘い物があまり得意ではないブラントに合わせて作ってみた自信作。
クッキーを喜んでくれるブラントを想像しながら、私は訓練所へと向かった。
☆
父と母は元冒険者だった。らしい。
詳しい話は避けられるので、元剣士、元薬師だったとしか知らない。興味もなかった。
今の生活を気に入っていたから。
そして、それがずっと続くと信じていた。
この時の私は、まさか自分が冒険者になるとはこれっぽっちも思っていなかったのだ。
しかし...。
「ブラン!差し入れ持って来たよ〜!」
いつも通り騎士見習いの訓練所へ差し入れを持って行くと、皆大喜びで休憩に入った。
汗を拭きながら、ブラントがこちらへやってくる。
「いつも悪いな」
「ううん!近いし!」
頬が赤くならないように気をつけながら、母から託されたブラントのお弁当を手渡す。母アイデア、父調理の、訓練用精力レシピだ。
ついでに持って来た代えのタオルを手渡すと、ブラントはまた「悪いな」と言って額の汗を拭った。光の加減で薄紫に輝く銀の髪が、はらはらと額に落ちる。ブラントの髪色は、金髪や赤や茶髪の多いこの国では珍しい。
ちなみに、私は髪も父に似て赤色だ。目の色は母に似て金色なのだけれど、日に当たると薄くなりすぎてたまに獣じみていて怖いと友人たちに言われる...。
「髪伸びたね」
ふとブラントの前髪に軽く触れようとすると、すっと避けられてしまった。
近頃はそうやってよく避けられるので悲しい。
落ち込みそうになっていると、ブラントが「伸ばしてるんだ」と答えた。腰まで髪を伸ばし、ツーブロックにしている父の髪型を真似たいらしい。
肩の下あたりまで伸びているブラントの髪は、無造作にひとつにしばられている。数年前までは、私がふざけて三つ編みにしてしまっても、ポニーテールにしてみても、ブラントはされるがままで嫌がらなかったけれど。
髪直してあげようか、と言うタイミングを見計らっていると、休憩スペースからブラントを呼ぶ声がしてしまった。ブラントと街で1番仲の良いヨードだ。実は、この街を治めるリンデン伯爵家の三男である。平民に混ざり騎士見習いをしている変わり者だが、ただブラントに絡みたいからという風にも見える。
「今行く」とブラントが答えた。数日前に勤めから帰ってきてばかりのブラントと、私はまだあまり関われずにいたから、あっさりとヨードの方へ向かおうとするブラントに、寂しい気持ちでいっぱいになる。限られた休憩時間にも関わらず、私の相手をしてくれているだけでも満足しなければいけないと分かっているのに。
「あの、ブラン...」
「飯、いつもありがとな。ギアさんとリアーナさんにもお礼伝えてくれるか?」
「う、うん!」
「じゃ、帰り気をつけて帰れよ」
「近いし大丈夫だってば!私だって、父さんの娘だもん!」
イタズラで父さんの剣を両手に持ち、振り回されていた幼い頃の私を思い出したのか、ブラントがふっと笑った。久しぶりに見たブラントの心からの笑みに私は釘付けになる。
最近のブラントは、なんだか少し変だったから。
ほっとするようなドキマギするようなへんてこな気持ちになりながら、私はそんな自分の様子を誤魔化すように唇を尖らせてみせた。
「もう!私、帰るから」
「ああ、じゃーな」
片手を上げて背中を見せるブラントを見送る。
いつも通りのようでいつも通りじゃない、最近のブラント。少し前のブラントなら、休憩時間が短くても、ちゃんと私を少し先まで見送るなり送るなりしてくれていた。
「変なブラン。......でも、すき。」
小声でつぶやく。
私と少しだけ微妙な距離を取るようになってしまったブラントから、無理矢理視線を外す。
出会った頃のようなブラントに戻ってしまったというわけではない。
なのに、なんだか不安が消えないのは何故だろう。
ブラントがどんどん遠ざかってしまうような、そんな予感がずっとしている。
いつまでも子供のままではいられないのは分かっている。
