13-①
サヴィの隠れ里から出発して、私たちは驚くほどスムーズに、目的地へ辿り着こうとしていた。
もちろん、それなりに戦闘はあった。現れる魔物の大きさも、想定どおり馬の大きさにまでなっている。騎士隊員たちの出番も増え、それぞれの持ち場で危なげなく討伐できていた。さすがブラント率いる騎士隊といったところだろう。よく訓練されていた。
「小型の方は問題なく任せられそうだな」
後方をちらっと見やりながら、レストが言う。
騎士たちが守る馬車2台の後方には、シュリーとミミリスが続く。
「うん、だね」
レストにならうように後方へと視線をやるが、どうしてもブラントとフェリシアの姿が目に入ってしまう。
馬車の窓を開けたフェリシアが、ブラントに甘えている姿だ。体調不良を訴え、ブラントの手を自分の方へ引いている。
そんなフェリシアの幼さを感じさせる言動には、流石に嫉妬よりもブラントへの同情心を覚えさせる。
だが、鎧の小手と手袋を外し、フェリシアの額に手を当てるブラントの姿を直視し続けることはできなかった。
ふと目を逸らし前を向く私に、レストの声がかけられる。
「なんだありゃ?」
言葉尻に苦笑のようなものが感じられる呆れた声だ。
私はそっけなく返した。
「知らない。」
「お前も大変だな」
哀れむ言葉掛けをする割に、レストは私のポニーテールの後ろ髪を掴み、縄を振り回すようにブンブン振り回す。私は反射的に体をひねり、レストの顎に掌底をかました。レストがくぐもった声で唸る。
「髪に触るな」
「馬鹿レスト〜!」
「懲りないわねぇ」
後方から2人のからかいの声が届く。
レストは軽く舌打ちすると、何事もなかったように身を立て直した。
手加減したとはいえ気に入らない。もっと強めにかましてやれば良かった。
「元気ねぇから気ぃ使ってやってんのによぉ」
「余計なお世話」
つんと顎をそらせば、レストはふっと笑ったものの、それ以上からかってはこなかった。
私は気を取り直すように手綱をきつく握り、馬上の姿勢を正した。
些細なことに強く気を取られている。
首筋にじんわりと汗がにじむ。
原因は完全に体調不良だからだと言い訳したい気持ちだ。決して、こじらせた初恋のために仕事をおろそかにしてしまっているわけではないのだと。
そんな思いを振り切るように腹から号令する。
「日暮れまでに宿営予定地へ到着できるよう、少しペースを上げる。あと少し頑張ってくれ」
ヨードが少し何かを言っていたが、結局はみんな私の決定に従ってくれるらしい。
了承の声と同時に、私は馬の速度を上げた。
☆
何度か休憩を挟んだが、速度を上げたおかげで予定より早めに到着した。ルベル湖に一番近い宿営地だ。
出発は翌日の早朝になる。
暗くなりきる前に火をおこし、宿営用の天幕を張り終えると、今後の予定について簡潔な説明が行われた。
ルエリードでの件を知らない者は、ここにいる者の中にはほとんどいないらしい。皆、魔物との戦いがどのようなものだったかを知っているようだった。
話が早くて助かる。どのような陣形で動き、どこで撤退するべきかなどを戦闘が始まる前に確認するべきだったから。
あのルエリードでの事件は、発覚してからだいぶ時間が経ってからの対応となった。私たちが駆けつけた頃には、すでに多くの魔物が溢れ返るように出没していたのだ。だが今回は、意図的に魔物を出現させる。出現直後から少しずつでも排除していけば、あの時ほど苦戦することもないはずだ。
私たちパーティーは、当然ながらメインの魔物を対処することになる。
ブラントたち騎士隊には、フェリシアの護衛、そしてその他の魔物の排除を頼むことにする。
大まかな作戦を全体に共有した後、ブラントの指示の元、それぞれの持ち場へとみんな散っていった。
私たちパーティーは、いったん自分たちの天幕へと向かう。見張りは騎士隊の方で担ってくれるらしい。
明日の討伐まで、しばしの休息の時間だ、と言いたいところだが、まだ最後の準備が残っている。
天幕にいると、みんな何を言わなくても集合してくれた。
私の天幕の中には、魔法袋から取り出した簡易家具が配置してある。テーブルやソファ、ベッドといった最低限の物だけだが、騎士隊の者が見ればきっと驚くことだろう。
