13-②
天幕の中にしては明らかにおかしな内装となっているというのに、ブラントはそれらには全く目もくれず、天幕をまくり上げた体勢のまま私を凝視している。
私の今の格好は、サイズの合わないサヴィのワイシャツに下着姿。しかも、胸をつぶすために巻いてあった布も暑すぎて脱ぎ捨て、じかにサヴィのシャツを羽織っていた。
ブラントが入室して来れたように、天幕は誰でも出入りが可能な状態だ。室内は暑く、じんわりと汗をかいていた。きっと顔はほてったように赤くなっていて、調合していなければ、いったい何をしていたのか?と思われそうないでたちである。
ブラントはさっと天幕の中に入ると、設置されている簡易鍵を用いて、出入り口を閉めた。
それらをただ黙って好きなようにさせていた私は、完全に思考が止まった状態である。
何故だか浮気が見つかったかのような後ろめたい気持ちにさせられかけて、はっ!となる。
私が慌てふためくのをやめて顎を上げてブラントを見返すと、その表情が険しくなった。
「リリー、何をしてる?こんな誰でも出入りできるような状況で、しかも俺が入室してくることにも気づけなかったと言うのか」
そんなブラントの冷静さを欠いた勢いに、私はまたたじたじとなる。
こんなブラントは、幼い頃に私が無茶をした時以来だ。
「ちょ、ちょっと調合に集中してただけだよ。明日の戦いのことを考えながらやってたから、つい没頭しちゃって...」
「無防備すぎる。ありえない」
ブラントはそんな小言を言いながら、ソファに置いてあった毛布を掴み、私に近づいてくる。
近くまで来たブラントを見て、私は動きを止めた。キスを交わした時に負った唇の傷が、綺麗に消されていたからだ。
ブラントが心配してくれたことに高揚した気持ちが、一気に冷たくなっていく。
「やっぱり、なかったことにしたいんだ」
何のことを言ってるのかが分かったのか、ブラントはすぐに「違う」と否定した。
「これは戦闘が始まる前に…」
ブラントの言葉をはばんで、私はきつい視線でブラントを見上げた。
「──そんなことより何か用?」
無理矢理話題を変えると、ブラントの表情が曇った。
「もう用がないとお前に会いに来ることもできなくなってしまったのか?」
言いながら、ブラントはソファに置いてあった毛布で私をくるんだ。
私はその手を拒み、思わず言い返す。
「そんな関係になったのは誰のせいだと思ってるの?あのお嬢様の騎士になって、私たちを捨てたのはブランでしょ?」
「捨ててない!」
声を荒げたブラントに、気持ちがあおられる。
「どこが?クロイツ勲爵士様。」
「──...。」
名を呼んでやると、ブラントの勢いが止まった。
だが、ブラントは無言のまま、その手に持つ毛布でまた私をくるもうとする。
私はそれをまた押し返した。
だめだ。暑さで頭が回らない。
「なんで、優しくするの?ブラントの些細な言動ひとつで、私が一喜一憂するのがわかんない?この状況で期待しないなんて無理があるよ。気持ちに答えられないなら、ブランのこと忘れられるまで優しくするのはやめて。」
きっぱりとそう言い捨てると、ブラントは手に持っていた毛布を私の手に押し付けた。
「体調が悪そうだったから、見に来ただけだ」
「貴方のお嬢様も体調悪いんじゃないの?ブランはそっちを気にかけてればいい。」
嫌味ったらしく言ってやったのに、ブラントは怒るどころか、もどかしそうに私を見た。
「放っておくことなんてできないだろ。リリー、どうかしてるよ。こんな格好でうろついて何を考えてる?そのシャツの襟にある紋章はヴェゼル一族の物だろう?サヴィ殿と付き合ってるのか?」
目を覗き込みそう聞かれ、私は思わずふっと笑ってしまった。
「なにそれ気になるの?ブラン、分かってる?今のって嫉妬してるように聞こえるんだよ。これで期待するなって言う方が無理があるよ」
「……。」
部屋にはぐつぐつといった、私の調合道具が立てる音が響いた。
私はそこで我に返り、ブラントの背中を押す。
くつろいだ格好に着替えたブラントの黒いシャツ越しに、弾力のある逞しい筋肉を感じて、どぎまぎしてしまった。
「と...っ!とにかく、私いま忙しいから。体調もほら、大丈夫だから気にしないで。早くここから出て行って」
すると、触れていた方の腕をブラントがつかんだ。
「リリー、お前熱が…?」
私は慌ててその手を振り解いた。
「たまになるんだよね、最近。疲れが溜まると特に!寝れば治るから、こんなの大したことない」
平静を装う私をじっと見つめたブラントは、何を思ったのか、一歩二歩と私の方へと近づいてくる。
私はブラントの雰囲気に気圧されるように、その歩幅の数だけ後ろへと下がった。
がたんという音を立てて、私の腰のあたりにテーブルが当たる。
テーブルの上に腰掛けるような態勢で、私は追い詰められた。
そんな私を追うように、すぐ前までブラントが詰め寄っている。
「な、なに…?」
「リリー、何を誤魔化してる。隠し通せるとでも思っているのか?」
「な、何のこと言ってるのか、私にはさっぱり…」
「いい加減にしろ」
私を覗き込むように見下ろす黒い瞳が、鋭く私を見据えている。まるで何かを見定めるようなそんな視線だ。
私は逃げるように視線を横にそらす。
その隙をついたかのようなタイミングで、ブラントが私の太ももに触れ、シャツの裾をまくり上げた。
ひやりとするブラントの手のひらの感触に、思わず「ひゃあ!」というみっともない悲鳴が漏れる。
「なんだ、これは?」
ブラントの視線が示したのは、ブラントの手が置いてある場所にあるどす黒く透けた血管だった。