だけどもうほんの少し、まだ先の事だと思っていたのに。
仲間たちと談笑するブラントは、すぐそこにいるはずなのに、その横顔が最近はまるで知らない人のように感じられるのだ。
人形のようだったブラントの心を溶かしたのは私...と、言いたいところだけれど、溶かしたのは両親だ。
居候し始めてしばらくすると、ブラントは普通の子供のように少しずつ明るくなっていった。底抜けに明るい両親のおかげだ。
私の両親のように、ブラントの両親も元冒険者だった。両親ともに任務中に命を落とし、仲の良かった私の両親がブラントを引き取ったのだ。
私が8歳で、ブラントが9歳の頃だった。
表情が抜け落ちたようなブラントの、静かな凪いだ黒い瞳が印象的だった。
私が命を救われたのは、それから間もなくの出来事で、人形のように生活していたブラントが、知り合って間もない私を捨て身で助けてくれた事にとても驚いたのを覚えている。
ブラントは、子供とは思えない身のこなしと剣技で、大きな魔物を倒してみせたのだった。
綺麗な顔なのに、にこりともしないブラントを笑わせてみたくて、身勝手にも森の中へ誘い出した私を助けてくれた。私の中のヒーローが、父からブラントへと更新されてしまった出来事だった。
少し前まで2人で歩いた帰り道を1人歩く。
ふと、使い終わったタオルを持った片手と反対の手に持つ箱の入った袋に気がついた。
「忘れてた!」
肝心な物を!
ククという薬草で作った、自作レシピのクッキーだ。
ジンジャーに似た効果のある薬草で色も少し禍々しいが、とても貴重だし、全ての能力をわずかにアップしてくれる効果があるようなのだ。きっとみんな喜んでくれるに違いない。
ああ、肝心な物をなぜ渡し忘れてしまったのか、と私はもどかしい気持ちを抱えて来た道を戻った。
訓練所へ戻ると、ブラントたちはまだ休憩中の様子。
私はほっとして、彼らのいる休憩スペースに置かれたテーブル席へ駆け出した。
すると、ヨードの声が聞こえてくる。
「守られて当然って顔する女って苦手かも」と。
冗談交じりにも聞こえるその言葉に、皆笑い声をかぶせる。
ブラントもいるのに女の話なんて!と思ったが、騎士見習いの彼らは、年齢が下は13歳で1番上が15歳の、年頃の少年たちだ。こんな会話があっても当然なのである。
盗み聞きしてしまっているようで、私は気まずい気持ちになりながら、少し大きめな声で彼らに声をかけた。
「ごめん、渡し忘れてた物があって!」
「あれ?リリアじゃん」
私に気づいて声をかけてくれた人もいたのだけれど、ヨードはお構いなしに、「だろ、ブラント?」とよりにも寄ってブラントに話を降った。
ブラントも私が戻ってきたのには気づいているはずなのに、私に顔も向けずに、ただヨードと会話を続けている。少し荒んだような雰囲気をただよわせるブラントに、私はわけがわからず、そこで会話を聞いていた。
初めて見る、ブラントの冷たい笑み。
「可愛ければいいんじゃないか?退屈そうだけど」
(......!!!!)
☆
気づけば自室の天井を見上げていた。
頭の中を巡るのは、ブラントのセリフと、最近のブラントの私へ接する態度だ。
(あれって、私のこと......!?)
がばっ!っとベッドから起き上がる。ちなみに「可愛い」が自分を指す表現のひとつであることに何の疑いもない。父似ではなく、本当は母に似たかったけれど、父の容姿もとても整っているのだから。
階下から母の私を呼ぶ声がする。が、全てが耳から抜けていく。もんもんぐるぐると、思考が、ただ、めぐる。
私は頭を抱えた。
指の間からこぼれ落ちる赤髪は、母の元薬師という知識を駆使してもらって丁寧に根性で毎日手入れしたおかげで手に入れた、サラツヤの髪である。肌も同様に。清潔感も、女性らしさも、全て!!!女は!元気と!!愛嬌だと!!!信じて!!!!これまで、ただ、それだけを、一生懸命に、やってきた!!!!!