そのソファや椅子に適当に座るレストたちは、いつもは頭痛がするほどうるさい癖に、今はなんだか静かだった。
いつもと少し違うみんなの気持ちが分かる気がしている。この間の戦闘は急だったから、心の準備も何もなかったのだ。
「ルエリードでのあの戦いでは、今まで感じたことがない恐怖を感じさせられて、それは、自分が死ぬとか、そういうんじゃなくて、みんなが死ぬかもしれないっていう......そういう恐怖と戦いながら、だったんだよね」
私の話を黙って聞いてくれるみんなの目が、私と同じ思いだったと言ってくれていた。
あの日の恐怖を思い出すと手が震えそうになる。
今回もみんなで生き残れるだろうかと。
「多分、明日も同じ思いをするから、万全の準備を整えるつもり」
視線の先には、この後に調合する材料がずらりと並んでいる。
様々な状態異常や負傷時に使用する薬と、フェリシアにはああ言ったが、騎士たちが食する分のクク・クッキーも、念のために作ろうと思っている。
クッキーは、初期段階は少量ずつなら食しても何ら問題はない。
「クッキーは極力使いたくないけど、今までどおり、本当にマズい時に使用することを考えてる。アイテムが足りなくなった場合は、リアルタイムでの調合も想定して、前戦を離脱し後方で調合。レストとシュリーには悪いけど、敵の注意を引いてもらってる間に、ミミリスの防御や結界に頼りながら、時間が許す限り調合するつもり──なんだけど、今回はそんな感じでいいかな」
一息に簡単に計画をまくしたてた後、みんなの表情を確認する。
「もちろ〜ん」
「任せて」
「クク食わんでヤッてやらあ!」
いつものような調子で返してくれるが、心なしかみんなどこか少し力が入っている気がした。
アイテムが尽きた時のための策は、万全を期す必要があってのことだが、そこまでの戦闘となった場合、焼け石に水といった戦いぶりになるだろう。例え私が、即席のアイテムなどを急ピッチで作成することができたとしても。
そんなことは、わざわざ私が言わなくたって、きっとみんなよく分かっている。
「ククは明日の朝に渡す。くどいかもしれないけど、ククの使用はギリギリまで控えて欲しい。特にレスト。こないだの戦いでもそうだけど、私に次いで摂取回数が多い。重複して使用することも多かったから、なるべく使わない方向でいきたいってこと忘れないでほしい」
シュリーが不安そうに私を見つめた。
「......もしかして、体調不良みたいな感じになってるの...?」
そんなシュリーを見ていると、自然と眉が下がってしまった。
「正直、副作用は多少なりともある。だから、気をつけてほしいんだ」
「なんだよそれ、大丈夫なのか?」
「...心配かけて悪いと思うけど、ククの開発者として責任を感じてるんだ。だから、口うるさくなってしまうのもわかって欲しい。私の指示なしで口にする事は避けて欲しい」
そうお願いすると、黙って聞いていたミミリスが、一番に了承してくれた。
「ククがそう言うんじゃ仕方ないわね」
レストとシュリーも肩をすくめて同意する。
それからはいつもどおり、ふざけながら互いに健闘を祈った。
天幕から出ると、皆がそれぞれの持ち場で仕事をしていた。ブラント、その傍にはヨード、フェリシアの姿もある。
それにしても暑すぎないか、と暗くなった空を見上げながら前髪をかき上げた。
首から下げているサヴィのネックレスをきゅっと握りしめる。
体がどんどん熱くなってきている気がするが、気のせいと思いたい。
ふと向けられた黒い瞳から逃げるように、私はアイテムの調合のため天幕へと身を滑り込ませた。
かちゃかちゃという作業音が天幕内に響き、蒸せるような暑さにやられそうになる。
没頭していたせいか、天幕に近づく人の気配に気づくのに時間がかかった。
「リリー?入るぞ」
そんな低い声と共に、天幕の入口をまくり上げ、ブラントが入って来た。
あ、と思った時には遅かった。
黒い瞳が私をそこに映しだす。
「......リリー。その格好は、なんだ?」
心なしか低くなったように感じるブラントの声に、私は乾いた笑い声を返した。
「あ、暑くて、つい...?」
パンツ一丁。そこにサヴィから借りたワイシャツ一枚を羽織っただけの姿で調合しているのを、見られてしまったのだった。




