プロローグ
初投稿です。
設定などちゃんと決めきれていないかもしれませんが、お手柔らかに読んでくださるとありがたいです。
よろしくお願いいたします。
大きな音を立てて、魔物が私たちの目前で倒れた。
「リリー。もう、大丈夫だ」
そう言って安心させるように微笑む。
満身創痍で私を助けてくれた貴方は、ずっと私のヒーローだ。
☆
私の家は、酒場兼宿屋だ。元冒険者の父と母が営んでいて、そこそこ客の出入りもあって、たまに客同士のイザコザがあるけど、腕っ節の強い父がいるから、おおごとになることもない。
平和なのんびりした日常を送っていた。
そんな平凡なとある日。
父ギアが連れてきたのは、見たことのない色合いを身にまとった綺麗な男の子だった。
銀色の髪と黒曜石のような瞳。銀の髪は、光にあたると薄紫色に輝く。
天使のような愛らしい見た目をしているのに、ニコリともしない。動く人形のようにも見えるのに、その瞳は雄弁に語る。
不思議な魅力があるひとつ年上の男の子。
「ねぇねぇ!私はリリア。よろしくね、なんて呼べばいい?」
「......ブラント。」
急に同居することになった男の子に、私は興味津々だった。
いくら話しかけても、ブラントの能面のような顔に変化はない。笑わせたくて、別の表情を見てみたくて、しつこいくらいに絡んでいたっけ。
「ねぇねぇ!ブランって呼んでもいい?私のことはリリーって呼んで良いから!」
「......。別に良いよ。」
「ありがとう!よろしくね!」
「......。」
良いよと言ってくれているけれど、その瞳には拒絶とかげりが見える。いつしか私は、ブラントの瞳を覗き込むような癖がついてしまった。だって、ブラントの瞳って凄く正直だから。
嫌そうな素振りを見せていても、ブラントは私を邪険に扱ったりはしなかった。黒い鏡のような瞳で真っ直ぐ見つめ返してくれるブラントの誠実なところも、私は好きだった。
その"好き"が、ただの興味から異性へと向けられるものへと変わるのは、きっと時間の問題だったと思う。けれど、大きなキッカケとなったのは、街の裏にあるキ・サの森へブラントを誘った出来事だった。
「......。ここは、駄目だ。」
私に手を引かれるまま、大人しく着いてきていたブラントの足が止まる。目の前には、世界一の広さのある森だ。
「大丈夫!私これでも父さんから剣の指南受けたことあるから!」
「......。」
「それに、いつもここに薬草を取りに来てるのよ」
その"いつも"は、母が一緒だったことは伏せておく。
何を言っても動かないブラント。その表情は相変わらずの能面ヅラ。
「いいわ、私ちょっと薬草取ってくるからそこで待ってて!」
言ってみてから、何度かちらちらとブラントを振り返りつつ、森の中へと入っていく。ブラントは何を考えているのか分からない顔をして、ただそこに立っていた。
私は小さく諦めのため息をつく。そして、いつもの薬草のある場所へと足を進めた。
「ブラントのビックリした顔見られるかなあって思ったけど、そう簡単にはいかないか......って、あれ?」
呟きながら進むけれど、一向に薬草は見つからず、私は迷子になったことを悟る。心なしか、森が静まり返っているような...。向かおうとしている先から、獣のような鳴き声を聞いたような気がした。
「や、ヤバいわ...!も、戻ろ...」
来た道を戻ろうと身をひるがえしたその時、背中に衝撃を感じた。
何かが背中にのしかかっている。
重い...!