見下ろす先の、綺麗に手入れされた両手が、わなわなと震える。
「た、たいくつ......退屈...私...っ!退屈な女なの!?」
そのまま夜が更けていった。
☆
「だからってなんでそこから冒険者になるって発想になるんだよ......?」
心底呆れ果てた顔をしてレストが言う。
その隣に座る妖艶な美女ミミリスが、興味なさそうにレストの言葉に付け加えた。
「アンタみたいな女は退屈どころか予測不能な女って言い方が適切だと思うんだけど」
「同感〜キャハハ!あ、リアーナさあん、おかわり良いですかあ??」
ただいまあ!と元気の良い母の声が返ってくるのを聞きながら、私は手にしたエールの残りを煽った。
「真面目に答えた私が馬鹿だった。母さん、私もおかわり〜!」
「リリア〜??週末は手伝う約束でしょお〜!」
「......はーい。」
母の間延びした忠告に肩をすくめる。
同じテーブルに座っているみんなが、からかうような目をして片手に持つ空グラスを私の前に置いた。
「「「おかわりよろしくう〜。リリアちゃあん。」」」
「〜〜〜っ!連れて帰るんじゃなかったっ!!」
ガッタンと椅子から立ち上がる私の背中から、冷やかすような声があちらこちらから聞こえてくる。
「本当に立派になって...」「さすがギアたちの娘...」「仲間にも恵まれてるようだな」「週末には帰ってるようだぞ」「まあ親孝行ねえ」
「ブラントは一緒じゃないのか?」「それが...」
噂話には慣れてる。けどその中から聞こえてきた名前を耳にすると、とたんに喧騒が遠くに感じた。
「......ク。クク!」
ふと顔を上げると、両手に持っていた空グラスを手にして、レストが私を見下ろしていた。
「え、あ......。」
「カウンターまで持ってけばいいのか?」
「うん、ありがと...」
「しっかりしろよ。そんな調子で来週大丈夫かよ?」
「大丈夫。」
きっぱり答えると、レストはそれ以上何も言わなかった。けれどその目には心配そうな色がにじんでる。
私は振り切るようにカウンターへ滑り込んだ。いつも置いてある場所から自分のエプロンを取り出し、高い位置で結んでいる髪を丸め込むようにまとめると、早業で準備したエールをカウンターにどかっ!と置いた。
「はいはいエール3杯いっちょあがり!レスト、とっとと持ってって!」
「んだよ心配して損したわ」
大きな背中が大人しく従ってくれるのを見送る。この頼もしいレストの背中を見続けて、かれこれ3年ほどになる。今や私が安心して背中を預けられる仲間の1人だ。
私は今、昔の父と母のように、冒険者をしている。
大剣士レストと魔法使いミミリスと盗賊シュリーと。パーティを組んでもうすぐ3年になる頃だ。1年ほど前から、週末にはなるべく地元に戻り、父と母の店を手伝うようにしている。
冒険者になっても、この街は昔から変わらない。こうして仲間を連れ帰っても、温かく懐かしいままで、迎え入れてくれる。
ただ、1人をのぞいて。
......ブラントを。
その事実が私を虚しくする。楽しく充実な筈の日常を、空虚なものに、偽りかのように感じさせるのだ。
「リリア、これ3番卓に持ってってくれ!」
父の声にはっとして、反射的に母のように「はあい」と返事しそうになって踏みとどまる。「了解〜!」と返すと、父と目が合った。何もかも分かっているような目をする父は、私が何をするにも特に反対することはなかった。冒険者を目指すと伝えた時以外は。勘当同然で家を出て、1年前に戻って来た時も、何も言わずただ抱き締めてくれただけだった。ほんわかした母が、帰ってきた私の頬を叩いたからかもしれないし、理由は分からないけれど。
「......あのレストって男は、なかなか強いな」
父の低い声にふと笑って「うん」と頷く。
「だが、俺が安心して預けられるに至らないぞ」
「...うん。」
父が何を言いたいのか、分かっている。
だけど、仕方ないじゃないか。
私は、選ばれなかった。
その現実を見たくなくて、知りたくなくて、私は、逃げた。
今も受け入れられずにいる。
この現実を。ここに、ブラントがいないことを。
ブラントが選んだ未来を。
だけど、それを受け入れなきゃならない日が近づいていた。偶然なのか運命のいたずらってやつなのかは分からないけれど。避けられないような形で。




