11
普段からこんな風に話しているのだろう。
改めて見せつけられ、耐えきれなくなった私は、すぐにでもその雰囲気を壊したくて口を開いた。
「フェリシア公爵令嬢のおっしゃるとおりです。ブランとは、ブランが9歳、私が8歳の時から、7年ほど一緒に育ちました。最近は依頼のない週末はなるべく故郷で過ごすようにしてますが、帰る度にブランのことを聞かれるので、一度両親に顔を見せてくれたらとても助かります」
頭を下げてから次に顔を上げると、フェリシアの甘さを感じさせる美しい顔から表情が抜け落ちたように感じた。
ふ、と皮肉な笑みが浮かびそうになるのをこらえながらブラントの顔を見るが、その目は伏せられ、これまた無を表した能面をかぶっているようにしか見えなかった。
これでは何を考えているのか全く分からない。
また舌打ちしそうな気持ちにさせられる。
少しくらい動揺してみせたらどうなのだ、と面白くない気持ちだ。
出発間近なのだから、こんないがみ合いのようなことをしている場合ではないのだが、始めたのはフェリシアだ。黙ってやられてやるつもりはない。
黙り込むフェリシアに、私はやり込めてやったような気持ちでいたが、急に何を思ったのか、両手を合わせぱっと美しい笑顔を作った。
「そうね。ルベル湖でのことが終われば、一度挨拶に伺った方が良いかもしれないわね、ブラン?」
「はい。フェリシア嬢。ご配慮に感謝いたします」
嬉しそうに振り返るフェリシアに、ブラントは小さく微笑みを浮かべ、そう答えた。
フェリシアがあまりに嬉しそうなので、私はこの女も一緒に来るんじゃないだろうな?とゾッとさせられる。
リアーナ亭にフェリシア一行が滞在するのを想像するだけでうんざりさせられるが、何よりも、ブラントとの思い出が詰まった故郷の中にこの女自体を入れるなど、死んでもごめんだった。
しかし、私の故郷でもあるが、ブラントの故郷でもある。そう、思っていて欲しい。だから、「私の家に来るならブラントだけにして!」と喉元まで迫り上がるその言葉を、必死で飲み込んだ。
「ところで、ククさん?」
すると、改まった様子でフェリシアが居住まいを正す。
話題が変わったことにほっとしそうになった。
だが、なんとなくぴりっとする何かを感じて、返事をする代わりに、私は目礼して言葉を待った。
「単刀直入に聞くわ。あなた方の強さの秘訣である、”とある物”とは、ブランたち騎士隊員にも効果があるのかしら?」
「──...!」
ククのことを言っている。
思わずフェリシアをまじまじと見てしまった。
ハッタリか何かといった風には見えない。何の話をしているのか、分かって言っている。
だが様子を見るために私は聞き返した。
「強さの、秘訣?」
とぼけると見越していたのだろう。
フェリシアは余裕の笑みを浮かべる。
「とぼけないでも良いわ。わたくしたち見ていたの」
「何を言っ...て......」
誤魔化そうとしていた私は、フェリシアの隣に立ち私を見つめるブラントと目が合い、全てを確信した。
ブラントから慌てて視線を逸らす。
喉の奥がひきつれ、呼吸が苦しい。
見られていた──...。
まさか、と思いつつ。頭の片隅で、その可能性について考えないわけではなかった。フェリシアたちはあの場にいたのだから。
激しい動揺に襲われ、思わず手で口元を押さえそうになるのを、必死で抑える。膝の上に置いた両手に力が入った。
その間も、フェリシアの言葉は続いている。
「討伐の合間に、あなた方が何かを口にするのを見たわ」
「──...」
一体何処から...。
いや、隠れて見ている者が複数いたのには気づいていた。必死すぎてそれが誰かまで追う余裕がなかっただけだ。
ち、と舌打ちしそうになる。
今更なのに、もうブラントを真っ直ぐ見られなくなりそうだ。
あの時の私を思い出し、あの黒い瞳が蔑むような目で私を見たなら、耐えられない。