獣の生臭い息。
背中越しでも感じられるほどに近い。
悲鳴すら出なかった。父や母から教わった戦い方なんて、何の役にもたたない。だって本気で聞いていなかった。必要とすら思っていなかったから。
死ぬ、と悟ったその時、獣の悲鳴が辺りに響き渡った。
背中がふと軽くなる。私はわけも分からず、その場から這うように木の影へと身を隠し、何が起こったのかを確認した。
私の前に立ち塞がった小さな影。それがブラントなのだと気づくのに時間がかかった。頭が完全にパニック状態な上に、ブラントが戦えることすら知らなかった。必要最低限なことしか話さず、動かない、そんなブラントが、自分の意思で戦っていた。その手に持っているのは、どこで見つけてきたのか、長い木の枝だ。先が尖るように手折ってあるようだった。
私は声も出ず、動けなかった。助けも呼べず、ただ震えながら見ていた。血だらけになって戦うブラントを。
狼のような猪のような魔物を、ブラントは時間をかけて倒した。手足は魔物の牙の痕で血だらけだった。正に満身創痍だ。なのに、ブラントの瞳はらんらんとしていた。黒曜石のような瞳を真っ直ぐに私に向けて、木の影でガタガタと震える私を覗き込み、凍りついたような冷たさを宿した表情を崩し、微笑んだ。
「リリー。もう、大丈夫だ」
声にならず私は小さな小さな子供のようにわんわんと泣いた。いろいろな感情が入り交じっていた。そんな私を見つめる黒曜石の瞳からは、労るような柔らかな感情が伝わってきた。
家に戻っても、ブラントが倒れてベッドに寝かされても、父と母が何を言って宥めても、私は涙が止まらなかった。全身包帯だらけになったブラントを見つめながら、その瞳が開いてくれるのをただ祈った。
ブラントが目を覚ましたのは、それから数日後のことだった。何があったのか聞き出した父は、その後からブラントに剣術を教えることにしたようだった。ブラントが回復してからは、毎日剣術の指南をするようになった。
ブラントの見せたあの美しい微笑みは、どうやらただ私を安心させるためだけに見せたものらしいと悟ったのは、ブラントが目を覚ましてすぐの事だ。相変わらずの能面のような顔のまま、瞳だけは雄弁に語る。けれど、父との剣術指南の時間を見学していると、少しずつブラントの表情に変化が見られるようになった気もしている。
私は、あの出来事から、更にブラントから目を離せなくなってしまった。魅せられたようにブラントの剣術訓練を見ている私の横には、懐かしそうに目を細めて父を見つめる母の姿がある。母は、父と同じく元冒険者だ。何でも、腕利きの薬師だったらしい。
「母さん、私、薬草のお勉強がしたい」
「ふふっ。あらあら、急にどうしたの?でも、いいわよ。お母さんの知識はぜーんぶリリアちゃんの物だから」
常に語尾にハートマークが着いていそうな、そんなほんわかな母に頭を下げると、母は少し驚いたように目を見開いた。そして、見たことのないような微笑みを浮かべ、もう一度「お母さんの知識は全部リリアちゃんの物よ」と笑った。
それから間もなく、私は本格的に母に弟子入りした。
剣術の指南が日常へと変わった頃。家の裏庭にある木陰で、木に背中を預けて仮眠を取るブラントを見かけた。忍び足で近寄る。珍しく気づかない。
出会った頃より精悍に成長した輪郭に深く落ちるまつ毛の影。その美しさに吸い寄せられるように、気づけば私はブラントの顔へとかがみ込んでいた。
間近に迫った形よすぎる唇に、はっと我に返る。咄嗟に触れたのは唇の真横だったけれど、唇の端に少し触れたような気もする...。
「......っ!」
自分でやった癖にビックリして慌てて離れると、自分を見つめる黒曜石の瞳と、至近距離で目が合った。
あんなに感情豊かだったその瞳からは、何も感じられない。喜びも、戸惑いも、嫌悪感すらも、何も無い。ただの"無"だった。その事実に私は傷つけられた。
息を飲んで、ブラントから一歩身を引く。
そんな私を、何も感じていないような瞳でブラントが見つめる。
いっそ、罵ってくれた方がマシだった。なんなら口元を拭ってくれたって良いとすら思った。
だって。
「リリアちゃあん!ブラントちゃあん!お昼ご飯よお〜!」
すっとブラントが身を起こす。
「今行きます!」
「あ、あの、ブラン...」
「リリー、行こう」
なかったことにさせられてしまうから。
何も起こらなかったことに。
それからのブラントと私の関係は、いつも通りだった。それまで通りの私たち。私の家に居候するブラントは、家族だった。まるで兄妹のような、そんな2人のまま。
ズルいってことは分かってる。
好きな気持ちが溢れたからって、あんな手段を取ったことも。
だけど、伝わっただろう気持ちをあんな風にあしらわれたら、勇気なんてもう出せなくなった。
いつか、私がもっとレディになって、母の薬草の知識ももっと私のものになって、もっと自分に自信がついたら。
そんな風に思っていた。
けれど、私たちの関係性は少しずつズレていって、きっとキッカケはあの木の下で。ブラントは分からないようにふるまってくれていたけれど。そのキッカケは、今は大きな壁となって私たちの間に引かれてしまっている。
そのズレが目に見えて分かるようになったのは、ブラントの成人目前のとある日。
騎士見習いとなったブラントと仲の良いヨードという伯爵子息から入ったとある依頼で、数週間王都へ行かなければならなくなったのだと、出会ってから初めて長い期間ブラントと離れることになってしまった時から。
帰って来たブラントは、もう私を真っ直ぐ見つめてくれなくなってしまった。普段通り振る舞っているようでいて、雄弁な瞳が語る。
───不必要に近づいて欲しくない、と。