「──あなた方の姿が、たちまち別人のうように変わり、身体能力も飛躍的に延びたわ。調べてみたけれど、似たようなアイテムはあれど、あなた方ほどの効果は得られない。いったい、どこから手に入れた物なのかしら?それさえあれば、ひょっとしてわたくしたちの騎士隊員だけで魔物を倒すことも可能なのかしら?」
「──不可能です。」
冷静さを欠いていたとしか言いようがない。
フェリシアの言葉にかぶせるほどの勢いでそう答えていた。
だが、こちらの事情などまるで気にしない様子で進められる会話は、貴族の傲慢さをぶつけられているようで、どうしても苛立ちが湧き立ってしまう。
「あら、どうして?もちろん、高値で買わせていただくわ」
「そういう問題ではありません」
「では何かしら。」
フェリシアの声に棘が混ざる。
「......私たちがこの護衛を引き受けたからといって、すべてをフェリシア公爵令嬢にささげたわけではありませんよ」
「大袈裟にとらえなくとも良いのではなくて?わたくしは、魔物討伐を協力し合えた方が良いのではないかと考えているだけですのよ?」
「──あなたが仰ったモノは、私たちパーティーにとって、他者とこうして語らう物として考えているものではないのです。惨劇が起こらなければ公爵令嬢様といえど知られることもなかったものなのです」
「売買はしないと?」
「はい。」
断言する。
ぴりりと部屋に緊張が走った。
「わたくし、当てにしていたのよ?」
「申し訳ありませんが、以後同じ話をなさるのなら、この依頼はなかったことにしていただきたく存じます」
フェリシアのあからさまな不愉快そうな顔は、出会ってから一度も見たことはなかったが、今は貴族特有の冷たい目をして私を見据える。
「あなた方がアレを使用したことを、このままなかったことにしていられるとでも思っているの?なら、認識が甘すぎるわね」
「無理にでも手に入れたいなら、そうなされば良い」
気持ちが冷たく凍る。
アレが何なのか、何も分かっていないくせに。
無理矢理にでも手に入れようとしてくるならば、例えいまだに解毒薬の開発が進んでいなくとも、すべて無くしてしまった方がマシだ。
フェリシアの瞳に厳しい色が浮かぶ。
「自分が最強とでも思っているのなら、それはただの思い上がりよ。世界はそんなに甘くないわ」
「そんなこと思っていませんよ。ただ、どんな手を使っても、手出しはさせないとだけ言っておきます。先ほども言いましたが、この話をここまでにしてくださらないのなら、依頼は破棄ということにしていただきたい」
ソファーの手すりに置かれた細い手が、微かにわなわなと震えたが、フェリシアはふうと一息ついて落ち着きを取り戻したようだ。
「いいわ、忘れてあげる。その代わり、アレを使おうがなんであろうが、異形の姿に躊躇いがあろうが、必ず、魔物を倒してちょうだい」
異形の。
その通りだ。私も、パーティーメンバーもみんな、そう思っている。
だが、人に言われるのとは違う。それはただの蔑みだ。しかも、ブラントの前で。
私は、押し寄せてくる感情の渦を押し殺し、頷く。
「依頼は必ず。全うします」
溜飲を下げたからか、満足げな笑みが返ってくる。
フェリシアは、他の貴族令嬢とは違うかもしれないと思いかけていたが、違ったようだ。
いや、この女も所詮ただの女だというだけの話だ。
この女が、ただの私のライバルだということが、確実となった瞬間だった。
「フェリシア公爵令嬢」
私は、鋭くなっていく冷たい感覚を鎮めるように、静かな口調でフェリシアに微笑みを向けた。
「聞くところによれば、来年には隣国へ嫁がれるとのこと。ご婚約おめでとうございます」
可愛らしい顔に微かな朱が走る。
取り繕う暇を与えず、私は続けた。
「なんでも、バルディア帝国の第四皇子は相当な美青年だと聞き及んでおります。公爵令嬢の幸せを願い、此度のご依頼を誠心誠意、努めさせていただきます。トリプラーとしてのプライドをかけ、結婚祝いとして魔物の首を贈らせていただきたく存じます。」
しんと部屋が静まり返った。
こわばった顔をしたフェリシアと、眉間に皺を寄せるブラントが、私の真意をはかるように見つめていた。
それぞれが浮かべる驚きの表情を見て若干胸がすく。
心の中で暗い優越感に浸っていると、フェリシアが皮肉な笑みを一瞬だけ浮かべた。
私はその笑みに違和感を覚える。だがそれは、気のせいかと思わせるような一瞬の出来事だった。
フェリシアは美しい微笑みを浮かべ、「まぁ!」と両手を合わせた。
「なにはともあれ、わたくしその事を心配しておりましたのよ?あなた方パーティーの中でも、ククさん、あなたが1番の腕前だと認識しておりましてよ。だからこそ期待しておりますが......──贈り物、楽しみにしておりますわね。ねぇ、ブラン?」
ブラントは少しの間沈黙するが、目を伏せてフェリシアに目礼した。
「はい。仰せのとおりに」
☆
部屋を辞して大股で廊下を歩く。
案の定、背後から追いかけてくる足音がした。
「行っていいわ」
「──はい。」
扉越しにそんな会話が聞こえていたが、止まれるはずがない。
多少は鼻を明かしてやれると思っていたのに、あの女は、貴族の世界で生きているだけあって、私よりも何枚も上手な気がした。
ただ、どこまでも女に従順なブラントを見せつけられただけだ。
こうして追いかけてくれても全然嬉しくない。
あの女は、ズルい。
ブラントが自分のものだと見せつけて、私を言外に罵って......婚約者がいるくせに、来年結婚するくせに......ブラントを独り占めして、汚い。
だけどそれを言えるほど、私だって......きれいじゃない。
「リリー!」
立ち止まらない私を諦めずに追ってくるブラントに、歩き続けながら苛立ちをぶつける。
「──見てたくせに知らないふりしてたなんて!」
「......すまない」
いつも謝ってばっかり。
「何考えてるのか全然わからない!」
「......。」
カツカツと2人分のブーツ音が響く。
荒々しい音と、静かな音と。
「ブラントはいつも冷静で、しゅっとしてて!でも私はいつも馬鹿みたいにあたふたしてて...っ!」
見られてないと思ってたから、大丈夫って思い込んで、久しぶりに会ったブラントの前で格好つけてた。
ブラントは自分の力でこんなにも立派になって、私はククに頼って力を手に入れて......。
ブラントを振り向かせたくて覚悟してこの道を選んだのに、自分の選択の結果でこんな自分になって、それを恥じて──...胸を張れない。そんな自分が、恥ずかしくてたまらなかった。
フェリシアは、そんな私に気づいていた。
だから、私が一番嫌がる方法で私に知らしめた。
ブラントの前で。
「リリー!」
「今はひとりにしてっ!」
「綺麗だった」
思わず立ち止まってしまう私は、なんて滑稽なんだろう。
「......え?」
「髪が、赤く戻るだろ?体の至る場所が漆黒に染まっていく中で、リリーの髪が赤く染まっていく。綺麗だったよ。異形だなんて俺は思っていない」
「う、うそっ」
「嘘じゃない。それに、強さの秘訣ってのは、どうせリリーが作ったんだろ?」
「......。」
「俺はすごいと思ってる」
「そんなの、信じない...」
素直に喜べない今の自分が惨めだった。
そんな自分から目を背けるように、私はブラントとフェリシア2人のことに目を向けずにはいられなかった。
「ブラン、あの人のこと、好きなの?」
目を見て聞けなかった。
本当のことなど言ってくれるはずがない。
返ってくる言葉も本当は予想がついてる。
「...リリー。そういうことじゃないんだ」
そう、答えるしかないよね。
「じゃあ、守ってあげたいって思った?きっと初めて護衛の話があった時に。ラインハルト王子とのことも聞いたんでしょ?」
ブラントからの返事は、少し時間がかかった。
「...ああ。聞いた」
守りたいって、きっと、思ったんだね。
例えばその時そうでなかったとしても、少なくとも、今日までの間に、あのひとのことを。
ブラントはそういう人だ。
「そっか...。」
2人には2人の物語があるのだから。
分かっていても、胸の中がぽっかりと抜け落ちたように感じた。




